199話 どこかにある不信
グレンは今のところ、自分を鍛えることに専念しているようだ。まあ、大きな問題ではないだろう。ブラック家の役に立つかは怪しいが、邪魔をされないだけマシだ。
そのレベルだと思わざるを得ない相手を採用するしかなかったあたり、ミルラとジャンも苦労していたのだろう。あそこまで露骨に態度が悪い人間なら、見抜けなかったという事はないのだし。
つまり、あれよりもレベルの低い相手の面談をしていたということになる。自分が同じ立場ならと思うと、震えてしまいそうだ。それだけで、ミルラとジャンを褒めてやりたいとすら思う。
とにかく、グレンに関しては飼い殺しにするのが理想じゃないかと思う。放逐してしまえば、どこかで噂が流れるだろう。そうなれば、あまり良くない。となると、クビにはできない。殺すのは、それだけの罪を犯していないのだから論外だ。
あまり仕事をさせようとしても、こちらの足を引っ張るのは目に見えている。人格的にも、能力的にも。だからこそ、意味のあることは何もさせない。そのあたりが限界なんじゃないだろうか。
まあ、穴を掘って埋めさせるような露骨な真似はできない。一見、グレン自身が仕事をこなしていると思える何かが必要だろうな。なんだろうな。重要度の低い場所の警備とかか?
それは検討するとして、もう一人の方も問題なんだよな。つまり、ダルトンだ。今のところ、カミラやメアリに熱心に話しかけている様子だ。それだけなら、良かったのだが。どうにも、な。
「カミラ様、ご機嫌麗しゅう。その美貌に、欠けたるところは存在しませんね」
「口説いてるつもりなら、よそでやってくれる? あんたごときに何を言われてもね」
「僕に下心なんてありませんよ。主君の姉君には、尊敬の心を示さないと」
「あっそ。そのつもりなら、少しは勉強でもしたらどう?」
とまあ、完全にカミラには嫌われている。というか、俺から見ても下心が見え見えだ。権力というか、立場を持った人間にすり寄ろうとする精神が見えているんだよな。
グレンと比べた際には、まともな態度を取れていると感じていた。だが、その評価も改める必要がありそうだ。
「メアリ様、今日も愛らしくていらっしゃいますね」
「あなたに褒めてもらっても、メアリちっとも嬉しくないの」
「僕は真剣に褒めているだけですよ。理解していただきたい」
「あっち行ってくれる? そうじゃないなら、燃やしちゃうよ?」
メアリだって、この調子だ。というか、ダルトンの言葉は、親しくない相手にかけていい言葉じゃないんだよな。興味もない男に愛らしいと言われても、それは不快なだけだろうさ。カミラに対してだって、同じだよな。口説き文句を知らないおっさんに言われるのは、俺だって嫌だ。
ということで、少し話をしてみることにする。とりあえず、嫌がられているのを理解しているかどうかを知りたい。それ次第で、今後どうするかが変わってくる。
「ダルトン。いい加減、諦めたらどうだ? カミラにもメアリにも、嫌がられているだろう」
「ブラック家に仕えるものとして、人間関係を大事にしているだけですよ」
「その割には、嫌がられているのを気にしないみたいだな?」
「僕の心は、お二方にも、いずれ理解していただけますよ」
まるで相手が悪いのだと言わんばかりの態度だな。これは、カミラとメアリからは遠ざけた方がいいかもしれない。これ以上ふたりを不快にさせるのは、あまり良くないからな。
質問を終えると、ダルトンは去っていく。そう言えば、人間関係を大事にしていると言っていたな。それが本心かどうかを、すぐに確認できる手段がある。
思いついたことを確かめるために、メイド達の元へと向かう。本気で人間関係を重要視しているのなら、メイド達にだって話しかけているはずだ。それを確認するために。
「アリア、ウェス。お前達は、ダルトンに声をかけられたりしているか?」
「そういう動きは、確認できていませんね」
「わたしは、話しかけられたことなんてないですよっ」
ああ、これは決まりだな。そうなると、ダルトンだって信用はできない。困ったものだ。今のブラック家には、その程度の人間しかやってこないということ。グレンとダルトンを厚遇して人材を集めるという計画は、考え直した方が良いかもな。
あのふたりに権限を与えても、ろくなことをしない未来しか見えない。そうなってしまえば、良い人材が集まったところで手遅れだろう。まず隗より始めよの逸話も、隗本人がある程度優秀だから成立したものだろうからな。
結局のところ、ダルトンはカミラやメアリにすり寄って権力を手にするのが目的なのだろう。そのための手段として、カミラやメアリに近づいている。結婚でも狙っているのか、何なのか。あるいは、子供だから言いくるめられるとでも思っているのだろうか。
他の可能性だとしても、まっとうな手段ではないだろうな。つまり、ダルトンも飼い殺しにするのが理想か。本当に、悲しくなるな。
親戚らしいシモンとストリガとか、人材集めにやってきたグレンとダルトンとか、王家から派遣されたマリクとか、信じられない人間が多すぎる。嫌になってきそうだ。
一応、ミーアがよこしてくれたジェルドに関しては、信じられそうではある。そして、アストラ学園に居た頃の友達も、信頼できる相手ではある。
だが、それ以外の人間は、ほとんど信じることができない。悲しいことだ。
「そうか。なら、目的は想像がつく。困ったものだな」
「ご主人さま、困っているんですか?」
「ウェスさん、早まってはいけませんよ。レックス様は、それを望みません」
何か、過激なことをしようとでもしたのだろうか。まさかな。ウェスに限って、そんなこと。
とはいえ、俺が困っている何かに対処しようとしたのかもしれない。それは、メイドの仕事の範囲ではないからな。無理をして潰れられたら、困ってしまう。ああ、そういうことか。なら、確かに俺は望まないな。
「分かってますよっ。ご主人さま、優しいですからね」
「お前達が迷惑を受けたのなら、報告してくれよ。我慢する必要はない」
「はいっ。ご主人さま、心配してくれて、ありがとうございますっ」
「話に聞く程度でしたら、おそらく私は問題ないかと。これでも、長く生きているんですよ?」
何事もないなら、それが一番ではある。実際、アリアは人生経験豊富そうだし、頼っても良いかもな。メイドの仕事があるのだから、限度はあるにしろ。
俺に足りないものは、とにかく経験だからな。エルフとして長く生きているアリアなら、埋めてくれるかもしれない。
「そうか。まあ、無理はするなよ。お前達が苦しむくらいなら、ダルトンを切り捨てても良いんだ」
「なら、ダメそうなら言いますねっ。ご主人さまには、心配をかけたくありませんしっ」
「そうですね。ウェスさんが我慢を重ねることは、レックス様の望みではないでしょう」
「ああ、その通りだ。お前達のような親しい相手が幸福で居るのが、一番大事なんだから」
本当に、一番大事なことだ。俺の望みは、親しい人と穏やかに過ごす日々なのだから。そのために、しばらくは苦労に耐えると決めたのだから。
「それなら、ご主人さまも一緒ですよっ。そうじゃなきゃ、意味なんて無いんですからっ」
「はい、その通りですね。レックス様あってこその私達ですから」
「なら、ちゃんとブラック家を安定させないとな。ここには、大事な人がいっぱい居るんだから」
「わたしたちも、協力しますからねっ。頼りにしてくださいっ」
「メイドとして、レックス様を大切に思う者として、あなたを支えますからね」
俺を支えようとしてくれる人は、たくさんいる。だからこそ、そんな人達を支えたい。まずは、ブラック家の抱える問題を解決しないとな。すべては、そこからなのだから。




