212話 許す意味
とりあえず、今回の件の顛末を、何らかの形で王家に報告しなければならない。そのために、まずはミーアに相談することにした。ということで、転移でアストラ学園へと向かう。
理屈の上では直接王宮に転移もできるのだが、流石にそれは失礼だろう。というか、反逆を疑われても何もおかしくはない。踏める手順は、踏んでおくべきだよな。
ミーアを通して、王宮に連絡が通ってくれるとありがたい。そうすれば、だいぶ楽ができるだろう。とはいえ、まずはミーアに謝らないとな。気遣いを無下にしてしまったのだから。
「ミーア、ちょっと話があるんだが」
「何かしら? わざわざ会いに来るってことは、急ぎなの?」
まあ、ミーアは俺の状況を理解しているからな。そう簡単には、会いにこれないと。だからこそ、再会できたのは嬉しい。ただ、素直に喜べる状況ではないのが、悲しい限りだ。
アストラ学園から卒業してしまえば、もっと遠くなってしまうだろう。ミーアだけでなく、他の友達も。だからこそ、できるだけ早く問題を解決したい。そして、みんなとの学生生活を楽しみたい。それも、紛れもない本音なんだ。
とはいえ、ミーアには迷惑をかけてしまうからな。今は、難しいだろう。
「マリクがおかしくなってしまったから、国王に謝罪をしようと思ってな。お前にも、謝りたい」
「わざとじゃないのは、私にも分かるわ。だから、心配しないで」
ミーアは穏やかな顔で微笑んでくれる。そういう顔を見ていると、許しを得たような気分になるな。ただ、俺の罪は消えないだろう。マリクは優秀ではなかったが、死ぬべき人ではなかったのだから。
「そうは言ってもな。完全に、こちらのミスなんだから」
「なら、私も行くわ。きっと、リーナちゃんもね。一緒に、転移しましょう?」
俺のことをかばってくれるつもりなのだろう。嬉しくはあるが、ミーアやリーナにまで負担をかけないか、心配になってしまう。だが、断るのも失礼というか、好意を無下にするような話なんだよな。
悩ましくはあるが、今は好意に甘えておこう。なにか迷惑をかけたのなら、別の形で挽回するべきだよな。うん、それがいい。
「そうなると、お前達に俺の魔力を侵食させないといけないんだが」
「もちろん、良いわ。きっと、リーナちゃんもね。だから、行きましょう」
ということで、リーナの下へと向かう。事情を説明すると、呆れたような溜息をつかれた。まあ、情けない話だからな。ただ、すぐにこちらに微笑みかけてくる。俺を安心させたいかのように。
「まったく、レックスさんは仕方のない人ですね。でも、良いですよ。私も、付き合います。そうすれば、父への牽制にはなるでしょう」
王女ふたりが俺の味方であると、アピールしてくれるのだろう。そうすれば、王は王家が分裂する可能性に備えなくてはならない。ある意味では脅しのようではあるが、ありがたくはある。
ただ、少し心配だな。王女姉妹は王族なのだから、情を切り捨てる判断だって必要だろう。俺を大事にしてくれるのは嬉しいが、後々困ったりしないだろうか。
「悪いな、リーナ」
「謝らないでください。私は、あなたの友達として手を貸すだけなんですから」
「そうよ! 私達は、レックス君を裏切ったりしないわ!」
ただ、今は胸の温かさに浸っていたい。俺が失敗したとしても、友達で居続けてくれる相手がいる喜びに。
「ありがとう。おかげで、勇気が出てきたよ」
「それじゃ、行きましょう!」
ということで、王宮へと向かう。ミーアやリーナが話をして、俺と国王が面会することになった。ふたりきりとなり、俺はひざまずく。
「レックスよ、どのような要件だ?」
「王家の人員である、マリクの心を壊してしまったので、その謝罪に。もうひとつ、チャコール家の当主シモンと、その息子であるストリガが死んでしまったことにも」
