23話 守りたいもの
王宮での用は全て終わって、俺は帰り道についていた。パーティも行われていたのだが、まあ大した内容ではなかったな。それぞれの貴族が、軽く演説をしていくだけのものだった。知り合いは王女姉妹くらいで、他は知らない人たちの興味のない話ばかりだった。いずれは、俺も同じことをしなければならないのだろうが。大変だな。
それはさておき、帰りの馬車の中では、ウェスやフィリス、エリナの顔が思い浮かんでいた。しばらくの間、顔を見ていなかったからな。恋しさもある。なんだかんだで、挨拶回りの前までは、毎日のように顔を合わせていたからな。
フェリシアや王女姉妹とも別れたので、そちらも寂しくはあるが。また会える機会があると、期待しておこう。
そうして帰路についてからしばらくして、ようやく家にたどり着いた。そこでは、ウェスが迎え入れてくれた。兎の耳がピコピコしていて、懐かしさを感じる。帰ってきたんだなとも。
「ご、ご主人さま、おかえりなさいっ」
「ウェス、出迎えご苦労だったな。今日から再び、俺のために尽くせよ」
「も、もちろんですっ」
当たり前のように、俺の言葉を受け入れてくれる。ウェスが俺のメイドになってくれて、本当に良かった。きっかけは、まるで良いものではなかったがな。ウェスの右腕が、事故で吹っ飛んだわけなのだから。
それでも、いまウェスと一緒にいられる幸運を噛み締めていたい。やはり、俺の周囲には大切な人が多いな。フィリスやエリナとも、早く会いたい。
「ウェスさん、ひとりで大変だったでしょう。また今日から、私も一緒ですからね」
「あ、ありがとうございますっ」
まあ、ブラック家の中で獣人でひとりではな。正確には、メイドの中にひとりではあるが。とにかく、まともな扱いを受けているのか心配だ。何か、手助けができれば良いのだが。そうだな。俺の道具を勝手に傷つけるやつは許さないとか、そのうち宣言してもいいかもな。
それから、フィリスとエリナの顔も見に行った。懐かしさが湧き出てきて、ちょっと泣きそうだった。まあ、演技を崩す訳にはいかないから我慢したのだが。
「……待望。これからまた、レックスの魔法を見る」
「私もだな。レックスの剣技は、まだまだ伸びるぞ」
「当然だ。俺が最強になるまで、付き合ってもらうぞ」
これからも、ずっと師匠で居てほしいものだ。いずれ超えたい相手ではあるが、それとは別に情もある。できれば、離れ離れになりたくない。情けないことだが。
フィリスとエリナとの訓練も再開して、また楽しい日々が戻ってきたのだと実感できた。もちろん、フェリシアや王女姉妹との時間も楽しかったが。それでも、別腹というか、感覚が違うというか。
戦いの練習をしている中で、ふと疑問が浮かんだんだよな。それは、アリアやウェスに身を守る手段はあるのかということ。できれば早く行動した方が良いと感じたので、訓練を終えてすぐに確認した。
「そういえば、アリア、ウェス、お前たちは戦えるのか?」
「私は、最低限は。魔法も多少は扱えますし、弓も得意です」
「わ、わたしは戦えません。すみません、ご主人さま」
「お前たちに、もとより大した期待はしていない。そもそも、俺は守られる必要など無いんだからな」
アリアは身を守る術を持っているらしい。エルフらしく、魔法も扱えるみたいだ。なら、問題はウェスだよな。
1人になって考えていると、すぐに方針は決まった。
「ウェスは戦えないんだ。じゃあ、身を守る手段を持たせたいよな」
だが、どうやって? 訓練させるにしても、メイドの仕事をしながらでは難しいだろう。魔法を覚えさせようとしたって、そもそも獣人は魔法を覚えられない。なら、他に何がある? 戦いの訓練をしなくても、身を守る為の手段なんてあるか?
