239話 高い壁を前に
最後の敵はシアン家になると考えられる。その当主エトランゼは、これまでよりも遥かに強いと想像できる。
フェリシアが挑むというのだが、厳しい戦いにはなるだろうな。だが、それでも勝つと信じている。最悪の場合は、俺が攻撃するだろうが。
ルール違反だろうが、周囲から責められようが、フェリシアの命には代えられない。だからこそ、相手も同じ手を使ってくる可能性は、想定しておかないとな。いざという時には、動けるように。
そんな感じで戦いに向けて気分を高めていると、またフェリシアに呼び出された。つまり、動きがあったということなのだろう。
同じようなパターンではあるが、今回ばかりは難しいだろう。俺が全部解決できれば、話は早い。ただ、フェリシア自身が軽く見られるだろう。だから、なるべく手出しはしないのが大事だろうな。
もちろん、手助けした時点でという考えもあるだろう。ただ、同盟というのは協力し合うためのものだ。だから、お互いに助け合うことができるのだと示せるのなら、問題ない。
「さて、皆様。シアン家から、書状が届きましたわ」
今度は、紙を大事そうに持っている。つまり、相応の文面が届いたのだろう。まあ、宣戦布告な気がするが。フェリシアは、どこか楽しそうな顔をしているから。
なんというか、フェリシアは戦いが好きだというのを感じている。むしろ、平和よりも気に入っているんじゃなかろうか。
それでも、俺の意思を尊重してくれている。むやみやたらと、戦火を広げようとはしていない。だからこそ、信じる意味がある。
さて、相手はどう出るかな。武人ということだから、正々堂々挑んでくるとか? なんて、敵に期待しすぎるのは危険か。まずは話を聞いてみればいい。
「ふーん。それで、どんな内容なのよ?」
「メアリも、活躍できるかなあ?」
「残念なことに、その機会はなさそうですわね。内容は、わたくしとエトランゼが、皆の前で雌雄を決しようとのこと」
凄絶な笑みを浮かべている。それこそ、虎でも食い破ってしまいそうなくらい。楽しそうというか、気合いが入っているというか。邪魔してしまえば、大変だというのは分かる。
どう考えても、フェリシアは本気だ。四属性使いであるエトランゼを、自らの力のみで倒そうとしている。できると思えるだけの気迫を感じる。
「一騎打ちね。悪くないんじゃない? フェリシアが勝てば、誰も文句は言わないでしょ」
「そうだな。勝ってしまえば、それでいい。負ければ、ややこしい状況になるだろう」
「むーっ、つまんないよー。メアリも、戦いたいのにー」
ふくれっ面をしているが、流石に味方はできない。いろんな意味で、まずいだろう。ご機嫌斜めになりそうなら、後でフォローしておかないとな。
まったく。戦いが関わっていなければ、ただ甘やかしても良かったのだろうが。人の命がかかっている状況で、ただ肯定するのはな。
「今回は、我慢してくださいまし。きっと、また機会はありますわ。レックスさんの道の先には、ね」
「不吉なことを言わないでほしいんだが……。まあ、否定はできないのが悲しいところだな」
「なら、メアリも手伝うよ! お兄様の敵なんて、やっつけちゃうんだから!」
握りこぶしを両手に作って、顔のあたりに持っていっている。張りのある声といい、頑張るぞという意思が見えるよな。
メアリのことだから、めいっぱい力を込めてくれるのだろう。だからこそ、俺も努力しないとな。誰かの影に隠れて楽をするのは、性に合わない。
「気持ちは嬉しいけど、危ないことはしないでくれよ。メアリが傷つくのは、絶対に嫌なんだから」
「うん、分かってるの! お兄様と一緒にいるためなんだから!」
「あら、わたくしは、傷ついても構いませんの?」
ニヤニヤしながら言ってくる。涙を流そうという気配は見えない。完全に、ただ遊んでいるだけだな。まあ、ちゃんと気持ちは言うべきだよな。ただ、ちょっと反発する心もあるが。
「違うと分かっていて言うのはやめろ。いくらなんでも、騙されたりしない」
「そうですか。つまらないですわね。もっと慌ててくれたら、面白いですのに」
目を伏せて、そんな事を言う。慌てさせるだけの演技も、していなかっただろうに。フェリシアが本気を出せば、いくらでも俺を騙せるはずだ。 まあ、ちょっと不謹慎ではあるか。だから、分かりやすい言い方に留めているのだろう。そのあたり、フェリシアは理解しているに違いない。
「バカ弟は、周囲の好意だけは疑っていないもの。そこでからかうのは、無意味よね」
「メアリも、お兄様のことが大好きだよ!」
「仕方のない方ですわ。レックスさん、応援してくださいますわよね?」
「エトランゼとの戦いなら、当然だ。お前が勝ってくれなきゃ、困る」
「あら、利益だけですの? 心配は、してくれませんの?」
小首をかしげて下を向く姿は、本気で悲しそうだ。だが、今の流れで分からないはずがないんだよな。
「そんなこと、言うまでも……いや、確かに心配なんだ。お前が傷ついたら、俺は悲しい」
「ずいぶんと素直になったものね。それで? あたしに言うことはないの?」
軽くにらみつけてくる。まあ、メアリやフェリシアには、なにか言っているものな。不公平な感じを出すのは、どう考えても問題だ。
さて、どういう言葉を返すべきか。同じ言い回しというのは、バレるからな。カミラとの思い出に絡めるとすると、こんな感じか?
「姉さんだって、大事だよ。そうじゃなきゃ、助けたりしない」
「あらあら、可愛らしいこと。ひねくれていた頃のレックスさんが、懐かしいですわね」
「昔のお兄様も好きだけど、今のお兄様の方が好き!」
「ま、あたしはどっちでもいいけど。どうせ、バカ弟は変わりやしないわ」
「そうですわね。わたくし達が大好きで、どこか情けない方。それは、きっと未来でも同じですもの」
みんな、今の俺を肯定してくれている。ありがたいことだ。だからこそ、みんなの気持ちに応えられるようにしないとな。俺を大切に思うことを、いずれ後悔しないように。
俺は、みんなにふさわしい俺で居る。それだけが、道しるべなんだ。俺にとって本当に必要なものは、みんなだけなんだから。どんな形であったとしても、失わずに済むように。たとえ立ち止まるとしても、迷うとしても、最後まで歩み続けるだけだ。
「お兄様は、カッコいいんだもん!」
「まあ、弱いところがあるのは否定できないな。でも、ありがとう、メアリ」
「ふふっ、楽しいですわね。レックスさん、あなたも、楽しいですか?」
「ああ。だからこそ、勝ってくれ。そして、また今みたいな時間を過ごそう」
そのために、どんなことでもしよう。俺の望みを叶えるために。みんなの願いを紡ぐために。卑怯だろうがなんだろうが構わない。手を汚す覚悟もできている。今度こそ、迷うものか。
とはいえ、まずは応援だけどな。フェリシアが勝ってくれるのなら、それが一番良いんだから。
頑張ってくれよ、フェリシア。




