218話 新しい誘い
あれから、ブラック家の体制は大きく変わった。何度も失敗を繰り返したが、そのたびに反省をして改善してきた。今となっては、俺が何もしなくても問題ないだろうレベルだ。
どうにも、ジェルドやミルラの知り合いも手伝ってくれているみたいで、ありがたい。俺は会っていないのだが、かなり仕事ができるみたいだ。会いたいと言ったら、恐れ多いと断られたんだよな。本音では顔見せしたいところだが、相手の意志も大事だからな。問題なく仕事が進んでいるのなら、それでいいだろう。
それにジュリア達も優秀で、現場からは仕事がしやすくなったとの声が出ている。実際、現場の気持ちが分かる上司だろうからな。良くも悪くも、苦労してきた人達だから。
全体として、うまく行っていると言えるだろうな。俺が役に立てているのかは、怪しいが。とはいえ、誰かに変わってと頼むのは論外だ。王家に命じられたのは俺なのだから、従う意志を示すのは大事だろう。
それに、自画自賛みたいではあるが、俺だから従っている人も多い気がする。レックス様のために、というセリフは色んな場所で出てくる。俺の機嫌を損ねないための言葉の可能性だってあるが。
とはいえ、みんなに悪意があるとは思わない。少なくとも、嫌われてはいないだろう。それに何より、信じると決めたんだからな。みんなは俺を裏切ったりしないと。
能力面に関しては、疑うことも必要だと学んだ。盲信は良くないからな。相手の適性も考えずに難しい仕事を任せるのは、間違っている。
結論としては、みんなが優秀だからうまく行っているのだと思う。でも、困ったことがないかは確認しないといけないだろうな。みんなの声に耳を傾けるのが、そしてみんなが意見を言いやすくするのが俺の役割なんだろう。
ということで、ある程度落ち着いた生活ができていた。そんな日々が変わるきっかけが、やってきたのだが。
事件の後にヴァイオレット家に帰っていたフェリシアが、またやってきた。こちらの顔を見ると、心底面白そうに笑う。
「レックスさん、久しぶりですわね。今日は、楽しいお話を持ってきましたわよ」
フェリシアは、自分の頬に手を当てて恍惚とした表情をしている。これは、相当な話だろうな。嬉しそうなのは何よりだが、怖い。
とはいえ、問題のある行動はしないだろうと信じている。少なくとも、俺が本気で嫌がると分かっていて何かを仕掛けてくることはないはずだ。いつも、許せる範囲のいたずらで抑えているからな。
それに何より、フェリシアには何度も助けられてきたんだ。それなら、楽しみに聞くとするか。
「いったい何だ? お前の顔を見るに、本当に楽しいんだろうが」
「それはもう。レックスさんにも、手伝っていただきたくて」
なるほどな。それなら、手伝いたいところだ。フェリシアには恩があるのだから、それを返す良い機会だよな。流石に、悪事の手伝いをしろとは言ってこないだろうし。
「お前が協力してほしいというのなら、大変なのだろうな」
「ふふっ、分かりますか? わたくしひとりでは、苦戦してしまうかもしれません」
そう言いながらも、口元に手を当てて微笑んでいる。余裕を感じるばかりだ。頼もしいと言えば良いのか、恐ろしいと言えば良いのか。
いずれにせよ、苦戦するというのなら、ほとんど答えは決まったようなものだ。フェリシアを失って、耐えられるとは思えないのだから。
「そうか。お前にもしものことがあったら、俺は俺を許せないだろうな」
「でしたら、付き合っていただけますか?」
「俺の行動は、俺ひとりの問題じゃないからな。少なくとも、ミルラとジャンには相談しないと」
「なら、行きましょうか。相応の対価があれば、問題ないでしょう」
そう言って、フェリシアは笑顔でこちらに手を差し出す。それをつかんで、ふたりでジャン達の元へと歩いていった。
ジャン達に軽く説明すると、思案するような表情をしていた。まあ、急な話だものな。
「ということなんだが、お前たちは問題ないか?」
