250話 比翼連理の意味
ヴァイオレット家に戻ってきたということで、そろそろ俺がブラック家に帰る時も近づいてきたと言える。
名残惜しくはあるが、会いたい人も居るからな。嬉しさと悲しさが半々くらいというところか。おそらくは、もう知り合いみんなで会う機会など、無くなってしまうのだろうな。そんな気がする。
もう二度と会えない相手はいないと信じているが、可能性は否定できない。だからこそ、会える一瞬を大事にしていきたいよな。
おそらくは、フェリシアにはしばらく会えない。だからこそ、最後と思って一緒にいる時間を過ごすことにした。
言いたいことは、今のうちに言っておいた方が良いだろう。お互い、言いたいことはあるだろうから。まあ、俺が言いたいのは、普段の感謝と好意くらいのものだとはいえ。それがいちばん大事な気もするけどな。
フェリシアは、楽しそうな顔でこちらを見ている。いろいろなことから解放されただろうからな。少しくらいの面倒事なら、付き合うつもりだ。なんて、軽くからかわれるくらいだと思うが。
「レックスさん、今回の戦い、楽しんでいただけましたかしら?」
淑女然とした感じで、問いかけられる。戦いに関して楽しむなんて言葉が出てくるのは、日本人としては違和感が強い。
とはいえ、死が身近にあるような環境だと、殺し合いで博打が成立したりするからな。異なる世界の文化なんだから、日本の感覚で否定するのはおかしい。
ただ、本心では楽しめなかったのは事実なんだよな。それは、確かなことだ。というか、人が殺し合うことを楽しめる感性を持っていないからな。だが、フェリシアは違うのだろう。あるいは、俺の知り合いはみんな。
ジュリアやミーアのような、主人公側の人間だとしてもだ。なにせ、アストラ学園での課題で、盗賊を退治するというものがあった。それに違和感を覚えている人間は、知り合いには居なかったからな。
まあ、仕方のないことだ。ジュリアにしろミーアにしろ、人間の汚いところなんて、いくらでも見てきただろうからな。殺さなければ解決しないと思っていたって、何もおかしくはない。
話し合いで解決するなんてこと、お互いが武器を持っていない前提でないとな。いや、少し違うか。相手に話を聞く気があるのが前提なんだ。
最初からこちらを殺すつもりの相手に、まずは話し合おうと言って何の意味がある。この世界で暮らしていたら、嫌でも分かることだ。
まあ、フェリシアの戦いに関しては、必死に応援していただけなのだが。俺が手出しできないというのは、歯がゆいものだった。
「正直、ずっとハラハラしていたぞ。特に最後なんてな」
「あらあら、情けないこと。ですが、良いことも分かりましたわ」
「良いこととは、いったい何のことだ?」
「もちろん、レックスさんがわたくしを大好きでいるということですわよ」
ニヤニヤとしながら言われる。声も、ちょっと半笑いくらいに聞こえる。実際、フェリシアに何かあったらと思うと、ずっと不安だった。それが大好きという感情だと言われたら、まあ理解できる話だ。
ただ、素直に認めたら負けみたいに思える。絶対にからかっている顔だからな。それでも、あまり反発するのはな。フェリシアと会える機会は、少なくなるのだろうから。言えることは、言えるうちに言っておきたい。
「それを否定するつもりはないが、なんか、言われ方が嫌だな」
「弱虫だと思われていると?」
「ああ、なるほどな。まあ、間違ってはいないのだが」
「自分の弱さを素直に認められるあたり、レックスさんらしいですわよね」
「まあ、俺の強さなんて、闇魔法の才能くらいのものだからな」
「そうでもないと思いますわよ。あなたの優しさは、確かな強さなのですから」
優しげな顔で見つめられていた。そんな顔ができるあたり、本当に優しいのは誰なのかと言えるだろう。まあ、フェリシアは身内以外には冷たい人ではあるが。ただ、この世界では普通のことだ。誰彼問わず優しくしても、足をすくわれるだけだろう。
実際、俺は何度も裏切られてきたからな。その事実だけでも、他者に善意は強制できない。まあ、そんな考えをするあたり、俺もこの世界に染まってきたのだろうな。
「言うほどか? 確かに、親しい人には良い顔をしているとは思うが」
「ふふっ、あなたは、自分から人を好きになっていましたわね。それこそが、あなたの価値なのです」
「まあ、確かにそうか。相手から積極的に来たことは、あまり無い気がするな」
「ええ。それが下心ではないところも、ね」
にこやかな感じで語られるのだが、違和感が強い。俺の行動は、基本的に打算ばかりな気がするが。フェリシアとの出会いだって、敵になってほしくなかったから、要求に答えたのだし。杖を作るのは手間だったが、それ以上のものが得られたのは確かだ。
他の相手だって、俺が死なないために仲良くしていた人は多い。だから、あんまり褒められている気はしない。いや、フェリシアなりに気遣ってくれているのだろうから、否定はできないのだが。
「下心はあるぞ。味方になってくれたら心強い相手ばかりだからな」
「そのあたりは、腹立たしくもあるのですが。ただ、皆が難物だったでしょうに。わたくしも含めて」
「今の言葉に同意すると思われているのなら、心外だぞ」
「ええ、そう言うのでしょうね。レックスさんは、わたくし達が大好きですものね」
「ああ。だからこそ、あまり自分を否定するようなことを言ってほしくはない」
「鏡でも見てはいかがです? レックスさんにこそ、必要な言葉だと思いますけれど」
バカにしたような感じで言われてしまった。まあ、間違っては居ない。今の流れそのものが証明だよな。フェリシアの褒め言葉を、素直に受け入れていないのだから。
本当に、言葉というのは返ってくるものだ。だが、今のうちに言ってもらえて良かった。早めに意識すれば、早めに直せるはずだからな。
「確かに、そうだ。大切な人を悪く言うやつなんて、当人でも許せないよな」
「ええ。わたくしの、レックスさんですもの」
「悪かったよ。まあ、俺は俺のものなんだが。当然、お前はお前のものだ」
「まったく、真面目なことですわね。ですが、それだけではないでしょう?」
首を傾げながら聞かれる。実際、合っている。フェリシアが自分のためだけに危険なことをしたら、止めるだろうな。そういう意味では、本当に当人の命が当人だけのものだとは思っていない。
ただ、人を自分のものと言うのも、それはそれで違う気がする。まあ、フェリシアのものになるのが嫌かと聞かれれば、そこまでではないが。
「ああ。大切な人に求められるのは、嬉しいことだからな」
「それなら、いい話がありますわよ」
「お前が言うのなら、本当にいい話なのだろうな。聞かせてくれ、フェリシア」
「ええ。わたくし達の結びつきを、大勢の前で示しましょう」
手を差し出しながら、提案される。俺としては、受けたいところだ。なにせ、フェリシアとだからな。誰よりも俺を支えてくれたと言っていいだろう。
魔法という意味では、フィリスが一番ではあるが。俺の背中を押すという意味では、フェリシアが飛び抜けていると思う。
「ブラック家とヴァイオレット家が、同盟を結ぶみたいにか?」
「ええ、おおよそは。もちろん、わたくし達個人間のつながりも、ね」
「それは大切なことだな。俺達は、比翼連理と言っていいだろう」
あるいは、竹馬の友とか刎頸の交わりとか。フェリシアのことは、どんな未来でも信じているだろうからな。
「ええ。わたくし達は、比翼の鳥にして連理の枝ですわね。それを、宣言いたしましょう」
その言葉に合わせて、俺達は握手をした。そうだな。ずっと、仲良くしていきたいものだ。




