245話 戦いの果て
エトランゼが、槍を突き出す。それを避け、フェリシアは身の丈ほどの杖を構える。そのまま、魔力が吹き荒れていく。こちらまで、風を感じそうなほどに。
ニッコリと微笑んだフェリシアは、魔力を解放した。
「行きますわよ! 獄炎!」
まずは、エトランゼに向けて火柱が放たれる。今回は、高さは人の身長ほどである代わりに、サッカーのハーフコートほどに広がっていた。それが敵に向けて動く。熱気が届き、焦げた匂いを感じて、爆音が響いた。
だが、当然決着は着いていない。エトランゼは、素早く駆け回って炎をかわす。
「素晴らしい炎じゃないか! とてもじゃないが、一属性とは思えないぞ!」
エトランゼは、明らかに興奮している。獰猛な獣のように笑っている。今から、獲物を捕らえるのだと言わんばかりに。
フェリシアも、当然のように追撃の構えに移っている。魔力が広がり、再び開放された。
「これで終わりとは、思いませんわよね? 獄炎!」
「私も返そうじゃないか! 波動生殺!」
フェリシアの火柱に向けて、衝撃波のようなものが飛んでいく。空間が歪んで見えて、破裂音のようなものが届く。火柱とぶつかり合い、こちらまで風が吹き荒れていた。地面の草が舞い上がり、火柱の中に消えていく。
そして、どちらの魔法も消えていった。今のところは、互角と言って良いのかもしれない。さて、ここからどうなるか。
「……ふむ。互角、ですか。なら、わたくしの力を使いましょう! 紅の輝き、応えなさい! 獄炎!」
「波動生殺! もう一発だ!」
今度も同じ魔法がぶつかりあったが、わずかな時間拮抗した後、衝撃波が押し消える姿が見えた。正確には、空間の歪みが無くなる姿が、というのが正しいか。
いずれにせよ、フェリシアが打ち勝った様子だ。俺の贈った杖で、魔力を増幅した結果だな。
というか、よく考えると、フェリシアは魔力を増幅しないまま、四属性と互角の魔法を放っていたということだよな。常識では考えられないが、目の前にあるのが現実だ。
なんか、感覚が麻痺しそうだよな。カミラにしろフェリシアにしろ、簡単に格上に勝っているから。本来、一属性が二属性に勝つ時点で、大金星と言って良いのだが。
「流石はレックスさん。いい仕事をしますわね。まだ、終わりませんわよ! 獄炎!」
「同じ技ばかりなんて、芸がないんじゃないか!? 追いついてみせると良い! 波動加速!」
フェリシアが再び火柱を放ち、今度のエトランゼはカミラを彷彿とさせる速さで駆ける。少なくとも、車くらいの速さはあるだろう。さて、フェリシアはどう対応するやら。
念の為、目に魔力を集中させておく。フェリシアが危険になったら、魔法をエトランゼに叩きつけるために。
「そう来るのでしたら、こう返しましょう! 逃げられますか? 舞炎!」
今度は、数多くの炎を使って攻撃していた。密度の感覚で言えば、渋滞の車くらいか。範囲は、球場が入りそうなくらい。とにかく、あまり隙間はない。
「やるじゃないか! まだまだ、終わらせないぞ! さあ、波動加速と波動生殺の合わせ技だよ!」
エトランゼは、衝撃波で炎をかき消しつつ、できた隙間を素早く潜り抜けていく。あわやフェリシアに攻撃が当たるかと思いきや、エトランゼは後ろに飛んだ。
「なら、わたくしも二発放つまで! 受け取りなさいな!」
フェリシアは、エトランゼの真正面に火柱を放ち、その周囲を炎の渦で囲んでいく。対して、エトランゼは衝撃波を炎にぶつけながら、フェリシアに駆け寄っていく。今度は、フェリシアに向けて槍が振り下ろされていく。
「私の武器は、魔法だけではないよ! この槍を、かわしてみせなよ!」
「このっ! 鬱陶しいですわね!」
フェリシアは、エトランゼの槍を杖で受けつつ、魔法を放っていく。だが、エトランゼは攻撃を続ける。槍を振り回し、衝撃波を放ち、フェリシアの周囲を駆け回りながら。
魔法同士がぶつかり、杖と槍が甲高い音を響かせ、戦いは加速していく。
