219話 からかいながらも
フェリシアとともにヴァイオレット家に向かうと決まったのだが、まだ詳しい状況は聞いていない。それについて質問しようとしたら、フェリシアは俺の唇に指をおいた。黙っていろということだろう。
そのまま、手を引かれてジャンとミルラの下から去る。要するに、ふたりきりで話そうということだろう。予想通りに、人気のない個室に移動することになった。そこにたどり着くと、フェリシアは手を離してこちらを向く。楽しそうに笑いながら。
「では、わたくしから状況を説明しますわね。ちゃんと聞いて下さいね、レックスさん」
からかうような口調を崩さないフェリシアを見ていると、安心できる気がする。少なくとも、余裕を崩さなくて済む程度の状況なのだろうと。
あるいは、追い込まれていることを隠そうとしているのかもしれない。ただ、俺達ならきっと大丈夫。そう信じるしかない。結局のところ、危険な状況だというのなら、俺が逃げればフェリシアは死ぬのだろうから。死ななくとも、ろくな目には合わないだろう。
そうなると、手伝いにいかないという選択はありえない。まさに、フェリシアの思惑通りなのだろう。それでも、心地よさを感じている部分はある。俺も大概だよな。
「当たり前だろう。俺をなんだと思っているんだ」
「どう思っているか、聞きたいですか? わたくしに興味を持ってくださいますか?」
上目遣いで見つめてくるが、どっちと答えても困る未来しか見えない。肯定すればメチャクチャな印象を語られて、否定すれば興味がないのだと言われる。中々に地獄の選択肢を与えてくる。
まあ、第三の道だってあるはずだ。興味を持っているという部分だけ肯定する。そのような言い回しをすればいいのだろう。まったく、友達との会話でどうして裏を読んでいるのか。困ったものだ。
だが、今の経験は役に立つかもしれない。俺は、貴族として周囲の家と交渉することだってあるだろう。その時に、似たような技術を使えば良い気がする。
フェリシアは、どこまで計算しているのだろうな。なんというか、底知れなさがある。味方でいてくれることは、本当にありがたい。心強いからな。それに、敵にまわったら恐ろしいどころではないだろう。
「まったく、からかうな。お前を疑うつもりはない」
「そんなことでは、足をすくわれても知りませんわよ?」
フェリシアは、あごに人差し指を当てながら首を傾げている。真っ直ぐな目を見る限りでは、本気で心配してくれていると思う。
実際、俺は何度も裏切られてきているからな。兄であるオリバー、学校もどきの生徒だったクロノ、人材募集に集まったグレンとダルトン。
ハッキリ言って、俺には人を見る目はないのだろう。だからこそ、他の人の目に頼りたいところだ。その物差しとして、フェリシアはとても良いのだろうと感じる。実利を考えても、仲良くしたい相手だよな。
「信じる相手は選んでいるさ。それで、どういう状況なんだ?」
「端的に言えば、複数の家に目をつけられまして。モテる女は大変ですわ」
呆れたようにため息をついている。言葉ほど簡単な状況ではないだろうな。下手をすると、3つ以上の家に手を組まれる可能性すらある。そうでなくとも、同時に2つの家に攻められるだけでも大変だ。
うまくやれば、各個撃破も可能なのだろうが。さて、どうなるだろうか。
「お前が魅力的なのは確かだが、それだけじゃないだろう?」
「わたくしを若造と軽んじて、こちらに損を押し付けようとしてきたのです。それなら、噛みつくのは当然ですわよね?」
獰猛に笑う顔を見ていると、原作で悪役なのも納得できる。実際のところ、今でも善の心を持ってはいないのだろうな。それでも、俺の味方でいてくれる。俺に配慮してくれる。同じ道を歩いてくれる。それだけで十分だ。
何より、貴族は簡単に屈したりできない。敵対する家に負ければ、まず親族は殺されるだろうからな。その土地を支配するうえで、間違いなく邪魔になるのだから。
「まあ、多くの人の人生を抱えているんだからな。理不尽には、抗うべきだろう」
「レックスさんも、分かっておりますわね。ですから、力を示したいのです」
楽しそうに言っていなければ、もっと良かったのだが。まあいい。今更、フェリシアと敵対なんてできない。もう、そんな段階はとっくに過ぎているんだ。なら、答えは決まっているよな。
「だからといって、自分から争いを仕掛けたりしないでほしいんだが」
「相変わらずの平和主義ですわね。カミラさんやメアリさん、他の親しい人がバカにされて、同じことが言えますの?」
「それは……。だが、お前が危険な目に合えば、何の意味もないんだ」
「だからこそ、レックスさんに手伝ってもらうのですわ。そうすれば、安心でしょう?」
穏やかな笑顔を向けてくるのは、反則じゃないか? 信頼されているのを感じれば、応えないとは言えない。なにより、俺自身が嬉しくなってしまっている。
きっと、これから先の未来でも、俺はフェリシアには勝てないのだろうな。だが、それでいい。たとえ手のひらの上だとしても、幸せなのだから。
「分かった。だが、無理はしないでくれよ。俺の能力にだって、限界はある」
「もちろんですわ。レックスさんのことは、よく知っておりますもの」
当たり前のように言われるが、それはそうなるよな。フェリシアは、俺がこれまで歩んできた道のほとんどを見ているのだから。そして、何度も失敗してきた姿も。
だから、俺を万能だと信じるような人じゃない。ただ強い力を持っただけの、ただの人間だと理解してくれている。そんなフェリシアだから、強く信じられるんだ。
「ああ、確かにな。それで? 戦いは避けられないんだろ? どういう形で戦うんだ?」
「おそらくは、相手側から攻めてくるでしょう。その動きを察知して、初動で叩きたいですわね」
「自領で戦ってしまえば、勝っても被害が多いものな」
「それに、わたくしは貞淑な女ですもの。そうやすやすと触れられては、困ってしまいますわ」
頬に手を当てながら言う。本当に、男に言い寄られて困っているみたいに見えるな。実際は、もっと血なまぐさいのだろうが。だからこそ、ちゃんと力にならないとな。足を引っ張るのは、論外だ。
「自分で言うか、それを……。まあ、間違ってはいないだろうが」
「そうですわよ。わたくし、レックスさん一筋ですのよ? あなたと違って、ね」
穏やかに微笑みながら言うセリフではないんだよな。俺だって、首を横に振りたいぞ。一筋だという部分を否定したと思われたら困るから、何もしないが。
「俺が浮気者みたいに言うの、やめてほしいんだが」
「いいかげん、自覚しても良いものですのに。そんなレックスさんも、可愛らしいですけれど」
どこか、愛玩動物を見る目に見える。あるいは、物わかりの悪い子供を見る目だろうか。どうにも、座りが悪いな。まあ、フェリシアの好意から来ているものではあるのだろうが。
「まったく、困ったやつだ。まあ、話は分かった。相手の動きを抑えたいんだな」
「そうですわね。レックスさんがいれば、楽に実行できるでしょう」
「まあ、不可能ではないか。フェリシアの安全のためにも、努力させてもらうよ。カミラやメアリにもな」
「そこでわたくしだけと言わないのが、気が多い証ですのよ。それでは、よろしくお願いしますわね、レックスさん」
そっと笑う顔を見ていると、まさに貞淑な淑女のように思えた。その笑顔を守れるように、頑張っていかないとな。




