25話 効率のために
『デスティニーブラッド』で母が起こす事件に対応できたことで、他の家族にもなにかアプローチできれば良いと考えていた。ただ、きっかけがなくて困っていた。
そこに、弟が部屋にやってきて、自分から話しかけてきた。完璧なタイミングだ。それにしても、何の話だろうか。
「兄さん、すごいですよ! 兄さんの言葉通りにしたら、奴隷の作業効率が上がったんです!」
弟はとても興奮している様子だ。原作においてもレックスを尊敬していて、レックスの言うことは何でも聞いていた。だから、うまく利用すれば軌道修正できそうではあるんだよな。ということで、まずは話を聞いていきたい。
とりあえず、自分の話を嫌な顔をせずに聞く人間には、好意的になりやすいものだからな。話し上手は聞き上手。それを忘れずに行きたい。
「言葉通りって、一体何をしたんだ?」
「奴隷は道具なんだから丁寧に扱うって話ですよ。流石ですね! 兄さんは別格ですよ!」
これは、どう解釈したら良いんだ? 本気で他人を道具として見ていると恐れれば良いのか? あるいは、道具としてでも奴隷たちを大切にしていると喜べば良いのか?
どちらにせよ、奴隷たちが酷な目に合わないことの方が大事か。弟がサイコパスだったとして、殺せば解決する話ではない。どうにかして、良い方向に導いていくべきなんだ。
それにしても、見た目は良いところの坊っちゃんって感じなのにな。黒髪黒目のおかっぱ頭で。実はとんでもなく危険なのかもしれない。真っ当な倫理観で動いていないのは、今でも分かるからな。
「当たり前だろ? 俺は他人を人間と見るなんて中途半端なことはしない。完全に道具として扱うんだよ」
「なるほど! 人間なら、嫌いになったりしますもんね!」
とりあえず、好き嫌いはあるのか。まあ、当たり前だよな。サイコパスだとしても、感情を持っているとは聞く。だから、ちゃんと好意を持たれるように動かないとな。好きな相手に優しくしたいのは、きっとみんな同じはずだ。
とりあえず、弟は効率重視型の人間だという仮定で話していこう。今のところの言動は、効率を大事にしているようだからな。
「そういうことだ。無駄に手酷く当たるなんて、相手を人間として扱っている証のようなものだ」
「確かに! そうですよね。道具なら、ただ使えるかどうかが全てですもんね」
人間を当たり前のように道具と言うのは、恐ろしい話だ。俺は演技だとしても、罪悪感を覚えているというのに。弟は、平気な顔をして他人を道具扱いしている。恐ろしいことだ。
だが、それでも、関係を築く努力を怠る訳にはいかない。俺の手には、奴隷たちの命運がかかっているんだ。できれば、奴隷を解放できるのが理想ではある。だが、少なくとも今は無理だからな。
父も母も、労働力を捨てることを許す人間だとは思えない。人権意識なんて、持ち合わせているはずがない。だから、その価値観に反しない範囲で動くしかないんだ。俺は、命を捨ててでも奴隷を開放しようとは思えない。情けないがな。
というか、命を捨ててしまえば、父や母はこれまで通りに奴隷を運用するだけだろう。結局、無駄死にになるんだろうな。
「ジャン。お前は、他人を道具として見ることについて、どう思う?」
「それはどういう? ああ、父さん達と違うのが気になるんですね。僕としては、父さんのやり方より効率的だと思います」
やはり、ジャンは効率を大事にしているようだな。効率って言葉が、すでに何回も出てきている。なら、説得は難しくないはず。そう信じよう。
「なら良いんだ。俺としても、父さんと敵対したいわけじゃないからな」
「それは分かっていますよ。兄さんだって、ブラック家のために努力しているんですよね」
正確には、俺の親しい人のためだが。もちろん、俺自身のためでもある。だが、ブラック家のためと言っておいた方が無難だろうな。
「ああ、そうだな」
「やっぱり! ねえ、兄さん。もっと良いやり方があったら、教えてくださいよ!」
相手の方から、問いかけられた。都合が良いのは確かなんだが、急なことで回答を用意していなかった。困るな。今すぐに思いつくことで、なにか回答をするしかない。方向性としては、奴隷を苦しめないこと。とりあえずは、思いつきを話すか。
「そうだな。奴隷の衛生環境を整えることと、悪しざまに罵らないことか」
「いったい、どうしてですか?」
言動に理由を後付けするのは、もう慣れた。適当な言い訳を口にしていけば良いんだ。
「簡単なことだ。汚い場所で働いている奴らが、俺たちに触れるんだぞ? それに、誰でも思いつく罵倒なんて、語彙が少ないと証明しているようなものじゃないか。貴族のやることじゃない」
「確かにそうですね。やっぱり、兄さんは最高です! また、何かあったら教えて下さいね」
ジャンは納得してくれた様子だ。やはり、悪役らしい物言いも身についてきたのだろう。つまりは、善性の人に誤解される可能性も高まっている訳だ。どちらも両立とはいかないから、難しいものだな。
「ああ、構わない。俺としても、弟の成長は嬉しいからな」
「いずれ兄さんが当主になったとき、僕が兄さんを支えてみせますね!」
「ありがとう。そのためにも、まずは色々と勉強していこうな」
正しい知識があれば、明らかに間違った行動は避けられる。それは、前世で実感していたことだ。だから、俺自身も勉強していきたい。特に魔法では、俺は行き当たりばったりが多かったからな。ウェスの右腕を治した件とか。
「もちろんです。知識を手に入れれば、兄さんの役に立てますからね」
「俺だって手伝うよ。ジャンが成長してくれれば、楽ができるからな」
そして、俺にとって都合の良い価値観を植え付けていければ。俺としては、ブラック家を善性の存在にしたい。そのためには、父や母は邪魔ではあるのだが。それでも、できる範囲で実行していきたい。
とりあえず、原作開始までには極悪貴族という評判を減らしたい。つまり、学園に入学するまでには。なにせ、原作の途中でブラック家の討伐命令が出されるんだからな。原因は、分かり切っている。ブラック家の悪事が、王家の許容範囲を超えたからだ。
「そういうところも、効率的なんですね。流石は兄さんです。普通は、自分で知識を独占するのに」
「ジャンは、その問題点は分かっているんだよな?」
「もちろんです。僕と同じ知識を持っている人がふたり居れば、ふたり分の仕事ができます。僕だけなら、僕しか役立ちません」
全く。俺が同じ年の時に、ジャンと同じ考えが出来たかは怪しい。正直に言って、とても優秀なんだよな。原作では三属性でもあった。魔法使いとしての才能もあって、頭もいい。なんとしても、味方にしておきたい存在だ。
「そういうことだ。ジャンは賢いな。これからも、その才能で俺を支えてくれよ」
「もちろんです。尊敬する兄さんのためですから!」
ずっと、俺を尊敬していてもらいたいものだ。そうすれば、ジャンを善の道に引きずり込むことができる。つまり、俺が死ぬ可能性が低くなるということだ。
とりあえずは、ジャンを少しずつ誘導していきたいな。素直に俺の言葉を聞いてくれる相手だから、他の人間よりも楽だろう。
まずは、一歩。これから先も、弟をうまく誘導していかないとな。
さて、家族で残っているのは、父と兄。父は無理だとしても、兄も味方にできれば良いのだが。これからも、努力していこう。




