226話 信じていても
フェリシアから、再びカミラやメアリとともに呼び出された。つまり、状況になにか進展があったのだろう。あるいは、戦うことが決まったのかもしれない。
ハッキリ言って気が重いが、行くしかない。ということで、重りが付いた気分の足を、なんとか動かして向かう。前回と同じ部屋では、すでに3人が待っていた。
フェリシアは、気品のある笑みを浮かべている。それなのに、俺は蛇ににらまれた蛙の気持ちが分かった。なんというか、取って食われそうだという雰囲気がある。
まあ、仮に暴力の気配をまとっていたとして、俺に矛先が向くことはないだろう。だから、ちょっと息を吸えば落ち着いた。そうだよな。フェリシアが、俺の敵になるはずがないんだ。なら、むしろ頼りになるくらいだよな。
獰猛な気配を隠そうとせず、フェリシアは語り始める。
「さて、敵のひとつ、ネイビー家の当主から、手紙が届きましたわよ。内容は、ヴァイオレット家を明け渡せとのこと。そうしなければ、力で奪い取るのだそうですわ」
すでに開けられただろう封筒を、ひらひらと振っている。なんというか、おもちゃくらいに思っていそうだな。やはり、敵に回したくない相手だ。おそらくは、めちゃくちゃにされるだろうから。
まあ、いま気になるのはカミラとメアリの様子もだ。カミラは鬼気迫るといった風情で、メアリは楽しいことが始まったかのような顔をしている。
怖がっていないのは、良いことなのか悪いことなのか。初陣ではないから、実戦が怖くて暴走する可能性は少ないだろう。ただ、危険を察知できないのは、あり得る。よほどのことがない限り、メアリやカミラが危険になるほどの敵は現れないだろうが。
「なら、あたし達の力を示してやるだけね。敵は、どんなやつよ?」
「ゼノン・クレド・ネイビー。三属性ですわ。言ってしまえば、半端者ですわね。力こそ全てと言う割に、より強い相手を見ない。その程度の存在ですわ」
本当に、鼻で笑うかのような雰囲気だ。あるいは、ゼノンを人とすら思っていないようにも見える。まあ、敵を人間と思っていたら苦しいだけだ。殺し合う相手なら、なおさら。
俺は父との戦いで、足元が崩れ落ちるかのような感覚を味わった。そんな気持ちを、フェリシアが持たずに済むのなら、それが一番だよな。
やはり、親しい人には幸せで居てほしい。そのためなら、敵が犠牲になったとしても構わない。無辜の人が死ぬのとは、何もかもが違うのだから。
いくらなんでも、ただ生きているだけの人を殺してまで幸福になりたいとは思わない。それでも、敵を殺してでも、みんなを守ると決めたのだから。迷えば、その分だけみんなの危険が増える。当たり前のことだ。
「……ああ、フェリシアを舐め腐っているのね。一属性だから」
カミラは、見るからに不機嫌そうだ。それはそうだよな。一属性を軽んじるのなら、カミラを軽んじるのと同じことだ。不愉快に決まっている。
「メアリ、今は五属性なの。その人、どう思うのかな?」
首を傾げながら言うメアリは、本当に癒やしだ。今この場所は、殺伐とした空気が漂っているからな。必要なことだとはいえ、息が詰まる。
「おそらくは、なりふり構わず命乞いでもするんじゃありませんの? 見る価値は、なさそうですけれど」
フェリシアは、つまらなそうな顔をしている。つまり、命乞いが通じるかは怪しいな。まあ、大将首だけは取った方が良いかもしれない。状況次第ではあるが、指揮官を殺すのは有効だろう。
とにかく、どういう方針でいくのかくらいは、決めておいた方が良いだろうな。まずは、確認するか。
「それで、どうするんだ? まさか、無策で挑む訳じゃないだろう?」
「相手の家に、密偵を潜り込ませていますもの。動き始めた段階で、レックスさんの転移で逆侵攻をかけましょう」
なるほど。奇襲をかけられると思うと、悪くないな。いや、それだけじゃない。最悪の場合は、転移で逃げることもできる。かなり良いんじゃないか?
