240話 ラナ・ペスカ・インディゴの願い
あたしは、レックス様のために実家であるインディゴ家を支配しました。結果として、実務が増えることになって、レックス様に会いに行くことが難しくなったのですが。
ただ、仕方のないことです。インディゴ家を放置していたら、レックス様に余計な手出しをしていたことは明らかですから。あたしは、レックス様の足を引っ張りたくないんです。
ですから、必要なことだったのは間違いありません。インディゴ家での活動は。その中で、周囲との関係を築いていくこともありました。レックス様のお役に立つために、使えそうな家を狙うことも、忘れずに。
そんな中で、あたしは依頼を受けることになりました。遠縁の親戚である、シアン家から。
「ふむ。ヴァイオレット家とシアン家の戦いの証人になれ、と」
フェリシアさんと、シアン家の当主であるエトランゼ。そのふたりが、一騎打ちをするからと。まあ、理由は分かります。第三者の目の前で戦ったという事実は、必要ですからね。
そうでなければ、一騎打ちの結果なんて、信用はされないでしょう。なにか卑怯なことでもしたのではないか。あるいは、一騎打ちなど無かったのではないか。そんな邪推をされてしまうでしょう。事実がどうあれ。
あたしとしては、フェリシアさんの評判はそれなりに大事ですからね。仮にも、レックス様の友人ですから。とはいえ、少しくらいは、妨害したいような気分もありますけれど。なんて、いけないことですよね。レックス様の意思を無視するなんて。
「確か、レックス様も参戦しているんですよね」
少し、上を見てしまいます。どうするのが適切なのか、悩ましいですからね。あたしとしては、レックス様のお役に立ちたいのは事実です。だからといって、先走るのは問題ですからね。
手柄を立てるつもりで迷惑をかけるような真似はできませんから。あたしは、レックス様が好きなんです。だから、ちゃんと考えないといけないんです。
ただ、それだけではありませんね。あたしは現地に向かう。レックス様は、フェリシアさんに着いていくでしょう。
「なら、久しぶりに会えそうですね。楽しみです」
つい、笑顔になってしまいますね。はしたない顔をしているかもしれません。レックス様には、見せられないような。
ずいぶん長い間、会っていませんからね。あたしの行動が原因ではあるんですけど。ただの人質のままなら、ずっと傍に居られたんだと思います。
そう考えると、やはり父が邪魔でしたね。歯を食いしばっていると自覚しても、感情は収まりません。インディゴ家が邪魔しなければ、あたしとレックス様は離れなくて済んだのに。
ただ、悪いことばかりではありません。レックス様にだって、良いことはあるんです。あたしが、というかインディゴ家が協力することで、ブラック家の取り巻く環境は良くなるはずですから。
ヴァイオレット家の態度は、明らかです。そしてインディゴ家まで味方につけたなら、これまでよりも関係を広げられるはずですから。
「レックス様だって、喜んでくれるはずですよね」
その姿は、簡単に想像できます。おそらくは、あたしと会うこと自体を喜んでくれるでしょう。インディゴ家が味方になるという事実は、あたしがあってこそでしょうね。
レックス様は、お優しいと思います。ですが、すべての人にではありません。例えば、インディゴ家の領民には優しくしようとすら考えたことがないでしょう。まあ、当然なんですけど。
かつての、正義を信じていた頃のあたしだって、他国の領民の幸せなど、考えたこともありませんでした。ですから、人間には手の届く範囲があるのです。レックス様のそれに、あたしがいる。なんて幸せなことでしょうか。
となると、あたしだって、レックス様の幸福を考えたいですよね。もちろん、あたしのも。まあ、あたしはレックス様と一緒に居られれば、他はどうでもいいんですけど。
「さて、どうしましょうか。レックス様のためになる行動は、どんなものでしょうか」