それにしても、フェリシアはよく対応できているものだ。武技の経験なんて、それほど多くないだろうに。間違いなく、炎を使って敵を誘導しているのだろうな。そうでなくては、打ち合えるはずがない。
「その杖、頑丈じゃないか! よくできているね!」
「ええ! レックスさんの愛ですもの! 簡単に壊れるはずがありませんわ!」
「見えた! 波動加速! これで、終わりだよ!」
エトランゼは、フェリシアの胸に槍を突き出す。フェリシアの杖は追いつかない。
思わず手を出しそうになるが、フェリシアは唇の端を釣り上げた。魔力の高まりを感じて、様子を見る。すると、エトランゼの槍がフェリシアに当たると同時に、徐々に先の方から消えていった。
おそらくは、贈ったアクセサリーに込められた魔力を利用したのだろう。実際、闇の魔力に動きを感じた。それを利用して、槍に魔力をぶつけたといったところか。
「ふふっ、終わり、でしたか? 武器を失ったのは、あなたですわよ」
「その魔法……。でも、レックス殿に動きなんて……」
「道具だって、わたくしの実力を支えるもの。レックスさんの、贈り物ですわ」
胸に下げられたネックレスを持ち上げながら、フェリシアは笑う。その姿を見たエトランゼは、悔しそうに頷いていた。
道具も実力という言葉には、納得しているのだろう。察するに、エトランゼの槍も業物なんだろうな。まあ、当たり前だ。戦いに生きるものが、武器にこだわるなんてな。
ただ、エトランゼは立ち止まらない。そのまま、フェリシアに向けて魔法を放つ。
「だが、まだ終わりじゃないよ! 波動生殺!」
「さあ、終わりといきますわよ。獄炎!」
もう一度魔法がぶつかりあったが、エトランゼの衝撃波は、見るからに威力が下がっていた。おそらくは、槍を杖のような触媒として利用していたのだろう。そのまま、拮抗することもなく、衝撃波は消え去っていく。
「押し負けた、か……。どうやら、私の道はここまでのようだね」
エトランゼは、うなだれたまま語った。どこか弱々しさを感じる声を出しており、心が折れたのだろうと感じる。
「降伏するのでしたら、受け入れますわよ?」
「いや、私の道に、負けなんて無い。だから、ここで終わりだよ」
そのまま、エトランゼは懐から短剣を取り出していく。そして、フェリシアに向けた。だが、先程までの気迫は消え去っていた。
止めたい気持ちは、間違いなくある。だが、エトランゼは生きることを望まないだろう。錯乱している様子もなく、まっすぐな目をしていたから。
おそらくは、負けたら死ぬと決めていたのだろうな。なら、いま助けたところで、いずれ死ぬだけなのだろう。口惜しくはあるが、ここで見送った方が、エトランゼのためなのだろうな。
「あら、残念ですわね。あなたなら、便利に使えそうでしたのに」
「お前達! 私が死した後は、フェリシア殿に従うと良い! それが、私の命令だ!」
「エトランゼさん、それでは、さようなら」
魔力を収束するフェリシアを前に、エトランゼは笑った。
「ああ。だが、敵の手にかかって死んだりしないよ! これが、エトランゼ・アスク・シアンだ!」
その言葉を最後に、エトランゼは自らの首に短剣を突き立てた。そして倒れていく。駆け寄って様子を見ると、エトランゼの目から光は消えていた。
同時に、決闘を見守っていた兵たちが、一斉にひざまずく。これは、エトランゼの言葉に従うという意思を示しているのだろう。
その様子を見て、フェリシアはうっすらと笑った。
「道が違えば、協力し合うこともあったのかもしれませんわね。楽しかったですわよ、エトランゼさん」
仲良くすることができれば、多くのものを手に入れられたのかもしれない。だが、出会いの時点で、この結果は決まりきっていたのだろう。
この勝利を誇ることこそ、エトランゼへの手向けなのだろう。そう考えていると、フェリシアは拳を突き上げた。その姿は、ひときわ輝いて見えた。