まずは頭を下げる。本当に、悪いと思っているからな。それに何より、謝ったくらいで解決する問題ではないだろう。だから、頭を下げるのは前提条件でしかない。
「……ふむ。まずは、経緯を説明してくれ」
「ストリガは、私が雇った人間に殺されました。その者は、すでに死んでおります。そして、シモンがマリクを殺そうとした際、それを見かけたジュリアが殺してしまったようです」
こうしてみると、めちゃくちゃに失敗を重ねているな。本当に、やらかしているとしか言いようがない。というか、ジュリアも連れてくるべきだったのかもしれない。
ダメだな、俺は。この調子なら、信頼を失いかねないよな。
「なるほどな。シモンやストリガの評判は、余も知っている。仕方ないとまでは言えんが、酌量の余地はあるだろう。ただ、なぜマリクは?」
そう言ってくれるのは、助かる。だが、周囲への示しはつくのだろうか。明らかに、俺を罰するべき状況だと思うのだが。いや、酌量とだけ言っている。罰の可能性が消えた訳ではないか。
「推測ですが、ジュリアや私の力を見て、恐怖に支配されたのかと」
「なるほどな。理解できることだ。そうだな。お前が罪の意識を感じているのなら、ミーアやリーナを支えることを償いとしてくれ」
ほぼ無罪のようなものじゃないか。これは、ちゃんとミーアやリーナに返さないとな。もともと大切な友達なのだから、支えることに異議はない。
「かしこまりました。ご配慮、感謝いたします」
「気にするでない。お前は、今後のレプラコーン王国に必要な人間なのだ」
「はっ。今後とも、粉骨砕身いたします」
「無理はするなよ。お前が苦しめば、ミーアもリーナも悲しむだろう。そんな姿は、見たくないのだ」
そうだろうな。ミーアもリーナも、優しい人だから。俺が苦しんでいる姿を見て、喜ぶことはありえない。だから、自分も大切にしよう。きっと、それが王女姉妹を大切にすることに繋がるだろう。
それに何より、俺自身が王女姉妹の笑顔を見ていたいんだ。一緒に楽しい日々を過ごしたいんだ。だから、無茶をして死んでしまえば、何の意味もない。
「かしこまりました。では、そのように」
「さ、もう行け。ミーアやリーナと、話しておくと良い」
終わったので、ミーアとリーナのもとに向かう。ふたりとも、俺の様子を見て安心したようだ。ほっと息をついている姿が見えたからな。心配をかけて、申し訳ないばかりだ。やはり、これから先は王女姉妹を喜ばせられるように頑張らないとな。
それが、王の心に応えることでもあるし、王女姉妹が望むことでもあるだろう。
「ミーア、リーナ、終わったよ」
「どうだったの? 怒られなかった? あんまりひどいことをされたなら、私が抗議するわね!」
ミーアは拳を振り上げている。
「いや、相当甘い処置で、こちらの方が心配になるくらいだったよ」
「レックスさんは、王家にとっても重要な人材ですからね。ある意味では、当然です」
まあ、ミルラも言っていたことだ。俺の力は相当なものだから、軽視はできないと。確かに、その気になれば王を殺すだけの能力があるのは確かである。だから、あまり厳しくは出られないのかもしれない。なら、それなりに気を使わないとな。むやみに敵を増やさないためにも。
「それでも、限度があると思うが……」
「ううん。そんなあなただからこそ、よ。ちゃんと反省しているって、分かったんだわ」
「それに、私達の口添えもありますからね。感謝してくれても良いんですよ、レックスさん?」
もちろん、感謝している。できれば行動で返したいが、しばらくは難しいだろう。そうなると、まずは言葉にすることからだな。ただ、できるだけ早くに返さないとな。そのためにも、ブラック家を安定させる。今度こそ、しっかりやるんだ。
「ああ、ありがとう。お前達に恩返しできるように、頑張るよ」
そう言った俺に、ふたりはとびっきりの笑顔で返してくれた。これからも頑張るための活力が、湧き上がってくるようだった。




