217話 アリアの喜び
チャコール家の人間を排除するための一歩目として、私はジャン様と共謀することになりました。彼は、当たり前のように賛同してくださいましたね。
レックス様に隠す理由も、簡単に納得してくださいました。やはり、ジャン様から見ても、レックス様は人死にを計画する人間を嫌悪しているようです。
私もジャン様も、レックス様に嫌われたくはありませんからね。それぞれの形で、レックス様を大事に思っているのです。ジャン様にとっては、効率を教えてくれる人ではあるのでしょうが。言動が、そんな感じでしたね。
ただ、理由なんてどうでもいい。必要なのは、私達が共犯者となる事実です。お互いに、弱みを握る形になりましたね。まあ、その情報を利用するメリットは、私もジャン様も少ないと考えていますが。
ということで、メイドとしてのツテを利用して、チャコール家にブラック家の窮状を誇張して伝えました。そうすることで、簡単に誘えたのです。
後は、邪魔な人間を排除するだけ。チャコール家の人間以外にも、今後のブラック家に必要のない存在をね。
その流れを作るのは、私の役割でした。彼らひとりひとりと親しくなって、情報を集めつつ信頼を稼ぐ。その上で、都合の良い情報を吹き込んで行動を操る。相手が相手ですから、簡単なものですよ。
「ストリガさん、グレンさんって、平民でありながら努力を重ねて魔法を使えるようになったそうですよ」
ストリガは、平民をとても見下している様子。だから、平民であるグレンをバカにするのは、規定事項と言っていいでしょうね。
その時に、レックス様の仕掛けた首輪が効果を発揮するのです。グレンが怒りを抱いて攻撃したとして、ストリガは反撃することすらできないでしょう。そうなってしまえば、こちらのものですね。
「シモンさん、マリクさんは、どうにもモニカ様の気を引きたいようですね」
こちらも、流れは簡単なものです。マリクにも、モニカ様の良いところを話しておきました。そうすれば、モニカ様に好意的になってくださった様子。幸い、モニカ様自身も、マリクを利用したい様子でしたから。うまく噛み合ってくれましたね。
それで、シモンはモニカ様に分不相応な想いを抱いています。それが叶わないと思ってしまえば、どうするのでしょうね?
もちろん、二の矢三の矢は用意するつもりでしたよ。確実性のない策にすべてを賭けるほど、私もジャン様も愚かではありませんでしたから。
最悪の場合は、事故に見せかけて処分することも計画していました。ですが、その準備は必要なくなったのです。思った以上に、都合よく進んでくれたことで。
「さて、まずはストリガが消えてくれましたか。ジャン様にも、感謝しないと。ミルラさんには、少し申し訳ないですが」
ミルラさんには、計画を伝えていませんから。というのも、レックス様の純粋な味方も必要だと思ったからです。私やジャン様は、狙って人を死なせています。ですから、レックス様に共感することはできません。その立ち位置を、ミルラさんに担っていただきたかったんです。
実際、ミルラさんは自分の選んだ人間が失態を起こしたと知って、奮起している様子。その姿勢が、レックス様の力になってくれるはずです。
ただ、その先で、少し失敗してしまいました。マリクをシモンに殺させて、その罪でシモンを死なせる予定だったのですが。ジュリアさんが、シモンを殺してしまったようです。
平民が貴族を殺したとなると、大問題となってもおかしくありません。だからこそ、その後の対処には慎重になる必要があったのです。
「ジュリアさんは、レックス様にとって必要な方。だから、うまく進めないといけません」
ということで、噂を流したのです。私のツテを使って。シモンは、横恋慕のために国王の配下を殺そうとしたと。
結果としては、すぐに情報は広がっていきました。貴族の醜聞は、いい話のネタだったのでしょうね。そして、シモンの評判は、チャコール家とともに失墜していきました。
きっとレックス様は、望んで人を殺すような人を、許しはしないでしょうね。ですから、私とジャン様の計画も、隠しきらないといけないのです。
ただ、良くも悪くもレックス様は疑うことを知りません。そもそも、私やジャン様は容疑者の候補ですらないと思います。
だからこそ、レックス様をこれ以上傷つけないように、次の手を打ちます。彼は、罪人を殺すことすら嫌うでしょうからね。なら、別の人に殺させればよいのです。
「ダルトンさん、レックス様は、人殺しを許せないと思っているようですよ。ですから、チャンスではありませんか?」
完全に予定通りとは行きませんでした。ウェスさんがダルトンに狙われたのは、失敗でしたね。ですが、結果的には良かったと思います。ウェスさんは、人を殺す感覚を理解できたようですから。
とはいえ、びっくりしたのは事実です。ダルトンは、とても愚かでした。まさか、証拠を集めて処刑するのではなく、レックス様の目の前で殺すなんて。バカは、制御できるものではありませんね。
ただ、被害はありませんでしたから、問題はありません。反省すべき部分はありますが、今後に役立てるだけで十分でしょう。
「これで、うまくいきましたね。おかしな人がおかしな行動をして、レックス様が収めた。それで良いんです」
ストリガを殺したのはグレン、グレンを殺したのはダルトン、ダルトンを殺したのはウェスさん。そして、シモンは自滅した。
ウェスさんとジュリアさんには、もっと良い道もあったかもしれませんが。ただ、ウェスさんは喜んでいましたからね。レックス様の役に立てたと。以前のように、人質にならずに済んだと。つまり、過去を振り払えたということ。それは、素直に祝えます。
「チャコール家も滅びましたし、言う事はありませんね。そういえば、領民はどうなるのでしょう。まあ、知ったことではありません」
私にとって大切なのは、ブラック家。正確には、レックス様とその周囲です。ですから、あまり興味がないのです。おそらくは、初代様なら手を差し伸べたのかもしれませんが。
レックス様は、きっと知れば助けるでしょう。ですが、それは彼を苦しめることになる。だって、今のレックス様に余裕はないのですから。なら、気づかないように誘導するのが最適解でしょうか。
「さて、これで邪魔者は排除できました。これからは、ブラック家はレックス様のもの」
すでに王に任命されていましたが、完全な形となったと言えます。とても、素晴らしいことですね。レックス様が作る未来を、特等席で見られるのですから。
「いずれは、レックス様の子供に、私が乳を与えたいものです」
とはいえ、エルフとて妊娠せねば乳は出ません。それが、大きな課題となってきますね。レックス様の子が、私の乳で育つ。想像しただけで素敵ですから、ぜひとも叶えたいものですが。
「ですが、どこで種を手に入れたものでしょうか」
いくらなんでも、興味のない男と結ばれるつもりはありません。ただ、それで候補に上がるような人は、それこそレックス様くらいのもの。他の人は、嫌ですね。
「レックス様に願い出れば、叶えてくださる気もします。私とレックス様の血が混ざるのも、良いですね」
きっと、良い子に育つと思いますよ。レックス様の子ですからね。それに、私が教育するのですから。きちんと、良いことと悪いことを教えましょう。人を愛する喜びを伝えましょう。
「ああ、未来は輝いていますね。今から、とても楽しみですよ」
私は、全力でレックス様を支えます。ですから、あなたは真っ直ぐに前だけを見てください。きっと、その後に道はできるのです。
ずっと、あなたを見守っていますからね。




