243話 壊れない誓い
エトランゼとの戦いは目の前に迫っているが、まだ時間はある。ということで、カミラやメアリの様子を確認したい。取り決め通りに進めば、ふたりが戦うことはないだろう。ただ、最悪の可能性を想定するのは、当然のことだ。
悪い状況に備えないで、親しい人が傷つくことになるなんて、絶対に許せないのだから。そうなるくらいなら、ちゃんと対策する。当然のことだよな。
顔を見に向かうと、ふたりとも椅子に座って足をブラブラさせていた。こちらを見ると、少しだけ足の動きがゆるくなる。
とはいえ、どこか不満そうにしている。理由は分かる気がするのが、悲しいところだな。ふたりとも、戦いを求めているのだろうから。
「あたし達、次の戦いで出番がないのよね。退屈になりそうだわ」
「メアリも、お兄様の役に立ちたい!」
案の定だった。特にメアリの気持ちは嬉しい部分もある。だが、できるだけ人を殺してほしくないというのが本心だ。まあ、できる世界でもないのだが。
結局のところ、この世界で生きている限り、戦いはつきまとうのだろう。それなら、いっそ楽しめているくらいの方がちょうど良いだろう。
どうせ戦わないといけないのに、戦うたびに傷ついていては苦しいだけだ。そんな気持ち、親しい人には味わってほしくない。
「姉さん達の出番があるということは、フェリシアが危険ということだからな。あまり、応援はできないよ」
「ま、そうよね。そういえば、相手と会ったんでしょ? どんな感じだったのよ?」
とは言われるものの、あまり興味を感じない。目は普通だし、声も平坦だからな。話題のきっかけ、くらいのものかな。
ありがたいことではある。俺から話題が出ることは、あまり無いからな。どちらかというと、受動的なタイプだから。
「正々堂々とした武人、といったところか? 油断しないあたり、怖い相手だ」
「メアリなら、きっと勝てるよ!」
実際、メアリは相当強いからな。近寄らせない限り、まず勝つだろう。ただ、負け筋だってあるはずだ。メアリは思考が攻撃的だから、防御が薄くなりがちだ。そこを突かれると怪しい。
単純に火力で押し切る可能性の方が高いとは思う。ただ、そうでない可能性も否定できない。
「9割は勝つと思うよ。だが、10割にはできない危険性を感じるな」
「なるほどね。常に隙を狙っている、みたいな感じかしら」
「そんな感じだと思う。隙ができれば、確実に突いてきそうな雰囲気があったな」
「うーん、メアリに隙ってあるのかな?」
首を傾げる姿は可愛いものだ。だからこそ、ここはちゃんと言っておくべきだろうな。メアリの言い方からして、本気で疑問なのだろうから。
ここで矯正できれば、今後のメアリの危険が減る。それだけで、大きな価値があるんだから。
「無いわけがない。俺にだってあるし、姉さんにだってある。もちろん、フェリシアにだって」
「そうね。完璧な戦い方なんて、この世に存在しない。鍛えるほどに、理解できるわ」
感慨深そうに語っている。カミラは圧倒的な強さを持っているが、それでも魔法すら持たないエリナの剣に負けたことがある。つまり、絶対に勝てる相手なんて、ほとんど居ないということだ。
なにせカミラは、魔力を持たないものならば目で追うことも難しいほどに速いのだから。それに勝つということが、どれほどの難題か。なのに、エリナは勝ったのだから。勝負に不可能なんて無い。それを証明しているようなものだよな。
「メアリも、もっと強くならないと! お兄様に、もっと頼ってもらうんだ!」
「そうだな。応援しているよ。俺だって、もっと強くなるべきだろうからな」
「分かっているようで、何よりだわ。調子に乗ったバカ弟は、絶対に失敗するもの」
呆れた様子で言われてしまう。まあ、正しい。俺に限らず、調子に乗ってしまえば失敗するのは当然のことだろう。いくら俺が強いからと言って、油断なんてできないんだ。
カミラに負けかけたこともある。フィリスに追い詰められたこともある。だから、他の誰かにだって負ける可能性はあるんだ。原作には、強いボスはいくらでも居たのだから。
みんなと生きるためにも、研鑽は欠かせない。もっと力があればと後悔するなんて、絶対に嫌なのだから。
「ああ、否定はできないな。実際、何度も失敗しているのが俺だからな」
「お兄様は、いつでもカッコいいよ!」
「メアリの尊敬できる兄で居続けられるようにしないとな。怠けたら、きっとダメだ」
「そうね。あたしだって、見限るかもしれないわね。ま、あんたにはちゃんと危機感があるけどね」
実際、カミラは容赦ない気がする。今は優しい瞳で見てくれているが、いつ軽蔑に変わるかなんて、分からないのだから。
もちろん、何の理由もなく嫌われたりしないだろう。それでも、俺がくだらない人間になって、その先でも愛してくれるかというと、怪しいと思う。
まあ、当たり前のことなんだけどな。昔の思い出だけで、ろくでもない人間を愛し続けるなんてできない。カミラが特別に冷たいんじゃなく、俺にだってあり得ることだ。
「お兄様を嫌いになるの、想像できないなー」
メアリは無邪気なものだ。目線が上に行っているから、考えようとしたのだろう。それでも、思いつかない。俺が堕落する道なんて、いくらでもあるだろうに。
例えば、力にうぬぼれる。あるいは、殺しに慣れきってしまう。他にも、好意を当然と思うようになるとか。
いずれも、最低の人間と言って良い姿だろう。そうならないように、気をつけないとな。
「まあ、人は変わるものだ。いつか嫌いになる可能性は、否定できないな。もちろん、そうならないようにするが」
「当たり前よね。バカ弟は、完璧な存在じゃない。何度も間違えるんだから」
それでも、慈しむような目で見てくれる。カミラの存在は、本当にありがたい。俺の弱いところを知って、その上で大事にしてくれる。そんな相手と、どれだけ出会えるというのか。
だからこそ、絶対に裏切りたくない。単なる意地でしかないが、大切な想いだ。
「それでも、きっとお兄様は優しいままだと思うよ!」
「ああ。そうありたいな。大切な人に誇れる俺で居たい。もちろん、メアリや姉さんにも」
「お兄様は、メアリの誇りだよ! それは、きっとずっとだから!」
真っ直ぐな言葉が、確かな自信をくれる。メアリは純粋だからこそ、感じたことを言ってくれているはずだから。建前や世辞の類ではないはずだ。
それを、未来でも続けられるように。いつか、建前や世辞で好きと言わなくても良いように。俺が、必ず達成すべきことだ。
「ま、バカ弟は変にならなきゃ良いのよ。それが簡単なのかは、知らないけどね」
「難しかろうが、達成してみせるさ。そうじゃなきゃ、俺は俺を許せない」
「メアリも頑張るから、一緒にだよ、お兄様!」
「あたしだって、怠ける気はないもの。あんたが立ち止まるのなら、置いていくだけよ」
「なら、俺だって置いていかれないようにしないとな。ひとりは寂しいからな」
うん。今回の戦いが終わっても、まだ終わりじゃない。それが、正しく理解できたと思う。最後の最後まで、俺は努力を重ねる。その決意を、改めてできたはずだ。
みんなに恥じない俺で居る。その誓いだけは、壊れない。壊させない。それで良いんだよな、みんな。