「戦いの心得がなくても使える武器……銃? 反動がなければ、行けそうだよな」
銃を扱う上でハードルになるのは、反動だという話だからな。ウェスの肩が外れたりしては、意味がないのだし。だから、反動を抑えた銃なら使いやすいだろう。おそらく、魔力を侵食させた物体ならいけるはず。
「ただ、奪われたら厄介なんだよな。セーフティは持たせておきたいよな」
とにかく最悪なのが、ウェスを守るために与えた武器で、彼女を傷つけられること。だから、どうにかしてウェス以外に使えないようにしたい。
「なら、俺の魔力があればって形にすれば良いのか?」
闇の魔力を応用すれば、許可していない魔力には侵食することで妨害だってできるはずだ。要するに、俺の魔力以外で使おうとすれば不発になるように。そもそも、俺の魔力を発射しかできないようにすればいいのか。
「そうなると、ウェスに俺の魔力を侵食させる必要がある。フィリスと検証してみるか」
俺の考えたセーフティは、俺の魔力を持っていること前提だ。だから、フィリスのところに相談に向かう。魔法について考える上で、フィリス以上の知り合いは居ないからな。
そこで色々と検証した結果、俺が魔力を性質変化させれば、人体に侵食させても健康被害は出ないと分かった。ネズミを使って実験して、次は俺自身で、その次はフィリスで試していた。
結果としては、ありのままの魔力を侵食させると、俺の意志で操作できるネズミが生まれてしまったんだよな。ウェスを俺の操り人形にしないために、注意が必要だということだ。ただ、ちょっと意識するだけで十分ではある。
「……安全。これなら、人に使っても問題ない」
「そうだな。面白い結果だった」
「……最高。闇魔法は、知れば知るほど楽しい」
「これからも、もっと素晴らしい景色を見せてやるよ。俺は天才なんだから、誰よりも優れた魔法を使うんだよ」
フィリスは、俺の魔力で侵食されても楽しそうにしていた。マッドサイエンティスト感があるが、だからこそ、俺の思いつきに付き合ってくれたのだろう。
ということで、残りは銃を作る時間になっていた。とはいえ、実際に銃の仕組みが必要な訳では無い。持ちやすくて、先から魔力を放出できるならそれで良かった。まあ、外見は銃に近くなったのだが。結局、それが持ちやすかった。
「銃も完成したし、人に魔力を侵食させる実験も終わった。これなら、ウェスの安全を守る手段になるはずだ」
検証も終わったので、早速ウェスを探す。メイドの待機場所に向かうと、そこにいた。
「ウェス、いるか?」
「は、はい。ご主人さま、なにか御用ですか?」
「何も言わずについて来い」
「は、はいっ」
そうしてウェスを人のいない空間へと連れて行く。それから、準備していた作業を進めていく。
「今から、俺の魔力を受け入れろ」
「も、もちろんですっ」
ウェスは当たり前のように俺に従ってくれる。その想いに応えるために、俺は慎重にウェスの体に魔力を侵食させていった。
うまく行ったことを、ウェスに銃を渡す。名前は、黒曜にした。
「これを持ってみろ。そうだ。あそこに、的があるだろう。そこに先を向けて、念じるんだ」
「は、はいっ。あっ! すごいです、ご主人さま! 的が粉々に!」
実際、下手な銃より威力が高いんじゃなかろうか。的は金属だったのだが、軽く粉々にできていた。
「これが、俺の力だ。どうだ。素晴らしいだろう?」
「ご、ご主人さま。ありがとうございますっ! わたしを、守ろうとしてくれて」
「お前は俺の道具なんだからな。勝手に傷つかれたら困るだけだ」
ウェスは俺の言葉に対して、とても幸せそうな笑顔で返してくれる。本音を言えないのが、寂しくなるくらいの顔だった。どうせなら、いつかは好意をはっきりと口にしたい。ウェスは、俺にとって欠かせない存在なのだと。だが、今は難しいよな。
それからウェスと分かれて、今日を振り返っていた。
「さて、ウェスの安全は、ある程度確保できたはずだ。後は、使われる機会がないことを祈るだけだな」
ウェスに武器をもたせたのは、あくまで念のためだからな。これから先も、何もない方がいい。ただ、難しいのだろうな。ブラック家は、というか父は、紛れもない悪役。そして、原作の事件なんていくらでもある。俺が舞台に上がろうとするなら、ウェスだって巻き込まれる可能性はある。
それでも、必ずウェスや他のみんなと一緒に、何が何でも生き延びてやる。改めて、決意を固めていた。
次は、兄や弟、母との関係を改善できればな。新たな目標を定めて、進むことを決めた。




