213話 ミーア・ブランドル・レプラコーンの誓い
私には、第一王女としての立場がある。だから、王家の役割を捨ててでもレックス君に味方することはできないわ。少なくとも、今はね。いずれ王様になれば、権力を振るってどうにかできるのかもしれないとも、思うけれど。
ただ、私が優しさを捨て去ってしまえば、きっとレックス君は悲しむのよ。だからこそ、全力で彼を支えることはできなかったの。ブラック家を極端に優遇してしまえば、一番に困るのはレックス君だから。
結局、私ができるサポートは、私の命令をちゃんと聞く人を送り込むことだけだった。ジェルドさんは、良くも悪くも自分の安全が大事な人だから。私の指示に逆らう度胸なんてないもの。だから、ちょうど良かったわ。
他にも、第一陣としてはマリクさんが送られた。こっちは、他の貴族の思惑も絡んでいるわ。というのも、ブラック家の情報を手に入れたいみたいだったの。本音としては邪魔だったけれど、仕方ないから受け入れたわ。
ハッキリ言って、マリクさんは能力が低かった。言ってしまえば、捨て石よね。レックス君の動きを見るだけのために、使い捨てるための。
貴族からの指示でマリクさんが余計なことをして、トカゲの尻尾を切っちゃう。そんな使い方を期待されていたのよね。ただ、そうはならなかったの。
「マリクさん、壊れちゃったのね。やっぱり、荷が重かったのかしら」
ブラック家の状況は、とにかく良くないわ。レックス君なら、何があったとしても無事だとは思うけれど。だからこそ、いま我慢できていたのだもの。私が何もしなかったとしても、レックス君は死なないって分かっていたもの。きっと、他の知り合いだって無事だって。
でも、きっとマリクさんは違ったのね。自分なら大丈夫だって思っちゃったのよ。自分の能力を過信して、ね。
「悪いことだけど、都合が良いって思っちゃうわ。レックス君に罪悪感を植え付けてくれたのは」
レックス君のことだから、私に迷惑をかけたって思っているはずよ。だから、その分を返そうとしてくれると思うの。
私達が手間をかけてまで選定した人材を犠牲にしてしまった。だから、私達に利益をもたらそうって。なんて、そこまで打算づくではないわよね。単純に、私達を悲しませたくないだけ。
だから、マリクさんが壊れてくれたのは、総合的には良いことなのよ。人の命を計算するのは、良くないけどね。
「だって、その分私やリーナちゃんを意識してくれるはずだもの。私達に、心を縛り付けられるはずだもの」
きっとレックス君は、借りを返した後も、頭のどこかに今回の事件が残り続ける気がするの。それってとっても素敵なことよね。だって、私達のことを、よりいっぱい考えてくれるってことだもの。
人はね、同じ人のことを考え続けると、感情が増幅するのよ。好きな人はより好きに、嫌いな人はより嫌いに。レックス君が私達をどう思っているかなんて、考えるまでもないわよね。
だから、レックス君はもっと私達のことを好きになってくれるはず。そんな結果をもたらしてくれたマリクさんは、うんと褒めたいくらい。もう、死んじゃっているんだけどね。
「人が死んだのに利用しようとするなんて、きっとレックス君は嫌がるわよね」
というか、人が死ぬことも嫌だと思う。でも、私は知っているの。誰の犠牲もない世界なんて、ありえないってことを。それなら、どうでもいい人と嫌いな人に犠牲を押し付けるのは、当然のことよね。
レックス君は、きっと違うのだろうけれど。できることならば、誰も死なない未来を望んでいると思うわ。
「でも、私は悪い子だから。気づかれないのなら、それでいいの」
そうよ。レックス君が私達を好きでいてくれるのなら、それでいいの。だから、私の本音は隠してしまいましょう。もちろん、レックス君を好きな気持ちは、隠さないけれどね。
でも、お互いに幸せになれる選択だと思うのよ。本当のことを明らかにしたって、誰も得をしないわ。私はレックス君に嫌われちゃう。レックス君は、私の本性に苦しんでしまう。
なら、レックス君は何も知らないままでいいの。私のわがままかもしれないけれど。
「レックス君が好きって言ってくれた私は、もう居ないのかもね」
それは悲しいことかもしれないわ。でも、人は変わるものだというのも、事実だから。私は、子どものままじゃいられなかった。それだけよね。
だって、王の役割って、命を選別することなのだから。より国にとって都合が良い命が生きてくれるように。どんな言葉で飾ったとしても、現実は変わったりしないわ。自分たちが語るウソに、騙されちゃダメなの。
命は平等だとか、誰にでも輝ける場所があるとか、そんな言葉は全部ウソ。誰かが誰かを操るための言葉でしかないの。
例えば、獣人に活躍の場があるって語る人は、獣人を利用したい人なのよ。そんな言葉に酔ってしまう人は、誰かの上には立てないわ。とどのつまり、おためごかしでしかないの。
だからね。レプラコーン王国の民は、私達が幸せになるための駒でしかないのよ。それが、冷たい現実。
でも、理想を追いかけたい気持ちも、どこかにあるの。レックス君が見せてくれた、あらゆる立場の人が手を取り合う未来を。
ただ、国の全てでそうすることは、絶対に無理。だから、私とレックス君の傍でだけ、実現することになるでしょうね。そのために、私は進むのよ。
「でも、まだまだよ。レックス君の力だけじゃ、私とレックス君が結婚する未来はつかめないもの」
彼は強い。でも、それだけ。王族の伴侶としては、まだまだ足りないものが多いわ。実績も、味方も、名誉も、色々なものが。
だからこそ、レックス君には功績が必要なの。私と結ばれたとしても、みんなが祝福してくれるくらいの。
「そうね。他の貴族を利用するのも、ひとつの手かしら。王家に敵対する家はある。それを排除させるとか」
例えば、どこかの家が王家に反乱して、それをレックス君が鎮圧するとか、ね。功績としては、理想的じゃないかしら? 私を守る人として、不足はないもの。
でも、その先のことも考えないといけないわ。
「いずれは、レックス君の方が大きくなっちゃう。その時に、私が心の中心に居ないとね」
レックス君は、きっとレプラコーン王国程度に収まる器じゃないわ。だからこそ、今のうちに心を奪わなくちゃダメなのよ。もっともっと魅力的な人が現れたとしても、情で縛られるように。
「だから、ありがとう。マリクさんのおかげで、理想の未来に近づいたわ」
私とレックス君が結ばれる未来に。色んな人たちが繋がる未来に。その中に、マリクさんはいないけれど。でも、立派な礎になってくれたのは、確かなことだから。感謝しているわ。きっと、これから先もね。
「私の本心は、レックス君には知られないようにしないとね」
それだけは、絶対に守られなくちゃダメ。破ろうとすることは、許されないわ。
「きっと、レックス君は悪い子は嫌いだもの。だから、バラそうとするのなら……」
どんな罪よりも、重いもの。だから、相応の罰を与えないといけないわ。例えば、反逆罪にふさわしいくらいの。民衆の前で、石を投げられ続けるくらいの。
「ねえ、レックス君。あなたを好きな気持ちだけは、絶対に嘘じゃないからね」
その感情にだけは、ウソはつかないわ。私とレックス君が幸せになれるように、全力を尽くす。それが、私の誓いよ。
「だから、いつまでも仲良くしましょうね。私達が、いつかおとぎ話になるくらい」
そうよ。王女ミーアと勇者レックスは幸せに結ばれましたって。そう語られるような。
絶対に叶えましょうね、レックス君。




