249話 大切な時間
結局、ラナはシアン家周りの問題を片づけたあと、ヴァイオレット家にやってきていた。
シアン家は、エトランゼの言葉に従って、ヴァイオレット家の支配下に置かれた。だから、もはや中立でいる必要はないのだろうな。
ラナが不正をしただなんて、誰も考えていない。というか、シアン家の人間は、エトランゼの末路を誇りに感じているようだ。
俺なら、生きていてほしいと思ったはずだ。だが、価値観は様々だからな。エトランゼは、自分と合う相手を配下にしていたのだろう。
それに、フェリシアの強さは伝わっただろうからな。内心納得していなくとも、従うしか無いのだろう。少なくとも、ただの兵士では何人集まっても無駄だろうからな。四属性使いを超える存在には、ただの魔法使いではまず勝てないからな。
まあ、理由なんて何でも良い。フェリシアに平和が訪れるのなら、それだけで。
それにしても、ラナはうまくやっているだろうか。インディゴ家の当主になったというのは、聞いているが。俺もフェリシアも苦労しているし、きっとラナも何かあるだろう。
まずは、話をしてからだろうな。ということで、落ち着いた頃にふたりで時間を作った。
「レックス様、こうして会えて、嬉しいです。エトランゼさんには、感謝しないといけませんね」
とても穏やかな顔をしている。まあ、大変なことも多かっただろうからな。たまの休みなのだろう。ヴァイオレット家やブラック家との関係を意識している部分は、当然あるだろうが。
周りに味方だけだと思えるだけで、ずいぶんと安心できるからな。その辺、当主が代替わりした直後は厳しいだろう。俺だって、困ったことになっていたからな。
そういう意味では、ラナには良い時間を過ごしてほしい。これから先も、活力になってくれるように。
「ああ、俺も嬉しいよ。まさか、こんな機会があるなんてな」
「そうですね。お互い、自分の家のことで精一杯ですからね」
苦笑している。今までのように、気軽には会えない。悲しいことだが、仕方のないことだ。お互いに、立場があるからな。ただの友人に会いに行くようにはできない。
背負うものがあると、大変だよな。だが、俺は捨てられない。正直に言えば、親しい人以外は捨てたい気持ちもある。だが、多くを捨てるか、多くを抱えるか。実質的にはその二択なんだよな。
大切な人だけを大切にできる立場ではない。だからこそ、みんなをより大事にしたいものだ。
「まったくだ。だが、手伝えることがあったら、言ってくれよ。何でもとは言えないが、できるだけ手伝うからな」
「ありがとうございます。ですが、あまりレックス様に負担はかけられませんよ。ただでさえ、敵が多いんですから」
「まあ、そうだが。それでも、ラナの安全より優先すべきことなんて、そうはない」
「いえ、大丈夫ですよ。これでもあたし、強くなったんですから。エトランゼさんにだって、やり方次第では勝てる程度に」
胸を張って、そう語っている。口で言うほど簡単ではないだろうに。まあ、あの戦いを見ていたのだから、単なるうぬぼれではないはずだ。エトランゼがどれだけの力を持っているかなんて、分からないはずがない。
それでも自信があるのだから、相当努力したのだろうな。まあ、真正面から戦うという話ではないだろうが。仮にそうだとしても、十分な偉業だ。
「それはすごいな。俺が同じ立場だったら、できたかどうか」
「どうでしょうね。案外、簡単に勝てたかもしれませんよ?」
楽しげに言う。まあ、可能性の話なら、否定はできない。ただ、俺に十分な根性があったかどうか。正直に言って疑問だ。
魔法も剣技も、楽しいから続けられている部分が大きい。試したことに、すぐ成果が出るからな。そうじゃない自分が努力できたかと言えば、な。
前世での俺が、必死に勉強していたか。あるいは、運動にすべてをかけていたか。そんなの、分かりきっているものな。
ただ、ラナの言葉を否定するのもな。少なくとも、気遣いの心はあるのだろうから。
「まあ、それは誰にも分からないか。闇魔法の才能あってこその、俺なのだから」
「それだけがレックス様ではありませんけどね。あたしを大切にしてくれたのは、あなた自身なんですから」
まっすぐに見つめながら言われる。まあ、間違っては居ない。とはいえ、ラナが原作キャラだったからという部分もあるはずだ。俺は、そこまで良い人間ではない。
とはいえ、恩を感じてくれているのなら、それは受けるべきなんだよな。やたら負担をかけているのなら、話は別だが。
「ラナが良いやつだからだよ。嫌いな人を、大切になんてできない」
「そんなこと無いですよ。あたし、最初は態度が悪かったじゃないですか」
懐かしそうに、語っている。確かに、ちょっとツンケンしていたか。だが、普通のことだ。
「状況を考えれば、仕方のないことだろう。言っちゃ悪いが、売られたようなものだったろうに」
「そこであたしの立場を考えてくれる人が、どれだけ居ることか。だから、レックス様は優しいんです」
落ち着いた顔で、俺の手を取ってくれた。優しいと言われるのは、嬉しくはある。大切な相手にとって、評価できる人間で居られているのだから。
俺に親愛の情を抱いてくれているのは分かる。だから、こっちだって返したいよな。俺だって、ラナのことは優しいと思っているのだから。
だから、ラナが困っているのなら、助けたい。フェリシアだって、助けたんだからな。平等にこだわる気はないが、それでも。
「ラナが喜んでくれているのなら、それでいいが。ところで、最近はどうだ?」
「悪くないですよ。レックス様にも、近いうちに良い知らせができるかと」
ワクワクした様子だ。よほど、良い知らせなのだろう。なら、楽しみにしておくか。楽しそうに見えるし、何よりだな。ラナ自身にとっても、素晴らしいことなのだろうから。
「そうか。ラナが幸せなら、それで良いんだ。より優先すべきことなんて、多くない」
「あたしの幸せは、レックス様がいてこそなんですからね。それを、忘れないでくださいよ」
「もちろんだ。俺を大切にしてくれる人を、悲しませたくないからな」
「それで良いんです。レックス様は、あたし達の中心なんですから」
真剣な目で、伝えられる。そうだな。俺がきっかけでつながった人たちは、とても多いと思う。ラナだって、学校もどきの生徒と親しくなったのは、俺が居たからだろうし。
だから、俺が重要な立ち位置にいるというのは、否定できることではない。それに、ラナ自身だって、俺を好きで居てくれるのだろう。
もちろん、俺だってみんなが大好きだ。その幸せを大切にするのは、当然のことだよな。
「ああ。だが、ラナだって自分を大事にしてくれよ。お前と同じように、俺だってお前を大切だと思っているんだ」
「もちろんです。無事じゃないと、レックス様との時間を過ごせませんからね」
「ああ、その意気だ。また、一緒の時間を作れると良いな」
「しばらくはヴァイオレット家に滞在しますから、またお話しましょうね」
「ああ、もちろんだ。楽しみにしているぞ」
「ええ、あたしも楽しみです。もっと一緒に居られるように、頑張りますからね」
握りこぶしを作るラナに、俺も笑顔で返した。そうだよな。俺だって頑張らないと。また、みんなで仲良くする時間を過ごすために。




