255話 抱えるもの
フェリシアのヴァイオレット家との関係は、深まったと言っていいだろう。フェリシアも、気軽にこちらに訪れられる様子だ。それでも、頻繁とは言えない程度ではあるが。お互い、自分の家をどうにかしないといけないからな。
立場によって、しがらみができる。当たり前の話ではあるが、苦しいものだ。会いたいという気持ちだけでは、会えないのだから。
とはいえ、ブラック家だって大切なものであることには変わりない。ここには家族がいる。仲間がいる。だから、絶対に軽んじてはいけないものだ。
俺にとって捨てたくないものを捨てなくて済むように、全力を尽くす。結局、やるべきことは変わらないよな。
というか、俺自身をそこまで大きくは変えられない。たとえ変えたいと思っていても。いま突き当たっている現実だよな。
それでも、この世界は俺に試練を与え続けるのだろう。そんな気がしていた。
「レックス様、お客様がいらっしゃいました」
「私達が、案内しますねっ」
アリアとウェスの言葉は、新しい何かを運んでくる。そんな予感があった。案内に従って着いていくと、ラナの姿があった。彼女は、こちらを見てまず一礼する。俺は、ただ頷いた。
正直に言えば、俺達の関係には礼なんて必要ないと言いたい。言いたいが、お互いに立場があるからな。俺が礼を返すことも、立場上難しいのだろう。あくまで、俺とラナは対等ではないのだろうから。今だって、ブラック家への借金が消えたわけじゃないからな。
「ラナ、よく来たな。前に言っていた、いい話か?」
「それは、あたしとレックス様の今後次第ですね。ただ、きっかけにはなるかと」
曖昧な笑顔を浮かべている。この感じだと、困ったこともあるのだろう。そうなると、どう対応するべきだろうか。素直に迎え入れるだけなのは、難しいかもな。
まあ、ラナが困っているのなら、助ける。その想いは、変わったりしないだろう。フェリシアの時は手伝って、ラナは手伝わないというのも道理が通らない。
ただ、問題の種類にもよるのだろうな。あくまで個人的な悩みだったり、あまりにも大きすぎたりすれば、俺の動きにも制限がかかるはずだ。大きい方なら、できれば全力で手助けしたいが。ブラック家まで巻き込むとなると、慎重にならざるを得ない。
「ふむ。そうなると、ただ再会を祝うわけにもいかないか。悲しいものだな」
「あたしとの出会いを喜んでくれる分には、いくらでも嬉しいですよ」
「そうだな。また会えて嬉しいよ、ラナ。こうして顔を見られると、安心するよ」
「あたしも、元気そうな姿を見られて嬉しいです。ずっと、レックス様の人質で居られれば良かったんですけどね」
どこか懐かしそうに、遠くを見ている。人質であることを望むあたり、インディゴ家を好ましくは思っていないのだろう。まあ、借金のかたに売られたようなものだからな。好意的な感情は、持てない方が普通だ。
ただ、ラナを奴隷のように扱いたくはない。俺としては、対等な関係で居たいものだ。
「そばに居てくれるのは確かに嬉しいが、そんなに悲しいことを言わないでくれよ。お前にも、自由はあるべきなんだから」
「いえ、違いますよ。あたしは、あたしの意思でレックス様にすべてを捧げたいんです。その気持ちだけは、あなたにも否定されたくない」
澄んだ目で、こちらを見ている。つまり、本気なのだろう。どこかで、ラナは歪んでしまったのだろうな。まあ、原因なんてハッキリしているか。きっと、ラナは両親を信じていた。それなのに売られて、傷つかないはずがない。
それなら、否定するのも違うか。きっと、ラナにとっては正しいことなのだろう。精神を病んでいるように見えるところではあるが。だからこそ、安易に否定はできない。きっと、余計に苦しむのだろうから。
ラナにとって、俺は救いの手を差し伸べた存在なのだろう。その事実があるのだから、仕方ないと言えば仕方ない。今のところは受け入れるのが、最善であるはずだ。
俺にすべてを捧げたいなんて、言わなくて良い未来。できれば、そうしたいな。ラナが当たり前の幸せを享受できる環境であってほしいものだ。だが、先の話だ。今は、ラナの理解者でありたい。そうすることが、一番良い未来に繋がるはずだから。
「そうか。まあ、仕方ないな。お前の幸福の形が決まっているのなら、それで良いんだ」
「はい。そのためにも、今回の問題は、できる限り早く解決したいんですよね」
「聞かせてくれ。お前は、一体何に困っている?」
「インディゴ領の近くで、どうにも複数の貴族が悪事を行っているんですよね。あたしの領でも、被害が出る時もあります」
どこか楽しそうな声に聞こえてしまった。流石に、思い込みだろう。ラナの精神は歪んでいるのかもしれないが、だからといってな。
ラナは人の不幸を喜ぶような人ではない。そう信じている。貴族の悪事によって苦しむ民衆の存在を、無視するような人じゃないんだ。
なら、俺のやるべきことは、ラナの抱える問題が解決できるように尽力することだよな。まあ、何ができるのかは考えないといけないが。
「それは、確かに厄介だな。だが、俺に役立てるか?」
「闇魔法を応用すれば、追跡できると思うんですよ。それに、レックス様という戦力がいるだけで、違いますから」
そうか。闇魔法は汎用性が高い。つい忘れそうになるが、大事なことだ。別に、俺が策略を練らなくとも、なんとかなる可能性はある。それなら、十分に役立てそうだ。
「まあ、そうか。俺なら、大抵の敵はどうにかできるからな。ラナの護衛として居るだけでも、大きいよな」
「はい。あたしも、レックス様に守られているのなら、安心できますから」
「それなら、受けたいところだな。とはいえ、ブラック家のこともある。いったん、相談していいか?」
「もちろんです。レックス様にご迷惑をおかけしたくありませんから」
ということで、ミルラとジャンのところに向かう。ラナの状況次第では、無理にでも助けに行くだろう。だが、余裕のあるうちは家のことを固めておきたいからな。
それに、ラナばかりに構って、家族や仲間を軽んじるのも問題だからな。最低限、配慮しているという姿勢を示すのは大事なことのはずだ。
「それで、ミルラ、ジャン。お前達は、どう判断する?」
「良いのではないでしょうか。私達で実務はこなせる状況でございますから」
「そうですね、兄さん。せっかくですから、ジュリア達も連れて行ってはどうです? 外との交渉を学ぶきっかけになるかもしれません」
おそらくは、ラナと関係があることも考慮されているのだろうな。そして、今後のブラック家にとって必要な技能も磨かせようとしている。やはり、ジャンの思考は効率的だ。俺には無いものを持っているよな。
提案されるあたり、俺が想像している問題には手を打てるのだろう。だが、確認しておくべきだよな。
「なるほどな。ジュリア達の分の穴埋めは、できそうなんだな?」
「もちろんでございます。レックス様に心配はおかけしません」
「はい。他の人間だって、運用していますからね。兄さんは、楽しんでくるくらいでいいです」
「分かった。なら、ラナを手伝ってくるよ」
今度は、ラナを助けに行くことになる。とはいえ、少し楽しみな部分もあるのは事実だ。学校もどきで過ごしたような時間を、また過ごせるかもしれない。そんな期待もあった。
だが、まずはラナを支えることからだ。しっかりと、意思を再確認した。




