222話 認めるためには
フェリシア達の会話の末、最後には戦果で争うことになった。正直に言って、後悔している。だが、撤回したところで仲違いが早まるだけだ。そして、戦場で不仲になるのは危険どころではない。俺は、3人に死んでほしくない。傷ついてほしくない。そう考えると、他の道を選ぶことも難しい。
弱いな、俺は。本当なら、フェリシアの戦い自体を避けるのが理想だろうに。だが、そんな知恵も力もない。俺にできるのは、力でねじ伏せることだけなんだ。
拳を握りそうになるが、やめる。誰かに見られでもしたら、不和のきっかけになりかねない。それは理解できるからな。
そんな悩みを抱えていると、フェリシアはカミラとメアリに向かって微笑んだ。
「さて、メアリさん、カミラさん。お互い、どの程度の実力か知りたいですわよね?」
「ま、そうね。足を引っ張られちゃかなわないもの」
「お兄様は、渡さないもん! メアリが、一番強いんだもん!」
相変わらず、火花が見えるようだ。だが、もう一度戦う流れにはならないはずだ。……ならないよな?
みんなはちゃんと理性を持っていると信じている。信じているが、異性の問題は理性を突き抜けることがあるからな。いや、兄弟で異性なんて言いたくないが。ただ、嫉妬は明確に感じるからな。完全に否定はできない。
そんな不安を抱いていると、フェリシアはこちらにウインクしてくる。なら、安心だな。俺が恐れていることは、しっかり理解してくれているのだろう。
「ですが、わたくし達で戦うことはレックスさんに禁止されてしまいました。でしたら、良い案がありますわ」
フェリシアは、こちらを流し見してくる。楽しそうに笑いながら。その顔を見て、嫌な予感がした。俺をからかいつつ、ピンチに落としてくる流れとしか思えない。そう考えると、ある仮説が浮かんでくる。
「……まさか、俺が戦うとか言わないよな?」
「そのまさかですわ。レックスさんなら、きちんと手加減できますわよね?」
「良いじゃない。バカ弟に思い知らせてやる、良い機会よ」
「お兄様、メアリ頑張るから、見ててほしいな!」
みんな、目が燃え上がっている。代案が思い浮かばない以上、止めてもすぐに困るだけだ。下手したら、3人の争いが再燃しかねない。そうなると、受けるしかないよな。思わず、ため息が出てしまう。
「仕方ないか。よし、順番に来い。誰からにする?」
「そこを決めるのが、レックスさんの役割では? まあ、今回の主役はわたくしですもの。1番手はいただきましょう」
「ま、妥当なところね。なら、次はメアリにしなさいよ。あたしは、何度か戦ってるもの」
「分かったよ! メアリの力、見せてあげるね!」
そういう流れになり、訓練場に移動する。そこで、カミラとメアリは離れていく。フェリシアは、俺が贈った大きな杖を構える。その瞳からは、火傷しそうなほどの熱を感じた。
「さて、レックスさん。付き合っていただけますわよね?」
「なら、来い。お前達の力を、見せてみろ」
「もちろん、行きますわよ! 獄炎!」
さっそく、天まで届く火柱が舞い上がる。熱気が周囲を包み込み、風を巻き起こす。余波だけでも、対策しなければ立っていられないだろう。そして、本命の火柱は地面を真っ黒に染め上げている。つまり、焼け焦げているということだ。地面には、ほんの少ししか接していないのに。
まともに喰らえば、灰すら残らないだろうな。とんでもない技を生み出したものだ。フェリシアの研鑽を感じ取れる。
「やるじゃない、フェリシア。直撃すれば、あたしも危険ね。ま、当たらないけどね」
「すっごーい! なんでも燃やせちゃいそう! メアリなら、炎だけなら無理かな?」