腕を組んで、考えていきます。あたしがしたいことじゃなくて、レックス様が喜ぶ行動にすべきですからね。いえ、レックス様の利益になる、でしょうか。どうにもお人よしな方ですから、必ずしもレックス様の意思を優先するのが適切とは言えません。
例えば、敵対する家に殴りかかることですら、レックス様はためらうでしょう。手を出されてから、とか言いそうですよね。
でも、先制攻撃の利点は大きいですから。結果的には、レックス様のためになる可能性が高いです。もちろん、相応の口実は必要ですけどね。
今できることがあるとすると、シアン家とヴァイオレット家との戦いに、干渉することでしょうか。
「証人として向かう際に、なにか仕込んでおくのも一つの手ですね」
可能性として思いつくのは、エトランゼの妨害をするなにかでしょうか。魔法の発動を阻害したり、こっそり攻撃を仕掛けたり。
とはいえ、証人がそれを実行するのは、リスクが大きいんですよね。気づかれてしまえば、多くの人が名誉を損なうでしょう。あたしも、フェリシアさんも、レックス様も。
「ただ、気づかれないようにするのは難しそうです。要検討、ですね」
ため息をついてしまいます。レックス様のお役に立ちたくても、手段はすぐに思いつきません。悲しいことですね。
魔法の実力は、以前より向上していると思います。ですが、レックス様には必要ない程度でしょうからね。
「それにしても、フェリシアさんはレックス様と一緒なんですね……」
ギリッという音が、歯から聞こえてきました。間違いなく、嫉妬しています。あたしは、レックス様のそばに居続けたい。それが本心なのに、叶っていないんですから。なのに、フェリシアさんは叶えているんですから。
「いけませんね。レックス様は、きっと喜ばない感情です」
あたし達が争っていたら、きっと悲しみますからね。ですから、深呼吸します。フェリシアさんに、敵意を向けないように。
ただ、心のどこかに、火は残り続けている。そんな感覚があります。
「あたしは、遠くで待っているだけなのに……」
そんな感情が、グツグツと煮えたぎるようで。心拍数が上がっているのを感じます。興奮しているんですね。きっと、フェリシアさんへの敵意を燃料にして。
レックス様が傍に居るときは、まだマシだったのに。そう思いますけれど。今は、離れ離れですから。
「そうですね。今のままでは、何も変わりません。レックス様に会いに行く口実を、作らないと」
今回だけでなく、もっと気軽に会いに行けるように。そうじゃなきゃ、あたしはおかしくなってしまいます。
ブラック家が関わる何かを口実にするのが、基本になるでしょうね。インディゴ家の利益にもなるという建前で。
「やっぱり、レックス様だって良いことがあると嬉しいでしょうね。なら……」
利用できるのは、周囲の家ですよね。今回のフェリシアさんの件は、すごく参考になります。あたしに敵が現れたとしても、レックス様は助けてくれるでしょうから。
「あたしの手で、ブラック家に、いえ、レックス様に利益をもたらしましょう」
だからこそ、敵をねじ伏せるための流れが必要になるんです。胸に手を置くと、気合が入る感覚がありますね。この調子で、頑張っていきましょう。レックス様との時間を、手に入れるために。
「そのためにも、支配の手を広げなくてはいけませんね」
周囲の家に、危険視されるくらい。レックス様が、あたしを助けたくなるくらい。そうですよね?
「幸い、飴と鞭はうまく行っています。傷つけた当人の手でも、癒やされると嬉しいんですね」
父も母も、多くのしもべ達も、あたしが魔法で傷を癒やしてあげると、感極まったかのように喜ぶんですから。神の慈悲か何かみたいに。素晴らしいことです。だから、あたしの邪魔をしないでくださいね。
「ただ、あたしを慕ったところで無駄ですけど。あたしは、レックス様のものなんですから」
ずっと、お傍に居ますからね。あなたの隣が、私の生きる場所なんですから。
そうですよね、レックス様?




