214話 リーナ・ノイエ・レプラコーンの憂鬱
私は王族ではありますが、それほど大きな力は持っていません。だから、レックスさんのためにできることは、ほとんど無かったんです。
対して、姉さんは自分の手駒をレックスさんのところに送り込んだとか。話を聞く限りでは、大事に使われているそうなんです。
それに、レックスさんは王家の派遣した人間を壊してしまったようで、姉さんに慰められていました。どうにも、悪い状況だと思えてしまいます。
「まずいですね。このまま状況が進めば、姉さんとレックスさんの距離が縮まってしまいます」
レックスさんのことは、あまり心配していません。仮にレプラコーン王家が全力を尽くして殺そうとしても、無理でしょうから。そこだけは、安心してみていられます。
ただ、少し心に弱い部分がありますから、そこは心配ですけどね。レックスさんは、抱え込みすぎなんです。私にも同じ荷物を預けてほしい。そう思うのは、間違いではないんですから。
それでも、一番警戒しているのは姉さんですね。というか、だからこそでしょうか。レックスさんの心の弱いところに、入り込んでしまいそうというか。私には、同じ技術はありません。本当に、厄介な相手です。
私は、フィリスさんと同じ五属性。だから、フィリスさんを超えなくてはならない。転じて、姉さんは光属性。レックスさんの傍では、唯一の存在。
ここに来ても、属性の差が邪魔をするんですよね。まったくもって、忌々しいことです。
「だからといって、いまさら姉さんと敵対するつもりはありません。レックスさんの努力を、無にしてしまいますからね」
私と姉さんが仲良くすることを、心から喜んでいた人ですから。それを投げ捨ててまで、結ばれようとは思いません。いえ、違いますね。投げ捨ててしまったら、結ばれる道が消えてしまうんです。
もちろん、姉さんが嫌いという訳ではないです。いま思えば、ずっと私に寄り添ってくれていた人ですから。私が、その手をはねのけていただけで。
ただ、レックスさんのことに限っては、話は別です。ふたりが結ばれて幸せになる未来は、許容できないんですから。
だからといって、姉さんを傷つけてでも結ばれようとすれば、私はすべてを失うでしょうね。
「でも、手をこまねいて見ている訳にはいきません」
なにか手を打たなければ、きっと姉さんとレックスさんが結ばれてしまう。そんなの、耐えられません。
「レックスさんと姉さんが結婚してしまえば、私は……」
私は、誰よりも好きな人を失ってしまう。そして、2番目に好きな人を恨んでしまう。そんな未来は、嫌なんです。できることならば、私はレックスさんと結ばれたい。いえ、絶対にです。
そうですよ。私の闇を振り払ってくれた人を、どうして失いたいと思うのでしょうか。私は、何があったとしても負けられない。他の何で負けたとしても、必ず。
王になれなくてもいい。世界で一番の魔法使いになれなくてもいい。光属性に勝てなくたって良い。でも、レックスさんの心だけは、私のものであってほしいんです。
「でも、どうすれば良いのでしょうか。駆け落ちでもしますか? あるいは、姉さんから奪いますか?」
駆け落ちをして、どこに逃げるというのでしょうか。逃げられたとして、どんな生活をするというのでしょうか。私達はきっと、幸せになれない。だから、ダメだと思います。
姉さんから奪う道は、単純に無理だと思います。王族の結婚が認められるということは、つまり他の多くの意思も関わってくるんですから。それに、レックスさんの功績を奪ってしまえば、彼が幸せになれません。
「どちらも、しっくりきませんね……。ただ、何もしなければ結果は決まっています」
姉さんとレックスさんが結ばれて、ふたりだけが笑い合う。そして、私は遠くから見ているだけ。そんな未来が訪れてしまう。許せるわけ、ないじゃないですか。
だからこそ、何か手段が必要なんです。私とレックスさんが、結婚するための手段が。ふたりで、幸せな未来を紡ぐための手段が。
「なんとしても、今から動き出さないことには……。あらゆる可能性を考えましょう」
そうです。私に取れる手段が何か、全力で探る必要があるんです。なりふり構ってなんていられません。たとえカッコ悪い姿を見られたとしても、結果が一番なんですから。
私の弱さを見せることでレックスさんが手に入るのなら、そうします。傷つくことで結ばれるのなら、そうします。とにかく、何をしてでも結ばれるんです。大切な人以外の、何を捨ててでも。誇りでも、名誉でも、立場でも。
「レックスさんが、姉さんと私を娶る。どうやって? 王族をふたりも手に入れるなんて……」
これも、妥協案のひとつです。私は、レックスさんが私を見ていてくれるのなら構わない。たとえ他の人にも、同じように愛情を注ぐとしても。どうせ、今とそう変わりはしないというのも、あるんですけど。
良くも悪くも、レックスさんは気が多い。誰もを好きになって、全力で助けようとする。そんな人ですから。
ただ、王族の結婚は重要な手段です。他の国との間柄や、自国内での関係を決める。だから、個人が王族ふたりを娶るのは、相当に難しいでしょう。どちらか片方が、限度ではないでしょうか。
「でも、姉さんと戦いたくはない。私を好きで居てくれる、数少ない人なんですから」
そう。誰からも軽んじられていた私を、大切にしようとしてくれていた人。でも、立場が許さなかっただけで。今なら、姉さんの気持ちが分かります。
きっと、私には姉さんを受け入れる心の余裕なんてなかった。だから、何も届かないと分かっていたんでしょう。その気遣いが形になって、私達の間に距離ができた。不幸なすれ違いだったんです。
だから、姉さんを排除するつもりは、ないんです。間違いなく、大切な人なんですから。恋敵では、ありますけどね。
ですから、ちゃんと手段を考えないといけないんです。私には、捨ててはいけないものもある。
「私が、王族ではなくなる。いや、ダメです。完全に、私がレックスさんと釣り合わない」
それに、姉さんとも距離ができてしまいます。少なくとも、良い案とは言えないでしょうね。困ったものです。私の持っているものは、魔法と、王族としての立場。それだけ。なら、いま持っている手札を全力で活用するのが、必要な道でしょう。
「王族としての力は、最大限に利用したいですね……」
ただ、私自身が国王になることは、難しいでしょう。いえ、国王。それなら、レックスさんとも対等になれるかもしれない。
「私が、何らかの国を手に入れる。悪くはないですが、手段が……」
どこの国を手に入れるかも、どうやって手に入れるかも、しっかりと計画を練らないといけません。それに何より、私ひとりの力だけで実現できるものではない。
つまり、味方の少ない私には、難しい手段でしかないのでしょう。
「困りました。このままでは、私とレックスさんが結ばれる未来が無くなってしまいます」
私の思いついた手段では、どれだとしても厳しい。検証するほどに、理解できてしまいますから。
「でも、諦めませんよ。私にとって、ただひとりの人なんですから」
陰である私を、ただひとり認めてくれた人。暖かい言葉と感情を、与えてくれた人。
ねえ、レックスさん。ずっと、私を好きでいてください。そうであるならば、どんな苦難だって乗り越えてみせますから。




