223話 見える課題
フェリシアの家には、彼女が用意した馬車で移動した。当人の許可が出たので、次からは転移で移動できる。敷地のあちこちに、闇の魔力を侵食させてマーカー代わりにすることで。
よく許可を出したものだと思える。俺がその気になれば、一気に転移で攻め滅ぼすことも可能だろうからな。信頼の証だろうが、かなり恐ろしい。くそ度胸というか、なんというか。
移動したメンバーは、予定通りだ。フェリシアは当然として、俺、メアリ、カミラの戦闘要員。そして、アリアとウェスのメイド達だ。カミラとメアリも同じ部屋で過ごすことになるのだが、今は訓練している。
カミラはちゃんと手入れされた部屋の方が良いとのこと。メアリは俺の魔力を侵食させてほしいらしい。いずれにせよ、今は俺とメイド達だけだ。ということで、緊張を解いている。やはり、メイド達がいると安心感があるな。
「この家でも、ご主人さまのお世話は譲りませんよっ」
ウェスは元気いっぱいの様子だ。楽しそうで、何よりではあるな。自分の仕事に誇りを持ってくれているようで、嬉しくなってくる。この調子で、もっと仕事を楽しいと感じてもらいたいところだ。
楽しくなければ仕事ではないという人も居そうではある。だが、俺は同じ成果が出るのなら、当人が楽しんでいる方が良いと思う。
少なくとも、ウェスの仕事ぶりには文句はない。だから、楽しく仕事をできているのが一番だろう。
「そうですね。フェリシアさんが配慮してくださって、助かりました」
それにしても、ふたりとも落ち着いているな。俺としては、慣れない環境で緊張しているところもあるのだが。アリアは人生経験だろうが、ウェスもなんだよな。俺の未熟さを思い知らされるようで、少し悲しい。同時に、頼りになるふたりだとも思う。
やはり、知っている人が身の回りの世話をしてくれる安心感はものすごい。これで、フェリシアの家のメイドに世話をされていたら、気が落ち着く暇がなかっただろうな。
そうか。だから、ジャンとミルラはメイド達をこちらにつれてくることを勧めてきたのか。そして、フェリシアは許可を出したのか。見透かされた情けなさはあるにしろ、感謝の気持ちの方が大きいな。相変わらず、信頼できる人達だ。
「俺としても、お前達と一緒なら安心だな」
「そう言って、悪い女に騙されても知りませんよ? 私とか、ね」
「わたしも、悪い女になっちゃいましょうか。ご主人さま、食べちゃいますよっ」
アリアは妖艶な顔をしていて、ウェスは手を広げて指を曲げている。怪獣のマネみたいな感じだ。アリアは騙されたら本気で怖そうな顔だが、ウェスは可愛いだけだよな。
いずれにせよ、ふたりが俺を騙すとは思えない。いや、騙すとしても悪意からではないと信じている。何があってもウソをつかないとまでは思わない。それでも、俺を傷つけるつもりで何かをしたりはしないだろう。
それに、大切な人に騙されるのなら、悪くない。犠牲者が出ない範囲での話ではあるが。
「お前達なら、騙されても許してしまいそうだな。なんて、当主としては良くないのだろうが」
「でも、わたしは嬉しいですよっ。ご主人さまが、大好きで居てくれるんですからっ」
「そうですね。レックス様が大切にしてくださるのは、幸せなことです」
ふたりが穏やかに微笑んでいる姿を見ると、守りたいと思う。だから、まずは勝たないとな。ここで負けるようなことがあれば、メイド達にも危険が及ぶだろう。
それに何より、フェリシアが苦境に陥るんだ。それは避けなければならない。俺の大切な日常を奪わせないために、戦う。そうだよな。
「ありがたい話だ。それで、この家ではうまくやっていけそうか?」
「良くも悪くも、私達は独自に動きますから。食材の管理くらいですね。影響が出るのは」
軽く言っているが、その程度で済むのか。洗濯物を干す場所も分かれていたりするのか? まあ、聞いても仕方ないか。内容が理解できないだろうし、問題があったところで解決もできない。なら、任せるのが良いだろう。
俺の力が必要なら言ってほしい。だが、力で解決する問題ではないだろうからな。何でもかんでも口を出すのは、絶対に違う。
「資金については、フェリシア様が出してくれるそうですよっ」
いつの間に話をつけていたんだ。まったく、自分が情けないな。メイド達の問題に先回りできないばかりか、フェリシアに気遣われるとは。助かっているし、感謝している。だが、悔しい。拳を握りそうなくらいには。
「気が回らなくて、悪いな。本来なら、俺が準備しておくべきだろうに」
「急な誘いなんですから、限界はあると思いますよ。それを、フェリシア様も理解していらっしゃるかと」
「そうですよっ。ご主人さまは、手伝いに来た側なんですからねっ」
優しい顔でフォローしてくれる。ただ、明らかに失敗だからな。俺が直接準備できずとも、前もって相談するくらいはできたはずだ。次からは、ちゃんと活かさないとな。今の俺にできるのは、それだけだ。
「確かに、来客をもてなすのは家主の義務か。なら、逆の立場の時は俺が気を遣わないとな」
「もちろん、わたしたちも手伝いますよっ。メイドの仕事なんですからっ」
「それに、主人はどっしりと座っているものです。下々の仕事は、下々に任せてください」
力いっぱい宣言する様子からは、気合いを感じる。下々と言うと語弊があるが、役割に応じた仕事をこなすのは大事だよな。
社長がロッカー掃除までするのが正しいかと言われたら、怪しいものな。その時間を、もっと業績を上げるために使うのが本筋な気がする。なら、俺だって同じか。
「まあ、お前達の仕事を奪ってしまえば、雇い主失格だものな。とはいえ、無理はするなよ」
「もちろんですっ。ご主人さまとは、ずっと一緒にいるんですからっ」
「そうですね。それに、私は自分の限界は理解していますから。これでも、長く生きているんですよ」
ウェスは当たり前のように言うし、アリアは落ち着いた様子で言う。これなら、大丈夫なはずだ。今後も、うまくやっていけるだろう。
「なら、安心だな。これから先も、俺に仕えてくれ。お前達なら、信じられるんだ」
「ご主人さまのことを、こっそり裏切っちゃったりして。なんて、さっきも言いましたねっ」
楽しげに言っていると、愛らしいだけなんだよな。ウサギの耳がぴょこぴょこしていて、癒やされる。どうせ冗談なのだから、俺も笑って返す。そうすると、また笑顔を見せてくれた。
「実際のところ、レックス様に悪意を抱くことはないと思いますよ」
いつもと同じ顔で言われる。つまり、当然のこととして処理されているのだろう。わざわざ真剣になるほどでもない。そういう意味だよな。
「だったら、裏切りでもなんでもないだろうに」
「そうでもありません。例えばですが、旦那の資金のために他の男に抱かれる妻は、裏切りとも言えるでしょう」
まあ、そうか。否定はできない。完全に裏切りかは意見が分かれるだろうが、裏切りと言えるだけの要素は持ち合わせているよな。
「浮気ですねっ。わたしなら、どう思うでしょうか? ちょっと分かりませんっ」
「それは、できれば許したいが……。実際、どう思うのだろうな」
「善意から出る裏切りも、あるということですよ。レックス様は、意識しても良いかもしれませんね」
アリアは真剣な瞳をしていて、だから強く心に刻まれた。もしかしたら、そんな機会もあるのかもな。だが、俺はきっと乗り越えて、仲を深めてみせるさ。




