248話 ミュスカ・ステラ・アッシュの侵食
私は、レックス君に好きになってもらいたい。だから、近づく機会を伺っていたんだ。
結局、遠くにいる間には、好きになってもらうことは難しい。もともと好きなら、きっと想いが深まる機会でもあるんだろうけれど。レックス君は、きっと違うからね。
とはいえ、レックス君だって、私のことを大切に思ってくれているとは実感しているよ。私の命を助けてくれたり、私の涙を止めようとしてくれたりね。
だから、もうちょっと押してあげたかったんだけど。レックス君のお父さんがきっかけで、私の計画は崩壊しちゃったんだ。正直に言って、憎んでいるよ。
でも、レックス君はお父さんが好きだったみたいだからね。あまり悪しざまに言うのは、効果的ではないかなって。彼が苦しんでいる時にこそ、寄り添うべきなんだからね。
ただ、レックス君とは、全然会えていないよ。事件があってから、すぐに実家に戻っちゃったからね。アストラ学園の生徒であるうちは、ブラック家に行くのは難しいよね。
フェリシアさんやラナさんのように、実家で問題があれば、話は別なんだろうけど。ただ、私のアッシュ家は良くも悪くも安定しているからね。機会が無いんだよね。
別に、問題を引き起こしてあげても良いんだけど。ただ、手段がないかな。学園に居ながら、アッシュ家を破滅させるための方法なんて、思いつかない。
あまり、良くない状況だよね。レックス君の心を奪いたいのに、環境が整っていないから。
「レックス君、今はどうしているのかな? ちゃんと、調べてみないとね」
こちらから近寄れそうな口実を見つけたら、会いに行っちゃうのも良いよね。きっと、喜んでくれると思うよ。なんだかんだで、レックス君は私に心を許してくれているから。まだまだ、物足りないけどね。
ずっと疑っていた相手に心を許すなんて、可愛いよね。愚かって感じで。だって、私の潔白は証明されていない。それどころか、レックス君の疑いは正しかったのにね。私は、レックス君を破滅させようとしていたんだから。
でも、そこが魅力なんだと思う。本当の私を好きになってしまいそうなところが。きっと、他にはいないと思えるからね。
結論としては、私に恋してもらえれば勝ち。それは、どんな選択をしても変わらないから。レックス君を裏切るにしても、依存させるにしても。
「私を好きになってもらうためには、接する機会を増やしたいよね」
ただ、ブラック家に会いに行くには、障害が多いかな。彼の抱える問題が解決したら、それで良いんだけどね。こっちからできることが、とても少ないんだよね。
レックス君の元気な姿を見られたら、私も嬉しいんだけどな。別に、彼が嫌いなわけじゃないから。むしろ、好きなくらい。
なにせ、いつでもどこでもレックス君のことばかり考えているくらいだからね。もう大好きと言っても過言じゃないと思うよ。私の頭は、レックス君でいっぱいなんだ。
だから、この気持ちを伝えるのもいいと思うよ。私がレックス君を意識しているって伝えれば、彼の中で私の存在が大きくなるはずだからね。
でも、どんな手段があるだろう? 私の想いを届けつつ、彼の邪魔にならない形がいいよね。嫌われるのは、論外なんだから。
「うーん、贈り物をするとか? 直接会いに行くのは、まだ難しいからね」
ブラック家に届くようにって考えると、送り方には気をつけた方が良いだろうけど。あまり、アッシュ家とブラック家の問題にはしたくないから。
どうせなら、こっそり私だって伝える方が、秘密の関係っぽいよね。背徳感も相まって、良い感情を与えられるんじゃないかな。
レックス君は、もっと私を意識するべきなんだよ。そうじゃなきゃ、ダメなんだからね。
「でも、何が贈れるかな? 役に立つものってなると、用意するのは厳しいよね」