あれを見て、カミラもメアリも恐れる様子すらない。まあ、フェリシアに匹敵するくらいの強さを持っているのは、事実だろうが。メアリなら、超えている可能性が高いよな。なにせ、五属性なのだから。カミラだって、勝ち筋は思い描いているはずだ。
「まだまだ終わりませんわよ! 舞炎!」
今度は、炎が舞うように広がっていく。かなりの範囲が覆い尽くされて、逃げ場もなさそうだ。俺の防御魔法を貫けるほどではないから、安心して様子を見られるが。
「へえ。これなら、あたしに当てられる可能性もあるかもね」
「でも、メアリならもっと広く攻撃できるよ!」
その調子でフェリシアの技を受けつつ、こちらからも軽く攻撃を仕掛ける。簡単に避けられ、そのまま魔法を放たれる。何度か似たようなことを繰り返すと、フェリシアは杖をおろした。
「結局、レックスさんの防御は抜けませんでしたわね。まだまだ、遠いことですわ」
「なら、次はメアリだね! 見ていてね! 雷炎岩竜巻!」
笑顔でメアリは魔法を放つ。俺の贈った杖を片手に。その魔法は、そこらの公園くらいなら軽く飲み込めそうな、大きな竜巻。その中で、雷と炎、岩が暴れ狂っている。
竜巻だけでも危険なのに、中の何かを食らってしまえば、ひとたまりもないだろう。凶悪な技だが、恐ろしいのは範囲の広さだ。一度放たれてしまえば、最低でも百人単位で巻き込まれるんじゃなかろうか。
「とんでもないわね。あたしも、相当頑張らないと避けられないわ」
「そうですわね。軍勢を吹き飛ばすのなら、これ以上は珍しいでしょう」
「もっともっと! 今度は、みっつだよ! 雷炎岩竜巻!」
3つの竜巻が、動き回りながらこちらに襲いかかってくる。何がすごいって、ただでさえ威力が高くて範囲の広い魔法を、自在に動かせるところだ。しかも、人が走るよりは明確に早い。つまり、一度放たれたら逃げ出すことは困難だろうな。
「これは……。末恐ろしいことね。同じ年なら、どれほどだったことやら」
「後1年あれば、相当伸びそうですわよね。凄まじい才能ですわ」
「しっかり練習したんだな。流石だよ、メアリ」
「頑張ったもん、当たり前だよ!」
こちらが褒めると、満足そうに下がっていく。そして、次はカミラが、俺の贈った剣を構えていた。
「じゃ、次はあたしね。まずは、迅雷剣よ!」
目にも止まらぬ速さと、爆発的な光がこちらに襲いかかる。魔力で目を強化していなければ、閃光弾を食らったようになっていただろう。ただでさえ速い技を、まともに見ることができない。本当に、凶悪な技だ。俺も、剣を合わせて打ち合う。
「はっやーい! メアリ、ちゃんと見えないよ!」
「これはまた……。絶え間ない研鑽を感じ取れますわね」
「まだ終わりだと、思わないわよね? 紫電撃!」
今度は、剣と同時に横からも後ろからも雷が飛んでくる。雷を避けることは諦めて、防御魔法に任せる。その上で、剣と打ち合う。
剣に対処できたとしても、雷は避けられない。雷をどうにかしても、剣の餌食になる。組み合わせの妙が出ているな。これに勝てる人は、相当少ないだろう。
「わあ、いっぱいだよ! お姉様、すっごーい!」
「舞炎に並びそうですわね。それを、あの動きをしながら……」
しばらく打ち合って、カミラも剣を下ろす。今回は、軽く戦う流れだったからな。それにしても、お互いの力を知って、どう思ったのだろう。気になるばかりだ。
「どうだった? お互いの戦いを見て、なにか学べたか?」
「フェリシアちゃんも、お姉様も、とってもすごかったよ!」
「癪だけど、認めない訳にはいかないわね。やるじゃない」
「これは、頼れる協力者になりそうですわね。ふふっ、本番が楽しみですわ」
それぞれがそれぞれに、相手を認めているのだろう。みんな、満足そうだ。この調子なら、安心して戦えそうだな。ひとつ、不安が消えた。




