247話 笑顔の意味
フェリシアがエトランゼを打ち破り、シアン家はヴァイオレット家の支配下に置かれた。だが、これまでのような反発は何一つとしてない。良くも悪くも、エトランゼの遺言に忠実な様子だな。
話を聞く限りでは、エトランゼは以前から、負けた時にはその相手に従えと言っていたのだとか。そのあたりにも、まっすぐさを感じる。
これまで戦ってきた相手の中で、一番真っ当と言える相手だったかもな。まあ、戦いを楽しむ異常者ではあるのだが。とはいえ、世界が世界だ。それほど責められることではないよな。
例えば戦国時代で武将が成り上がりを目指していたとして、それを現代人が批判するのはおかしいからな。戦いが当然の価値観なのだから、それに従うのは、当時の基準では悪いことではないのだろうから。
「シアン家の配下たちは、よく躾けられている様子ですわね」
「ああ、その様子だな。どいつもこいつも、フェリシアに従っている」
「エトランゼさんは、いい置き土産を残してくださいましたわ」
本当にな。フェリシアが苦労せずに済むだけでも、とても大きい。俺がエトランゼの立場だとして、同じ立ち回りはできなかっただろうな。だから、尊敬できる相手ではある。
無論、見えていないだけで、悪い部分もあったのだろう。だが、もう故人だからな。俺にできるのは、悼むことだけだ。
「まったくだ。ここまで慕われるのなら、いい主だったのだろうな」
「そうですわね。あるいは、ヴァイオレット家でのわたくしよりも」
確か、フェリシアは力でヴァイオレット家を支配していたのだったな。それなら、いい主とは胸を張って言えない。
ただ、群雄割拠みたいな世界で、当主の座を奪うなんてこと、あってもおかしくはない程度だ。できれば、無いに越したことはない。それでも、当主がフェリシアの方が、俺にとっては都合が良いからな。
これも、フェリシアに好感を抱いているから、かばっているような思考なのだろうな。でも、人間としては自然だよな。好きな人を優先するのは。
それに、平和であれと言ったところで、フェリシアの安全は保証されない。そんな世界なんだから、暴力を完全に否定できないんだよな。
「俺としては、フェリシアの方が気に入っているが」
「エトランゼさんと先に出会っていたら、どちらの方を好きになっていたのでしょうね?」
いやらしい感じの笑みを浮かべている。からかっているな。まあ、フェリシアの敵だからこそ、敵として扱っていた部分はある。だから、順序が逆だったら、あるいはフェリシアが敵だったのかもしれない。そんな事は考えたくないが。
同時に出会っていたのなら、きっとフェリシアの方を好きになっていたと思うが。最大の理解者で居てくれる相手なんだからな。
エトランゼは、良くも悪くも力にまっすぐ過ぎた。だから、強いから俺に従うみたいな関係で終わっていたような気もする。
「それでも、フェリシアの方だと思うぞ。流石に、敵として戦場で出会っていたら、分からないが」
「まあ、正直なこと。でも、あなたが選んだのはわたくしですものね。いい気分ですわ」
口元に手を当てて、薄く笑っている。しとやかな令嬢みたいに見えるが、本質的には過激な人間なんだよな。敵対する人間は、叩き潰すタイプの。
だが、俺達にとっては必要な存在だ。原作での事件も敵も、まだまだ残っている。おそらくは、原作に居ない敵も。
その状況で、力を捨てるなんて論外だからな。俺達の敵に攻撃的な分には、むしろありがたい。人を殺して傷つかないというのは。
嫌なことを押し付けるのは、できるだけ避けたいからな。そんな事になるくらいなら、暴力的であってくれて良い。
「お前が勝ってくれて、良かったよ。最善に近い結果になったんじゃないか?」
「レックスさんのおかげですわ。杖とネックレスがあってこそ、勝てたのですもの」
柔らかく微笑んでくれている。そっと、ネックレスに触れながら。大切に思ってくれているのが伝わって、嬉しい。贈った甲斐があるというものだ。
今回だって、エトランゼとの戦いで決め手になってくれたからな。俺が役に立ったと思えて、ありがたいことだ。
「それは何よりだ。エトランゼは、強敵だったからな」
「だからこそ、慕われていたのでしょうね。強くてまっすぐな方だからこそ」
「ああ。エトランゼに勝ったフェリシアに従うのは当然だと言っていたな」
「彼らは、強いエトランゼさんに憧れたのでしょうからね。より強いわたくしに従うのでしょう」
挑発的な笑みを浮かべている。自分が強いという自負があるようで、何よりだ。まあ、道具の力もあるとはいえ、四属性使いに勝ったんだ。普通に考えて、上澄みも上澄みだよな。
俺がフェリシアと同じ立場なら、絶対に強くなれなかっただろう。だからこそ、尊敬できる。とてつもない努力を重ねたのだと。
結局のところ、レックスという体の才能が優れていたからこそ、俺は努力できたし強くなれた。それがなかったら、俺は単なる、どこにでもいる人間だっただろうな。
「まあ、純粋な実力で勝っていたかは、怪しい部分もあるが」
「運も実力のうちであるように、繋がりも実力ですわよ。彼らは、よく理解していますわ」
「その通りだな。結局のところ、勝ったやつが正義なんだ」
「ええ。わたくしだって、手段を選ぶつもりはありませんもの」
ニッコリと笑いながら言う。この表情ができるあたりが、恐ろしいところだ。自分のやっていることを理解して、それでも笑顔を浮かべられるのだから。
まあ、必要なことではある。相手が手段を選んでくる保証はない。それでも正道を歩めなんて、他人には言えないことだ。俺がこだわることすら、まずいかもしれない。
だって、命がかかっているんだからな。そのためだけに、俺のこだわりに付き合ってもらえないだろう。とはいえ、限度はある。
「やりすぎるなよ。敵をむやみに増やしても、良いことはないからな」
「ええ、分かっていますとも。レックスさんに心配をかけられませんものね?」
「フェリシアに何かあったら、俺は外面も気にせず泣くからな」
「その姿を見られないのは、一生悔やみそうですわね」
含み笑いを浮かべている。俺が泣いている姿を、想像しているのだろうな。まあ、理由なんて何でも良い。みんなが生きていてくれるのならな。
たとえ俺が苦しむ姿を見ることを原動力としていたって、何も問題はない。大切な人と一緒に生きられる未来以上に大事なことなど、無いんだから。
それに、そこまで執着してくれるのなら、むしろ嬉しいくらいかもな。相手の心に、俺が残っているのだから。
「だから、死ぬんじゃないぞ。そんな未来に、意味はないんだから」
「もちろんですわ。わたくしの楽しみは、終わらせませんわよ」
「その意気だ。お前なら、どんな試練も乗り越えられるだろうさ」
「もちろん、レックスさんも手伝っていただけますわよね?」
手を差し出しながら、そう語る。もちろん、手を取る。そうしたら、フェリシアは喜色を浮かべた。
「ああ。お前達との未来のために、力を尽くすつもりだ」
「そこでわたくしのためと言えないのが、レックスさんの悪いところですわね」
「お前を口説いているわけじゃないからな。当然だろう」
「まあ、構いませんわ。わたくしにも、考えがありますので」
「あまり変なことはしないでくれよ。まあ、そこまで心配はしていないが」
楽しそうに笑うフェリシアを見て、こんな顔が見られる時間を増やしたいと思った。
そうだよな。大切な人の笑顔こそが、俺の原動力なんだ。これからもまっすぐに、進んでいくだけだよな。




