224話 前を向くために
とりあえず、フェリシアの家での生活には、大きな問題はないと思う。少なくとも、居心地が悪いとは思っていない。
なので、日々の生活については、あまり心配しなくていいだろう。そこはありがたいな。
とはいえ、本題があるからな。フェリシアの家が、別の家に狙われているという。それを解決しないことには、何の意味もない。
どうやって話を進めるか考えていると、フェリシアに呼び出された。その部屋に向かうと、カミラとメアリもいる。まあ、メンバーからして、話の内容は想像がつく。俺がヴァイオレット家に呼び出された原因そのものだろう。
フェリシアは、集まった俺達を見回した後、軽く一礼する。そして、ゆっくりと話し始めた。
「さて、みなさん。今日は、想定される敵について話をしますわ」
「だから、あたしとバカ弟とメアリなのね。ま、そこまで強くないでしょ。それなら、有名になっているはずよ」
余裕綽々という感じの言葉だが、言葉ほど軽い雰囲気ではない。カミラからは、強めの闘志を感じるからな。やはり、実戦を経験した人は違うな。それも、死にかけることまであったのだから。なら、油断などできないか。
カミラをピンチに陥らせたのは、ただ電気に対策しただけの雑兵だったからな。それなら、弱い相手にも殺される可能性は、理解できて当然か。
むしろ、俺の方が気をつけないとな。闇魔法は、大抵の敵を簡単に倒せる。それでも、弱点くらいはあるのだから。実際、原作の敵キャラは多くが闇属性だった。そして、主人公パーティに倒された。つまり、無敵ではないのだから。
「基本的には、同感ですわね。ただ、3属性使い以上がほとんどですわ。あまり、気を抜けませんわね」
「昔のメアリと、同じくらいなんだね。なら、ちょっと怖いかな?」
そう言いながらも、目が輝いている。活躍する場面を、想像しているのかもしれない。少なくとも、戦いが怖い訳ではないのだろう。人を殺すのをためらっている訳ではないのだろう。悲しくはあるが、トラウマを抱えるよりはマシだと思いたい。
とりあえず、メアリの様子には注意しないとな。浮かれすぎるのなら、気を引き締めてやらないと。一応、学校もどきを襲った盗賊との戦いは経験しているとはいえ。
「まあ、俺が居るのなら、最悪の事態は避けられると思うが。油断は禁物とはいえ」
「癪に障るけど、事実よね。バカ弟に勝てる人間なんて、どれだけ多く見積もっても片手で足りるでしょ」
「お兄様は、きっと最強だもん。だから、メアリも活躍したいな。お兄様に負けないくらい!」
ふたりとも、本気だ。とはいえ、これで舞い上がるのはダメだ。カミラやメアリだって、十分強い。それでも、俺が最後の砦なのだから。俺が本気を出す必要があるのなら、みんなの命が危険な状況なのだから。
「ま、気晴らしくらいにはなるでしょ。まとめて片付けてやるわ」
気晴らしになってくれるのなら、まだマシだよな。倫理観的には良くない考えだとはいえ。PTSDみたいになられたら、大変だ。大怪我なんて、困ったどころの騒ぎじゃない。それ以上は、考えたくないな。
それでも、俺は考えないといけない。最悪の状況を想像し続けて、対策しないといけない。みんなの実力は、信じている。だから、頼りにしている。だが、備えは必要だからな。
多くの場合には、無駄になるのだろう。それでも保険を用意しておくのが大事なはずだ。
「では、細かい戦力の話をしましょう。敵となるのは、3つの家ですわ」
まさに貴族令嬢という微笑みを見せながら言うセリフじゃないんだよな。いや、ある意味では正しいのか。権力を奪い合う行為は、貴族の本懐と言えるかもしれない。俺にも、いずれ必要になるのかもな。
それでも、良心にウソをつかない範囲で居たいと思ってしまう。甘いのだろうか。
「同時に攻めてこられたら、厄介だよな。3方向とかなら、俺も守りきれないかもしれない」
「その心配はありませんわ。わたくしの方でも手を打って、分断しておりますもの」
「余計なことを。そんなことしなくても、殺すだけだったのに」
「メアリ、お兄様と一緒に戦いたいの! だから、嬉しいな」
みんな笑顔だ。それぞれに違った雰囲気ではあるが。フェリシアはたおやかに、カミラは獰猛に、メアリは爛漫に笑っている。とてもじゃないが、戦いの話をしているとは思えない。やはり、原作で悪役だったと感じてしまうな。
まあ、今回ばかりは助かるのだが。重苦しい雰囲気になるより、よほどいい。人を殺すことをためらって、傷ついてほしくないからな。
「まったく、困ったものだ。気を抜かないでくれよ。ケガでもしたら、大変だ」
「大丈夫! お兄様に心配かけないように、ちゃんとやるの!」
「そうね。また助けられるなんてザマにはなったりしないわ」
「わたくしも、レックスさんのパートナーとして、足を引っ張ることはできませんもの」
みんな、真面目な顔をしている。真剣に受け取ってくれているみたいだし、大丈夫だよな。もちろん、戦場だから不測の事態に備える必要はある。それでも、ピクニックに行くくらいのノリになることはありえないだろう。
やはり、心配してしまう部分はある。それでも、過保護すぎても問題だ。俺が居ない状況で戦うことになったとして、乗り越えるだけの力は必要だろうから。
「ありがとう。それで、3つの家はどんな相手なんだ?」
「ネイビー家、ペール家、シアン家ですわね。どれも、血縁関係のある家ですわ」
ふむ。原作では登場しなかった家だな。だからといって、軽く見るのは論外だが。というか、もはや原作知識は当てにならないだろう。参考になる部分はあっても、根本的に問題を解決できるものではなくなった。
さて、どうするか。俺に思いつく程度のこと、すでに検討されていそうだが。それでも、言うだけ言うのは大事なことか。フェリシアなら、間違った意見は蹴るだろうからな。
「それで、どこかと組んで、どこかを追い落とすことはできないのか? 例えば、ネイビー家と組んでペール家を共に叩くみたいな」
「難しいですわね。失敗すれば、敵が連携してきかねませんもの」
「なら、各個撃破の方が都合が良いわよね。いっそ、誘い込んでやりましょうよ」
「そうですわね。どうせ、戦いは避けられませんもの。レックスさんも、手伝ってくださいな」
手を差し出してくるあたり、パートナーとして意識されているのだろう。この調子で、手を繋いでいたいものだな。未来でも、お互いが協力しあえるように。
「避けるための努力はしてほしいんだがな。まあ、やってないはずがないか。悪いな」
「いえ。レックスさんが争いを嫌っているのは、知っていますもの」
「ヘタレなやつよね。ま、別に良いんじゃない?」
「お兄様が嫌なら、メアリが頑張るよ!」
みんな、俺に気を使ってくれている。だからこそ、みんなを守りたい。俺を大切にしてくれる相手を、それ以上に大切にする。当たり前のことだよな。
「いや、お前達に傷ついてほしくないだけだ。だから、代わろうとはしなくて良い」
そうだ。俺はかつて誓ったはずだ。誰かを殺してでも、みんなを守ると。だから、迷ったりしない。みんなで生きる未来を、手に入れるために。




