208話 大切な願い
ジュリアが自分を大切にしていないという問題は、何としても解決する必要がある。そのためには、俺がどう思っているのか、しっかりと話す必要があるだろう。
俺にとっては、ジュリアは決して失いたくない存在なんだ。ただ、これまでの日々で、ちゃんと伝えてきただろうか。それが無かったから、今回みたいな事件が起きたんじゃないのか?
なら、俺達に必要なことは、腹を割って話すことのはずだ。もしお互いに寄り添うことができたのなら、もっと良い未来がつかめるはずなのだから。
もしジュリアが今回の罪で殺されそうになったのなら、全力で抵抗しよう。それさえハッキリしているのなら、俺は進めるはずだ。そうだよな。
さあ、話していかないとな。まずは、何からにしようか。悩ましいが、無言が続くのはまずいからな。とりあえず、事件について話していくか。
「ジュリア。シモンを殺さないという道は、思いつかなかったのか?」
「そんなの、考えなくて良いよね。だって、レックス様の敵なんだよ?」
澄んだ目で、そう言われてしまう。困ったな。安易に人を殺してはいけないという話からしないといけないのか?
流石に、この世界で誰も殺すなとは言えない。自分の命を危険にさらしてまで、敵に配慮しろだなんて。それでも、余計な敵を増やさない立ち回りとか、殺してはダメな相手を見分けるとか、そういうことをしてほしい。
じゃないと、ジュリアの命が危険なんだから。俺は、ジュリアが死んだ未来でなんて、生きていたくないんだ。
「やめてくれ。いや、絶対に殺すなという意味じゃない。だが、相手を選んでくれよ」
「どうして? レックス様の敵が減った方が、嬉しくないの?」
小首をかしげながら、心底疑問そうに言う。そうか。やはり、俺のためと考えているのか。なら、俺が喜ばないのだと伝える必要がある。
ジュリアの気持ちは、確かに嬉しい部分はあるんだ。だが、それではジュリア自身のためにならない。俺のために、彼女の人生を使い潰させたりしたくない。
俺の望みは、ジュリアを含めた大切な人と平穏な生活を送ることなんだ。だが、それをジュリアに言ってこなかった。ツケが回ってきたのだろうな。
なら、今からでも挽回するしかない。俺はジュリアが大切なんだと、しっかり伝えないと。
「それでジュリアが傷ついてしまえば、何の意味もないんだ。今回の件は、最悪お前が死ぬんだから。そんな未来に、意味なんて無いんだよ、ジュリア」
「レックス様……」
口を半開きにして、こっちをボーっと見つめている。どういう反応だ、これは? 俺の言葉を受け入れてくれるのなら、それで良いのだが。
とにかく、ジュリアには、というか他の誰にも、無茶はしてほしくない。最後の最後まで、どんなに無様でも良いから生き延びてほしい。その先に、平穏な生活を送りたい。俺の望みは、単純なものなんだ。
「ジュリア、今後は、自分の安全を考えてくれ。それだけで良いんだ」
「ありがとう、レックス様。うん、分かったよ。レックス様が悲しむのなら、確かに意味はないもんね」
「その通りだ。お前と一緒に生きていきたい。それが、俺の願いなんだ」
俺の言葉を受けて、ジュリアは確かに頷いてくれた。これなら、今後は大丈夫なはずだ。もし分かっていなかったら、また怒鳴ってしまうかもな。良くないことだとは思うのだが。
相手が心配だという事実は、感情をぶつける免罪符にはならない。だからこそ、反省すべきことなんだよな。ジュリアは、話の通じる相手なのだから。
「ごめんね、レックス様。僕は、自分勝手だったよね。レックス様の心が、大事なのにさ」
「いや、そんなことはない。ちゃんと伝えなかった俺が悪いんだ。お前達が、何より大切だと」
好意こそ伝えていたものの、もっと大事なことは伝わっていなかった。あるいは、シュテル達にも。そんな状況で、どうしてジュリアを責められるというのか。
結局のところ、俺の失策だ。俺を大事にしてくれるという事実を、軽く見ていた。命をかけてくれるほどだと、理解できていなかった。それらしい言動は、何度かあったのにな。
だが、これからは間違えたりしない。俺にとって何より大切なのは、親しい人だ。それを、きちんと伝えていかないと。
「ううん。僕達が大好きだってことは、何度も言ってくれたから。その意味を、ちゃんと分かってなかったんだ」
ちょっとうなだれている。可哀想ではあるが、必要なことだ。俺を大切に思うのなら、自分を大事にしてほしい。そんな想いを理解してくれるのなら。
俺は、みんなを犠牲にしてまで生きていたくない。それが、間違いのない本音なのだから。
「ああ。悪かったな。怒鳴ってしまって。だが、怖かったんだ」
「ううん。レックス様が僕を殺すことになったら、傷ついたよね。きっと、僕がレックス様を失った時くらい。そんなの、考えれば分かったはずなのにね」
うつむいたまま、か細い声で語られる。その言葉を聞いて、俺も理解できた。そうだよな。俺がみんなを大事に思うように、みんなだって俺を大事にしてくれている。
これまで、何度も助けてもらったんだ。だから、俺の思い込みなんかじゃない。それなら、俺だって自分の命を大事にするべきなんだ。自己犠牲なんて、するべきじゃない。
当たり前だよな。俺が苦しいと思うことを、大切な人に味わわせるなんて論外だ。だったら、襟を正さないとな。みんなにふさわしい俺で居るために。
「お互い、気をつけような。大切な人が傷つく機会なんて、少なければ少ないほどいいんだから」
「そうだね。僕だって、レックス様にはずっと幸せでいてほしいよ。レックス様も、同じなんだね」
「ああ。お前達が幸福でいてくれることが、何よりの喜びなんだ」
ジュリアは、とても穏やかな顔になってくれた。きっと、分かりあえたんだと思う。俺にとって必要なのは、恥ずかしがらないことかもな。格好をつけないことかもな。
俺は弱い人間なんだと、知られるべきなんだ。大切な人達には。そうじゃなきゃ、前に進めないのだろう。
「ねえ、レックス様。約束するよ。僕は、レックス様のために生き延びてみせるって。きっと、シュテル達も」
「そうだな。俺も、約束するよ。必ず、お前達との平穏な毎日を手に入れてみせると」
「いいね、それ。うん。僕も、目標にするよ。レックス様と過ごすのは、幸せだからね」
満たされたような顔で、しっとりとした声で、こちらをまっすぐに見ている。きっと、俺達の願いは、本当は同じなんだ。
相手に幸せになってほしい。それは確かだ。だが、何よりも相手との時間が楽しくて幸福だからこそ、ずっと続いてほしいんだ。状況のせいで、歪んでしまうだけで。
「だからジュリア、これからは、自分を大切にしてくれよ。俺だって、気をつけるから」
「うん。僕だって、レックス様と生きていたいから。こうして僕を大事にしてくれる、レックス様と」
温かい感情が見える笑みを浮かべていた。俺だって、同じことを望んでいる。だから、今回の事件は、絶対に悪い結末にはさせない。そう誓った。




