242話 笑顔の価値
今回の敵であるエトランゼは、突然やってきて、嵐のように去っていった。驚いたなんてものじゃないが、良い出会いだったんじゃないだろうか。
きっと、これから殺し合いになる。それを思えば、悲しくもあるが。エトランゼが死んだなら、俺の胸に刻んでおきたい。そんな敵もいたのだと。なんて、戦うのはフェリシアなんだけどな。
去っていくエトランゼを見送って、フェリシアとふたりになる。それから、俺達は部屋に戻っていった。そこで、ゆっくりと過ごすことにする。
「さて、レックスさん。エトランゼさんの印象は、いかがでしたか?」
問いかけながらも、目の真っ直ぐさを見る限りでは、確信を抱いているのだろうな。まあ、エトランゼは分かりやすい。だからこそ、厄介ではあるのだが。
ハッキリと意志を貫くのなら、どんな形であれ信念だ。それを、エトランゼは体現しているように見える。
「良くも悪くも、まっすぐな印象を受けたな。力こそ全てを、まさに体現しているというか」
「そうですわね。以前戦った相手とは、まるで違いましたわよね」
「ああ、ゼノンか。自分が優位に立っている間だけ、力を信じるようなやつ」
酷薄な笑みを浮かべながら、フェリシアは頷いた。まあ、小物だったものな。俺も尊敬できない敵だと思っていたからな。正直に言って、嫌いだ。敵ということを抜きにしてすら。
というか、味方で居ても邪魔と思うまである。いかにも、パワハラ親父という感じだったからな。それが力を持っているとなると、迷惑極まりない。
「つまらない相手でしたわよね。エトランゼさんは、違いそうですわ」
目をキラキラさせながら言うのだから、恐ろしいことだ。淑女然としているが、やはり悪というか、一筋縄ではいかない人間だと感じさせる。
それでも、大切な相手なのだが。本当のところは、悪いことなんだろうな。だが、今更嫌いになれやしない。もはや、俺の生きる理由のひとつなんだから。
とりあえずは、エトランゼをどうするかだよな。といっても、フェリシアに任せるだけなのだが。いざという時は、手出しするにしろ。
「まあ、実力面でも人格面でも格が違いそうだよな。間違いなく、警戒すべき相手だ」
「わたくしを相手に油断するような方なら、話が早かったのですけれど」
「そんな相手だったら、退屈だと言うんだろうに。まったく、面倒なやつだ」
「あら。レックスさんは、面倒な方が好みでしたの?」
いたずらっぽく笑いながら言っている。小首までかしげて、声の調子を高くして、明らかに楽しんでいるよな。
そして、俺ははいともいいえとも答えられない。はいと言ったら面倒な人が好みということになり、いいえと言ったらフェリシアが嫌いなことになる。本当に、策士というか、頭がまわるというか。
「お前……。なんと答えても、俺の負けじゃないか……」
「ふふっ、可愛らしいこと。やはり、レックスさんは良いおもちゃですわ」
声が弾んでいるのだからな。よほど楽しんでいるのだろう。人をおもちゃ扱いするなんて、普通に考えたら最低だ。なのに、俺は受け入れてしまっているのだからな。好きになった方が負けというが、本当にそうだ。
まあ、俺がフェリシアに恋をしているかと言われたら、違うと返すが。いくらなんでも、まだお互い子供だからな。そういう目で見るには、早すぎる。
「もう少し素直になってくれたら、俺も楽なんだがな」
「わたくしは素直ですわよ。レックスさんで遊びたいという感情には」
口の端を上げて語る。何と言っても負けてしまうな。まさに、手のひらの上って感じだ。敵が相手なら、絶対に避けるべきなのだろうが。理解されていると思うと、嬉しくなってしまう。俺も、難儀なことだ。
フェリシアなんて、絶対に面倒なやつだからな。それを受け入れてしまっているあたり、重症というほかない。
「本当に、お前には敵わないな。だが、悪くない」
「珍しいですわね。そこまであなたが素直になるなんて」
目を見開いているあたり、本当に驚いているのだろう。だが、必要なことだ。フェリシアにツッコミを入れるだけでは、俺の感情は伝わらない。
言わなくても通じるなんて、単なる甘えでしかない。伝わらない感情なんて、無いのと同じだ。少なくとも、相手にとっては。
「言えることは、言えるうちに言うべきだからな。俺の学んだことだ」
「わたくしが、負けると思っているんですの?」
「勝つと期待しているさ。それでも、戦いに挑むんだからな。絶対はない」
絶対に勝つだなんて、お世辞でも言えない。万が一フェリシアが油断したら、おしまいなのだから。もちろん、自制ができる人だと信じている。頼れる相手だと思っている。
それでも、フェリシアの命には代えられない。たとえ嫌われたとしても、生きていてくれるなら、それでいいんだ。
「確かに、そうですわね。エトランゼさんは、間違いなく強敵ですから」
「いや、強敵でないとしてもだ。カミラは、ただの傭兵に負けかけたんだからな」
あの時感じた寒さは、今でも忘れない。カミラを失うようなこと、絶対にあってはならない。当然、フェリシアも。そのためなら、俺は迷ったりしない。
どれほど堕ちようと、構うものか。みんなの幸せより優先すべきことなど、何も無いのだから。
ただ、みんなに誇れる俺でありたいという思いも本物だ。それこそが、俺の良心や理性を守ってくれるだろう。
つまるところ、みんなが居ない俺なんて、何の価値もない。当たり前のことだよな。
「なるほど。レックスさんの心配性にも、理由があると。なら、気をつけておきますわ」
「ああ。俺だって、油断なんてしている余裕はない。対策なんて、いくらでもあるはずだ」
「ふふっ。臆病さも、時には良い方向に向かうのですね。面白いことですわ」
しとやかな感じの笑みを浮かべている。そういえば、フェリシアは大体いつでも笑っているな。それも、貴族としての立ち回りなのだろうか。当たっているのなら、俺も参考にすべきだよな。
あるいは、俺と一緒にいる時間は楽しいと思ってくれているということだろうか。もしそうなら、とても嬉しいことだ。
いずれにせよ、フェリシアの笑顔は大好きなんだ。もっと見られるように、頑張りたい。
「ああ。俺は、臆病だからこそ、みんなを失わずに済んだ」
「では、わたくしは勇敢さを担って差し上げますわ。レックスさんが、臆病さで支えてくださいな」
「ああ、もちろんだ。俺とお前は、パートナーなんだろ?」
そう言うと、フェリシアはふわりと笑顔を浮かべた。見ているだけで、こちらも笑顔になりそうなくらいのキレイな顔を。
この笑顔が続くように、まずは勝ってほしいものだ。そこから、平和な時間が少しはあるのだろうから。
「そうですわね。だからこそ、わたくしは勝ちますわ。あなたの隣が、似合うように」
「ああ。応援しているよ。どんなに無様でも、笑ったりしない。だから、絶対に勝ってくれ」
「もちろんですわ。なりふり構って勝てる相手ではありませんもの。優雅さを失うのは、悲しいですが」
「格好良く死ぬより、情けなく生きてくれ。それだけが、俺の願いだ」
俺の言葉に、強く頷いてくれた。フェリシア、全力で応援するからな。お前の輝く笑顔が、また見られるように。