それなら、もう一度奇襲を狙うこともできる。分の良い賭けだろう。隙が生まれるまで、機会を狙い続けるのも良い。あるいは、襲撃に警戒させ続けても良い。
問題は、魔力を侵食させる手段ではある。とはいえ、その気になれば1日2日で帰ることもできるだろうな。今の俺は、相当早く走れるから。
「分かった。なら、準備をしておかないとな。先に現地に向かわないと。それに、フェリシアにも魔力を侵食させないと、使えないからな」
「もちろんですわ。わたくし達は一蓮托生。お互い、楽に移動できた方がいいでしょう?」
こちらの手を握りながら言う。おそらくは、パートナーだと強く意識しているのだろう。お互いに支え合う関係として。そうだよな、フェリシア。
「そうだな。なら、後はどう戦うかだけか」
「わたくしとしては、ゼノンとの戦いに邪魔が入らないようにしていただきたいのです」
真剣な目で見てくる。つまりは、一対一か。フェリシアの流儀には、合っているよな。力を示すことで、周囲を支配するというものに。
実際、舐められたままというのは良くない。妙なことをすると痛い目をみると思い知らせるのは、大事なことだろう。被害者は、かわいそうではあるが。
「じゃ、あたし達はザコを片付ける役目ってことね。効率よくいきましょう」
「メアリも、頑張るよ! フェリシアちゃんも、頑張ってね!」
ふたりとも、落ち着いた様子だ。この調子なら、力を発揮できそうだな。ありがたいことだ。
「ええ、もちろんですわ。わたくしの力を示す、良い機会でしょう」
柔らかく笑うフェリシアの顔からは、確かな自信を感じる。ただ、確認するべきことはある。万が一の時に、フェリシアの安全が守られるかどうか。俺の防御魔法で、助けられるかどうか。
フェリシアの胸元を見ると、贈ったネックレスが輝いている。なら、大丈夫なはずだ。
「ネックレスは、着けているみたいだな。なら、俺からは異論はない」
「何事もなく勝つとは、思っていただけませんの? わたくしを、信頼できないと?」
上目遣いで見られると、困ってしまう。ただ、心配なんだよな。もしものことがあったらと思うと。もちろん、フェリシアも分かっているとは思うが。それでも、言葉にして伝えるのは大事だよな。
「大抵の相手には勝てるだろうさ。だが、保険は必要だろう?」
「仕方ありませんわね。納得して差し上げますわ。わたくしの活躍を、しっかり見ていてくださいな」
穏やかに微笑む姿を見て、少し落ち着いた。きっと勝ってくれるはずだ。最悪の場合でも、俺が居る。なら、なんとかなるよな。
「たかが三属性程度に、負けるんじゃないわよ。そんな相手に複数人で協力してちゃ、あたしの品位も下がるのよ」
「もちろんですわ。わたくしがレックスさんのパートナーとしてふさわしいと、示して差し上げましょう」
「それはダメなの! お兄様のパートナーは、メアリなんだから!」
「自分でも納得していないことを言うのなら、底が知れるわね」
メアリもカミラも、かなり不満そうだ。このままだと、またケンカになりかねない。止めないと。不和を抱えたまま戦いに向かうなど、まずいどころの話じゃない。
「おいおい、やめてくれよ。せめて、戦いが終わってからにしてくれ」
「戦果を競う機会を奪われたんだから、仕方ないでしょ?」
「あーっ! 確かに! フェリシアちゃん、ずるい!」
「ふふっ、まだ機会はあるのです。そこで、アピールしてはいかがでしょう?」
フェリシアの言葉で、カミラもメアリも落ち着いてくれたようだ。よし、まずはネイビー家に勝とう。そう考えて、気合を入れ直した。




