233話 本当に信じるものは
アリアに、再び狙撃を見せてもらえることになった。そのために、ヴァイオレット家の屋敷から外に向かう。
きっと、アリアを戦場に送り出すことになる。俺が守るとしても、手を汚させることは正しいのだろうか。分からない。ただ、犠牲者を減らす道筋になるかもしれない。
何が正解なのだろう。アリアを苦しめないことか、傷つく人を減らすことか。あるいは、どちらも不正解なのかもしれない。
いずれにせよ、戦いは目の前に迫っている。備えもなく待っているのは、悪手としか言いようがない。だから、狙撃を見せてもらうのは必要な準備のはずだ。
外に出ると、アリアは遠くを指さしながらこちらを向いた。
「では、レックス様。あそこの丘の頂上に、この的をおいていただけますか?」
あそこの丘と言われる場所は、なんとか高くなっていると分かる。だが、ぼやけた輪郭しか見えない。つまり、相当遠いはずだ。下手したら、1キロを超えているんじゃないだろうか。しかも、的なんてアリアの手のひらに収まっている。ここで指示するということは、ここから撃つということなのだろうが。
俺なら、的を見ることすらできないと思う。視力の問題で。だから、まず当てられないはずだ。いや、床に魔力を侵食させておいて、それで誘導すればいけるか?
とにかく、アリアのやろうとしていることは、とんでもない絶技だと言って良い。本当に、成功するのだろうか。疑うわけではないが、気になってしまう。
「手のひらより小さいじゃないか。しかも、丘の頂上なんて、ハッキリ見えないぞ」
「ですから、意味があるのですよ。私の実力が、確かに伝わるでしょう?」
自信に満ちた顔をしている。本当に、造作もないことなのかもしれない。いや、とんでもないぞ。少なくとも、俺の知り合いに同じことをできる人間は居ない。もちろん、俺自身も。
下手をしたら、相手は撃たれてすら何も対処ができないんじゃなかろうか。まあ、俺なら怪しい方向をまとめて吹き飛ばすという手段も使えるだろうが。ミーアやリーナも、同じことができるはずだ。無論、フィリスも。
カミラなら、圧倒的な素早さで距離を詰められるかもしれない。そう考えると、弱点もあるな。俺が、しっかり守らないと。
「それはそうか。つまり、確実に成功する自信があるんだな?」
「結果を確かめていただければ、全て伝わりますよ」
「なら、見せてくれ。お前の力を」
「もちろんです。では、レックス様。的のそばで待っていてください」
「分かった。行ってくる」
ということで、魔法を使って全力で移動し、的を設置する。そして、軽く離れて待っていると、的の中心に矢が突き刺さっていた。アリアの姿は、まるで見えない。せいぜい、点かなにか程度だ。
にもかかわらず、的のど真ん中に当てる。実際に目にすると、震えが走る。圧倒的な驚きだと言う他ない。
確か、風魔法で矢を操っているんだよな。だからといって、ここまで正確に当てられる人間なんて、探しても見つからないだろう。
感心しつつ、アリアのもとに転移で戻る。すると、笑顔で出迎えてくれた。
「どうでしたか、私の長弓は?」
「以前も見たが、凄まじい技だな。俺でも、同等の精度は出せないだろう」
「レックス様なら、別の形で同じ成果を出せますから。そこまで自慢はできませんよ」
アリアは手を顔の前で振っている。謙遜だなと思うが、まあ仕方のない部分もある。実際、俺の周囲は天才ばかりだ。それを見ていると、簡単には自信が持てないのだろう。納得できることだ。
俺だって、足りないものを意識する機会は多いからな。客観的に見れば、友達を含めても図抜けた才能を持っていると理解していても。
まあ、隣の芝生は青く見える。それだけのことだろう。足りない部分は、協力して補い合えばいいよな。
「まあ、転移なり何なり、他の手段はあるかもな。ありがとう、アリア。おかげで、戦術の幅が広がりそうだ」
「お役に立てたのなら、何よりです。では、必要になったら声をかけてください」
「ああ。頼りにしているよ、アリア」
そして、アリアは去っていく。本番では、第二の策も用意しておきたい。とはいえ、俺が力押しするのが基本になるだろうが。
話がまとまったので、フェリシアのもとへ向かう。こちらを向いた彼女は、面白そうに笑っていた。
「フェリシア、聞いてくれ。アリアに、大将の狙撃を任せようと思う。どうだ?」
「そう言うということは、うまく行ったのですわね。なら、構いませんわよ」
あっさり頷かれる。もう少し、詳細を聞かれるかもしれないと考えていたが。まあ、最悪俺達で敵陣を吹き飛ばすだけだからな。リスクはあるが、危険を完全になくすのは不可能だ。なら、今のあたりが妥協点だろう。
「お前の手柄は減るだろうが、構わないか?」
「ええ。それはそれで、状況として利用価値がありますもの」
いやらしい笑みを浮かべている。これは、なにか企んでいるのだろうな。まあ、悪いことではないだろう。少なくとも、俺にとっては。
フェリシアは、俺を傷つけて喜ぶような人間ではない。笑顔を浮かべている限り、信じて良いはずだ。そうだよな。
「なら、良いが。手助けするつもりで迷惑をかけるのは、ゴメンだからな」
「お優しいことですわね。嫌いではありませんが」
「まあ、これが俺だからな。ただ、もう優しいとは言い切れないか」
「敵に配慮するのは、優しさではなく甘さですわよ。レックスさん、その悩みは、必要ないものですわ」
まっすぐに目を見て言われる。青くきらめく瞳を見ていると、悩みなんて忘れそうになるな。俺を大切に思う気持ちが、強く伝わってくるようで。
やはり、フェリシアは俺にとって絶対に必要な存在だ。俺が人間の心を持っているために。だから、迷っていられない。フェリシアの敵は、俺の敵だ。
「確かに、そうだな。敵に甘さを持って、お前達が傷つけば何の意味もない」
「その通りですわよ。だから、わたくしを助けに来たんでしょう?」
優しげに見つめられ、頬に手を添えられる。強く信頼されているのが、心に届く。俺も、フェリシアを信じている。きっと、誰よりも。何度も何度も、助けてもらったからな。
「ああ、まったくだ。悪いな。背中を押してもらって」
「パートナーですもの、当然ですわよ。あなたには、力を貸してもらっていますもの」
「借りを返すのは、大事なことだな。あまり、損得を気にしたくはないが」
「お互いに、立場がありますもの。ただの友人として生きるのは、難しいでしょう。だからこそ、交わりに価値があるのです」
「そうだな。自分達の状況を考えて、それでも仲良くできる。とても尊いことだ」
「ふふっ、わたくしには、分からない部分もありますけれど。ですが、きっと素晴らしいのでしょうね」
「ああ。だからこそ、まずはこの状況を乗り切らないとな。そこから、すべてが始まるんだ」
フェリシアと目を合わせ、お互いに頷く。そうだな。これから先も仲良くするために、負けてなんて居られない。絶対に、勝ってみせるんだ。そう誓った。