レックス君は、とても優秀な魔法使いだからね。便利な道具って程度なら、必要ないことが多いだろうし。それでも役立つものってなると、大金がかかっちゃうよね。
いくらなんでも、それは重いと感じるだろうし。なら、いっそ軽くしちゃうのはどうかな。
「手作りの何かが良いかもね。身につけてもらえれば、ずっと私を忘れないだろうし」
うん、いい感じかもしれないね。高価ではないから、レックス君は私の心配をしない。でも、私の想いを感じてくれる。ちょうどいい塩梅じゃないかな。
私がレックス君を想って、手間ひまかけたんだよって思ってもらえたら。そうすれば、レックス君の心に近づけるはずだよ。
そして、ずっと使えるものの方が良いよね。そうなると、衣装の類が良いかな? ハンカチだと、毎日は使えないだろうし。
「よし、決めた。チョーカーを贈ってあげようかな。みんなにも贈っているくらいだし、嬉しいよね?」
案外、レックス君は独占欲が強かったりするのかな。なら、代わりにレックス君にもチョーカーを贈ってもらおうかな。そうすれば、お互いを心に刻めるよね。とっても素敵なことだって思うな。
「首元に触れるたびに、私を思い出してもらうからね」
それから、チョーカーを準備しつつ、レックス君の近況を調べていたんだ。そうすると、困ったことが明らかになったよ。
「ふーん。フェリシアちゃんの家で、過ごしているんだ?」
流石に、ヴァイオレット家にチョーカーを送るのは、無理があるよね。そうなると、もう少し先の話になっちゃうかな。
それに、私とフェリシアさんは、そこまで親しくはないから。レックス君を通した知り合いって程度かな。そんな相手の家に行くのは、ちょっとおかしいよね。
「じゃあ、会いに行くことは、とても難しくなったね」
もともと難しくはあったけど、余計にかな。この調子なら、いつ顔を見られることか。私達の距離は、遠いよね。とっても悲しいことに。胸の奥が、きゅーってしちゃう。
「それにしても、フェリシアちゃんと一緒に暮らしているんだよね」
もしかして、同じ部屋だったりするんだろうか。貴族としては、あり得ないけれど。結婚の邪魔になっちゃうし。でも、フェリシアちゃんなら、あり得てしまう。
なんというか、常識にとらわれない子だからね。そうなると、困っちゃうんだけどな。
「あー、なんかモヤモヤしてきたかも。私は、ずっと会えてないのにさ」
唇の端を、軽く噛んでしまう私が居たよ。こんなの、可愛くないのにね。レックス君に見られたら、大変だよ。私を思い浮かべる時は、素敵な顔であってほしいからね。どれだけでも、私を好きになってもらえるように。
「レックス君は、私を恋しく思ってくれているよね? そうじゃなかったら……」
私は、どうなっちゃうだろうね? きっと、頭に血が上っちゃうと思うな。それだけで済めばいいけど。
やっぱり、レックス君のことをもっと知りたいよ。私をどれだけ大切にしてくれているのかを。
「そうだ! レックス君の様子が分かるように、魔法を込めたら良いんじゃないかな!」
良い案だと思ったよ。思わず、手のひらを打ち付けちゃった。レックス君がどこに居るか、体温はどうか、どんな魔法を使っているか。それらを知ることができたら、とっても幸せだよね。
きっと、レックス君だって、私のことを知りたいはずだよ。なら、ちょうど良い交換になるよね。あっちにも贈ってもらってさ。
「うん、悪くない気がしてきたよ。なんか、私みたいな匂いもさせられないかな」
呼吸をするたびに、私のことを感じてもらう。それってとっても素敵なこと。レックス君の心を、私が侵食するんだ。つい、にやけちゃう私が居たよ。
「闇の魔力の侵食を利用すれば、行けそうだよね」
私の使っている香水も染み込ませるような感じで。私の魔力も、レックス君に届くように。
「楽しみに待っていてよね、レックス君」
私は、とても楽しみだよ。きっとレックス君も、同じ気持ちだよね?