「僕たちよりも、むしろ兄さんの方が心配ですね。正直に言って、実務はどうとでもできるので」
「そうでございますね。私達に裁量を預けていただけるのでしたら、いかようにでも」
まあ、俺はあまり優秀とは言えないものな。下手したら、居ない方がうまく進んだりしてな。あまり笑える話ではないか。
ふたりの表情を見る限りでは、自然体で出てきた言葉に見える。だから、俺の願いを叶えるために嘘をついてはいないのだろう。安心できるな。
「なら、良いが。無理はしないでくれよ。お前たちが居てこその、ブラック家なんだからな」
「レックスさんが戻った頃に、乗っ取られでもしていたら面白いですのに」
楽しそうに笑っているが、事実になったら困るぞ。いや、あり得ないとは思うが。ジャンもミルラも苦笑しているし。
「僕としては、面倒だから嫌ですね。名前が表に出るだけで、やることが増えるんですよ」
ああ、ジャンが実行した計画も、俺の責任になる。そういう意味では、面倒というのは事実だろう。とはいえ、俺は楽なものだが。ジャンにとっては、責任こそが重荷なのだろう。なら、お互いに都合がいい関係でいるのだな。
「私がレックス様を裏切ることなど、あり得ません。ご安心ください」
「それなら、俺はフェリシアを手伝いに行くよ。お前たちからは、何かあるか?」
その問いに対して、ミルラはよどみなく答えていく。
「アリアさんとウェスさんは、連れて行っていただきたいですね。それは、前提でしょう」
「僕としては、カミラ姉さんとメアリを連れて行っても良いんじゃないかと思います。実戦を経験するのも、役割から見て必要でしょう」
すぐに意見が出てくるあたり、俺の質問は想定されていたのだろうな。やはり、俺にはもったいないくらい優秀だ。
それよりも、カミラとメアリを連れて行くのか。……うん? 実戦を経験するって、言われていたか?
ただ、フェリシアの方を見ても、否定する様子はない。これは、俺が分かっていなかっただけか? いや、苦戦すると言っていたのだものな。フェリシアを失いたくないとは考えていたが、そこまでは思い至らなかったな。
まあ、ジャンの言っていることは正しい。俺の強さを考えれば、多少苦しい戦場だとしても、メアリやカミラは相応に安全だろう。もちろん、油断するのは論外だが。命の危険は、常にあると考えておいた方が良い。
「まあ、俺が居るうちに経験した方が良いのは確かだな。保険がある訳だから」
「そういうことです、兄さん。どうせ戦う未来があるのなら、できるだけ安全な段階で経験するのが良いはずです」
「なら、話を通しておくよ。負担をかけて、悪いな」
「いえ。後で兄さんの読む報告書が多くなるだけですから。気にしないでください」
「レックス様に知っていただきたいことは、数多いですからね」
ジャンはからかうような顔をしていて、ミルラは真面目なままだ。その落差が、なんとも言えない。まあ、そんな違うふたりだからこそ、うまく互いの仕事をを補えているのだろうが。
「大変ですわね、レックスさん。わたくしが、手伝って差し上げましょうか?」
「いや、そこはダメだろう。俺達の関係でも、部外秘は漏らせないからな」
「引っかかってくだされば、面白かったですのに。残念ですわ」
フェリシアは、本当に残念そうにため息を付く。からかわれていると分かっていても、恐ろしいな。俺が乗ったら、どうするつもりだったのやら。
情報を俺に都合の悪い形で使わないとは思う。思うが、こっそり利用するくらいはやってのけるだろう。そういう悪さがある人だからな。まったく、油断も隙もあったものじゃない。
まあ、当然か。パートナーと思っているとはいえ、別の家の人間。いわば他人なのだから。俺のためだけに行動するなど、あり得ないよな。いや、そもそも家族でもあり得ないか。
「まったく、お前というやつは。だが、フェリシアが困っているのなら、助けないとな」
フェリシアは、俺の言葉に嬉しそうに笑った。とても可憐で、ずっと見ていたいとすら感じた。




