198話 シュテルの望み
私達は、今はレックス様の学校もどきを任されている。お側で仕えられないのは、悲しいわ。だけど、必要なことだと理解できるから、今は我慢するだけ。
生徒達には、レックス様の素晴らしさを広めている。彼は強くて賢くて、とても偉大な存在だと。そうすることで、いずれレックス様の味方を増やすために。それこそが、今の私のできることだから。
ジュリアは、魔法の使い方や剣技を教えて、生徒達を強くしている。サラは、様々な知識を与えて、生徒達を賢くしている。私には、何ができているのだろうか。そんな悩みもあったわ。
ただ、ジュリアには私の悩みに気づかれていたみたい。私だって、力なき人を支えている。そう、励まされたわ。理解できる部分はある。私は、弱い。だからこそ、弱さを抱えた人たちの気持ちに寄り添えている部分もあるのでしょう。
でも、納得なんてできない。レックス様のお力になるために、弱いままでは居られないのだもの。もっと、どこまでも強くなりたい。そう思っていたわ。
私が目指すべき道は、人の心を支配する道。だから、弱い人に慕われる事は、悪くなかったはずなのに。でも、心が付いてこなかったの。
鬱屈とした気持ちを抱える中で、私達はレックス様から依頼を受けることになった。なんでも、新しく採用した人に問題がありそうなので、身の程を教えてやってほしいと。
私にできるのか、不安だったわ。だって、私は弱いから。レックス様の知り合いの中では、下から数えた方が早い。近しい人に限ってしまえば、最下位を争うのではないかと思うほど。
ただ、レックス様が連れてきたグレンは、とても弱かった。二属性であるにも関わらず、簡単に勝てる程度には。それで、分かったことがあったの。
「私って、意外と強かったのね……」
だって、本当にあっけなく勝てたんだもの。かつては遠く眺めるだけの存在だった、二属性の魔法使いに。
その時に思い返してみれば、学校もどきには、私に勝てるような人なんて居なかった。ジュリアとサラ以外には。つまり、普通の人よりはよほど強いということが理解できたのよ。
「でも、レックス様にいただいた力だもの。うぬぼれてなんていられないわ」
そう。とても大事なこと。レックス様が、私に授けてくださった力。それを使わせていただくのだから。私に力を授けてくださったことを、後悔なんてさせない。それは、絶対に守るべきことだわ。
「それに、レックス様の周囲では弱いという事実も、変わらないままだもの」
だから、力に頼ってばかりではダメなのよ。私に成長の余地は少ない。魔力量は、まるで伸びたりしていないから。そうなると、運用で差をつける以外の道はない。ただ、それだけでミーア様やリーナ様、ジュリアのような存在に勝てるかと言えば、答えはひとつ。
そうである以上、私の力には限界がある。他の人がもっとうまくこなせることに執着しても、未来はないわ。レックス様のお役に立つには、別の道しかないのよ。
「なら、ちゃんと人を操る道を進むべきよね」
単純な知識や知恵なら、ミルラさんやジャン様には勝てない。女としての魅力でも、とてもじゃないけど一番とは言えない。
そんな私にできることは、他人の力を利用することだけ。それはきっと、確かなことだから。
「だけど、足りないわ。人への理解も、誘導の手腕も、何もかも」
どうすれば、相手を誘導できるのか。支配できるのか。それが、見えてこない。レックス様のように、素晴らしい力を見せつけることはできない。財力だって、持ち合わせていない。そうである以上、言葉を武器にするしかないのでしょうけれど。
ただ、順調とは言えないわ。学校もどきの生徒には、確かに慕われていると思う。でも、私達がレックス様に向ける尊敬の、ほんの一部にも達するかどうか。そんな程度では、人を操ることなんて、できやしないわ。
「学校もどきでだって、サラの方がうまく動いているくらいよ」
サラは、レックス様の魅力を、生徒達に刷り込んでいる様子がある。転じて私は、ただ私が慕われているだけ。その差が、とても大きなものに思えてしまう。いえ、事実なのでしょうけれど。
きっと、サラも私と同じ。力以外の道を探して、そして他者を利用する答えにたどり着いたの。だからこそ、私はもっと頑張らないといけないのよ。サラ以上の成果を出すために。もちろん、足を引っ張るなんて論外なのだけれど。
私達にとって最も大切なことは、レックス様のお役に立つこと。それだけは、お互いに変わらないのだから。
「でも、負けていられないわ。レックス様のために、絶対によ」
だから、もっと人の心を理解しないといけない。共感は、必要かしらね。いや、演技でもいいわ。とにかく、私の言葉に従う駒が作れれば、それで良いのだから。
「ただ、もう失敗しているのよね……」
ちょうど良い機会が、目の前にあった。それを、みすみす見逃してしまったわ。
「グレン。弱くはあったけれど、だからこそ、ちょうど良い実験材料だったはずよ」
グレンは、自分の弱さに打ちひしがれていた。強くなりたいと望んでいた。それなら、かけるべき言葉は、責めるものではなかったはず。私だけは味方なんだと誤解させれば、それで良かったはずなのに。
「弱さへの悩みに付け込んで、心の隙間に入り込んで、レックス様のための道具にする。それが理想だったはず」
そうできれば、レックス様のための手駒が、ひとつ増えていたもの。仮にレックス様に反発していようと、問題ないわ。私のためだと思わせておいて、レックス様の利になるように動かせばいい。それだけだもの。
つまり、私に貢がせた金を、レックス様に渡すようなイメージね。
「……だめね。後になって対応を思いつくなんて。今からだと、挽回は難しいわよね」
第一印象が悪いと、そこから好印象に向かわせるのは難しいもの。だから、グレンを手駒にする道は、閉ざされたと言っていいでしょう。思わず、歯を食いしばりそうになったわ。
「情けないわ。せっかく見つけた道ですら、まっすぐに進めないのだもの」
とはいえ、思いついたことがすぐ実現できないのは、当然のこと。だから、できないと決まったわけじゃないわ。いま立ち止まるのは、あり得ないのよ。
ただ、どうやって進めば良いのか、すぐには思いつかないのも事実ではあるのよね。
「でも、諦めないわ。レックス様のために、私のために」
レックス様の力になることができれば、きっと褒めていただけるはずよ。それこそが、私の望み。だから、レックス様のお役に立つことで、すべてが叶う。単純なことなのよ。
「そうよね。今のブラック家は、人が足りなくて困っている。だから、今こそ」
レックス様の手足を、私が用意する。その先にこそ、私の望む未来はあるはずだから。決して、立ち止まったりしないわ。
「レックス様、待っていてくださいね。このシュテルが、あなた様の力になります」
偉大なるレックス様に尽くして、支えて、少しでも楽をしてもらう。私の進みべき道は、その道だけ。
「そして、もっとレックス様に必要としてもらうのよ……!」
配下として、友人として。そして何より、女として。レックス様に求められるのなら、どこまでも甘美な痺れがあるでしょう。その時が、待ち遠しいわ。




