225話 ルース・ベストラ・ホワイトの決意
あたくしは、レックスさんのライバルになりたいだけの、ただの公爵令嬢。それを、強く理解できていたわ。日々を生きる中で。
レックスさんは、当主になってすぐ、大きな失敗をした様子ではあるわ。ただ、失敗してもやり直せるというだけで、十分な成果なのよ。言ってしまえば、最悪の失敗ではないのだから。その上で、失敗から学べるのだから。
あたくしは、そんな機会すら手に入れていない。そう。ただ日々を過ごすだけの人間になってしまっている。それが悔しいのよ。拳を握って、歯を食いしばって、それでも足りないくらい。
「レックスさんがいない間、あたくしは何もできていないわ」
拳を、どこかに叩きつけたいくらい。そんな感情が渦巻いて、でも、だからといって何もできない。そんな日々を過ごしていたわ。魔法の訓練も、武術の鍛錬も、やって当然のことでしかないもの。
あたくしは、レックスさんに認められたい。対等なライバルとして。それには、強さだけでは絶対に足りないわ。レックスさんに力で勝ったとしても、それだけでは。
もちろん、レックスさんの強さは常軌を逸している。だから、勝つということは、難題なんて言葉じゃ表せないわ。それでも、諦めるつもりはないけれど。昔ルースという友達がいたなんて忘れられるのは、許せない。思い描くだけで、えずきそうになるくらいには。
だって、レックスさんの周りには、多くの仲間がいる。ライバルがいる。その中のひとりでしかないあたくしは、レックスさんの心を占められているとは言えないもの。
「フェリシアさんやラナさん、レックスさんは当主として動いていてよ」
そう。少なくとも、フェリシアさんとラナさんは、レックスさんと並び立てる。あたくしとは違って。彼女達が大空を駆ける鳥なら、あたくしは地をはう虫けら。少なくとも、今はまだ。
頭をかきむしりたくなるような衝動が、襲いかかってくるわ。でも、現状は優しくないの。だって、他の人達だって前に進んでいるのだもの。
「そして、ミーア様はリーナ様は王族としての仕事を」
あたくしより、状況が良くない人だったわ。特にリーナ様は。にもかかわらず、自分の立ち位置を手に入れようとしているのよ。己の才覚によって。あたくしとは、大違いよね。泣いて逃げ出せたら、どれほど楽かしら。そんな誘惑すら、浮かんでしまう。
でも、嫌なのよ。あたくしは、ほしかったものを手に入れたの。それが、レックスさん。あたくしという、ただひとりの人間を認めてくれる存在を。だから、失いたくないの。何を犠牲にしたとしても。
そうよ。あたくしに必要なのは、レックスさんを始めとする友達だけ。他の存在は、少なくとも心の中には必要ないわ。
だからこそ、置いていかれたくないの。対等になって、支え合いたいの。競い合いたいの。それだけが、あたくしの喜びなのだから。
「あたくしだけが、ただ停滞している。このままでは、居られないわ」
息を吸って、お腹に力を入れる。そうすると、落ち着いたわ。気合も入ったはずよ。冷静になれたら、方針を考えることができたわ。
あたくしに必要なのは、権力を手に入れるための道筋よね。言ってしまえば、ホワイト家の当主の座を、父から奪い取るための。もちろん、穏当な手段が使えるのなら、その方が良いわ。単純な話で、敵を増やすメリットは少ないからよ。
まずは、何を起点にするかから考えましょう。動き始めなければ、何もつかめないわ。
「もう、強さは十分でしょう。いえ、もっと強くなれるでしょうけれど。ホワイト家の人間としてなら」
これは、間違いのない事実よ。あたくしは、ホワイト家で最強。2番手以下を、大きく引き離して。なら、当主として求められる実力は、ゆうに超えていると言っていいのよ。
後は、何が足りないかしら。落ち着いて考えましょう。そうね。父の存在が、大きな障害よね。でも、あたくしが賊として扱われないだけの、後ろ盾だって必要よ。ただ排除するだけでは、何もついてこないわ。
「なら、あたくしは動き方を変えるべき。貴族として、もっと大きくなれるように」
目を閉じると、皆さんの顔が浮かんでくるわ。レックスさん、ハンナさん、ミーア様、他の皆さんも。みんな輝いていて、負けたくない相手よ。なら、あたくしだって並び立ちたい。超えてしまいたい。
まだ、一歩目すら踏み出せていないのよ。ここで立ち止まっている訳にはいかないわ。頬を叩いて、気合を入れる。そうすると、未来の光景が浮かんだ気がしたわ。
「そうですわね。あたくしも当主となる。それくらいで、ようやく並べるのでしょう」
一度、うなづく。そうよね。あたくしは、皆さんに置いていかれたくない。それなら、行動に移してこそよ。当主になる。それは、どれだけ長くても、1年後には現実になっているべきなのよ。
「まずは、どうやって実現するかを考えないといけませんわね。といっても、実力を示すことでしょうか」
自分の魔力を感じていくと、確かな力を感じるわ。間違いなく、圧倒的な力。もちろん、勝てない相手も多いわ。それでも、ただの魔法使いとは、比べることすらおこがましい力。
そうよね。あたくしの力を、広めてあげましょう。多くの人が、あたくしを認めるくらいに。内心はどうあれ、認めなくてはダメだと思うくらいに。
「あたくしは、ホワイト家の誰よりも強いわ。それを利用せずして、どうするというの」
持ち得た武器を活かさないのは、愚か者のすることよね。そうね。例えば、白日のもとで父との実力差を示す、なんてどうかしら。
もちろん、ただ襲いかかるだけでは、獣と変わらないわ。あたくしは貴族なのだから、華麗にいきたいわよね。何があるかしら。天覧試合のようなものを、利用しようかしら。
「どういう手段を取るとしても、あたくしの力は重要な手札よ。まずは、そこからよね」
力だけでは、解決しない問題もあるでしょう。それでも、手札として意識するところから。一歩目として、踏み出しましょう。
「あらゆる手段を検討しないとね。最悪の場合は、力で奪ってもいい。そのくらいのつもりで」
実際に実行しないとしても、頭の中にあるのは大事よね。そうよ。手元に手段がある。それが、アイデアの幅を広げてくれるわ。これが、余裕ってことよね。
「そうよね。今のままでは、ただ置いていかれるだけよ。そんなの、ゴメンだわ」
だから、進み続けましょう。いつか追いつけるように。追い越せるように。その時まで、待っていなさいよ。あたくしが、驚かせてみせるわ。
「あたくしは、必ずレックスさん達と対等になってみせるわ。そうじゃなきゃ、美しくないもの」
ただ助けられるだけの人間では、いたくないもの。なら、努力を重ねるべきよね。あたくしの持てる力を、全て活かして。
ミーア様やリーナ様、ハンナさんにも、手伝ってもらいましょう。そうよね。レックスさんにも、教えたことだもの。協力することは、大きな力を生むのだと。
レックスさん。あなたの顔を、きっと大きく変えてみせるわ。




