197話 力の価値
新しく、グレンとダルトンの2人がブラック家にやってきた。とはいえ、あまり期待はできない。下手をしたら、問題を起こすのではないかと思えるほど。
とはいえ、まず隗より始めよの故事にもある通り、優秀な人を集めたいのなら、今いる人間の待遇を良くすることが必要だろう。あれは確か、隗を厚遇することによって、それよりも優秀だと自負する人間が厚遇を求めてやってくる話だったからな。
そう考えると、マリクにも相応の待遇を与える必要がある。手っ取り早いのは、給金か。ジェルドを含めても、4人だからな。その人数に高めの給料を与えるくらいの余裕は、今のブラック家にもあるからな。
ただ、気にかかることもある。特にグレンだ。なんというか、乱暴なイメージだからな。変に増長されると、厄介かもしれない。
ということで、身の程を知ってもらいたいと考えた。そのために、学校もどきの生徒達に手伝ってもらう予定だ。今回は、事前に連絡して。
そして用意した場で、グレンとジュリア達が、順番に戦っていた。結果は単純。ジュリアもシュテルもサラも、グレンを寄せ付けないまま勝っていた。まあ、当たり前だ。
グレン本人の申告では、ただの二属性とのこと。平民の出であることを考えたら、かなりの才能ではある。魔法というのは、血筋が物を言う場合が多いからな。俺がブラック家で生まれたように。
実際、学校もどきにも二属性は少ない。サラがその珍しい二属性だったことを考えると、平民としては上限に近いんだよな。まあ、ジュリアのような例外はあるにしろ。
だからこそ、平民がアストラ学園に入学するのは、とても難しい。身分を問わず門戸は開かれているのだが、実力の壁を超えられないことがほとんどだ。だから、学校もどきの成果はとても大きなものだったんだよな。
何が言いたいかというと、グレンは井の中の蛙に過ぎないということだ。本人はうぬぼれている様子だったが。今うなだれている姿を見るに、現実を思い知ったのだろう。
「僕の勝ちだね。うーん、学校もどきだと、中堅くらいかな?」
「結局、私達の誰にも勝てなかったわよね。アストラ学園に入れる感じは、なさそうね」
「同感。普通の人って、案外弱い」
少し調子に乗っているようにも見えて、心配ではある。ただ、言っていることも分かるんだよな。アストラ学園の生徒達に比べれば、グレンは明確に弱い。
特にシュテルは、自分の才能で苦しんでいた側だからな。それを考えると、仕方のない部分はあるのだろう。とはいえ、度が過ぎれば注意する必要はあるだろうが。
「くそっ! ただの女に、どうして勝てない!」
魔法がどういうものか理解していれば、とてもではないが性別で判断することなんてできないのだが。グレンにとっては、違うのだろう。まあ、環境次第では、知る機会すらないのは確かではある。知らないことを理由に見下すのは、違う。
とはいえ、ジュリア達をバカにされて、気分が良いはずはないんだよな。正直に言ってしまえば、印象は悪い。それでも、まだ見捨てる段階ではない。理性的に行動しないとな。
「お前達、迷惑をかけて済まないな。だが、グレンの身の程は分かっただろう」
「レックス様、この人より、僕の方がお役に立てると思うよ?」
「学校もどきの運営は、うまく進んでいるのか? それが安定しないことには、他の仕事は任せられないぞ」
「順調。書類仕事も、だいぶ覚えた」
「そうですね。レックス様の仕事も、そう遠くないうちに手伝えるようになるはずです」
なるほどな。なら、期待できるだろう。ジュリア達の代わりに、学校もどきを任せる相手は必要だろうが。あるいは、一部を代行するだけでも良い。
とにかく、ジャンやミルラとも相談して、学校もどきからジュリア達を引き抜いて問題ないかを確かめないとな。まずは、そこからだ。
「アストラ学園ってのは、どいつもこいつらより強えのか?」
「どうだろうな。一応、上から数えた方が早い程度じゃないか?」
「それでも、レックス様の足元にも及ばないけどね。ミーア様やリーナ様にも、勝てるかは怪しいかな」
「というか、フェリシア様やカミラ様にだって勝てませんよ。ミュスカさんやハンナさん、ルースさんにも」
「強い人、いっぱい。だから、負けられない。撫で撫では、奪わせない」
そうなんだよな。ジュリアはともかく、シュテルもサラも特別な才能は持ち合わせていない。それでもアストラ学園の最上位クラスに入れるのだから、並大抵の努力ではなかったはずだ。
というか、実際に学校もどきを見る中で、確かに努力を重ねる方を見ていた。だからこそ、フィリスの目にも止まったのだろう。
サラはグレンと同じ二属性なのだから、明確に努力の差が出ているのだろうな。残酷なようだが、二属性程度の才能は、溺れるには浅すぎる。
「呑気にしやがって……。こんなやつらにも、勝てないのか……」
「うーん、普通に努力不足じゃないかな? 二属性は使えるみたいなんだし」
「そうだ! 俺は天才なんだよ! なのに、ただの一属性にまで……」
「まあ、魔力操作は洗練されてないわよね。魔力量に任せて戦ってきたんだってのが、丸わかりよ」
「私と同じ二属性使い。それなら、実力差の原因は明らか」
「言わせておけば……!」
グレンはジュリア達をにらんでいる。この調子で変な恨みでも抱えられたら大変だからな。一応、釘を差しておくか。
「面倒事を起こすようなら、対応を考える必要があるぞ」
「大丈夫だよ。このくらいの実力なら、どうとでもできるから。あんまり心配しないでよ、レックス様」
「私だって、必ずお役に立ってみせますから……!」
「撫で撫での材料になってくれるのなら、歓迎」
「あまり油断するんじゃないぞ。そういうやつほど、手ひどく思い知るものだからな」
本当に、心配だ。いや、大丈夫だとは思うのだがな。ただ、万が一のことがあったら、後悔では済まない。だから、備えられるだけの備えはしておきたいんだ。
ジュリア達が傷つく未来など、絶対に避けるべきものなのだから。そのためには、苦言だって必要だろう。もちろん、感謝や称賛の方が大事ではあるが。
「もちろんだよ。レックス様に心配はかけられないからね」
「はい! レックス様の期待に添えるよう、細心の注意を払います!」
「失敗したら、撫で撫でが遠ざかる。それは困る」
3人の目は真剣だし、ちゃんと理解してくれているのだろう。実際、注意するまでもないとは思う。俺の中に、強い不安があるだけで。できれば、もっと褒めて伸ばしたいところだな。ジュリア達は、慢心で身を滅ぼす人達ではないだろうから。
「男の気を引くことばかり考えやがって……! だが、俺にも伸びしろがある。今回の敗北は、その証なんだ!」
同じ二属性や、より属性の少ない相手にも負けているからな。その分の伸びしろは、確かにあるだろう。グレンは、良くも悪くも力にはまっすぐなのだろうな。負けを糧にして踏み出そうという意志は感じられるから。
とはいえ、成長しすぎても困るが。変に伸びたら、制御が効かなくなりそうに見える。正直、精神面は未熟という他ないからな。
「気が済んだか、グレン。なら、さっさと行くぞ。お前のわがままに付き合うのにも、限度がある」
「またね、レックス様。いつでも歓迎するから!」
できれば、今度は仕事なんて関係なく会いたいものだ。だが、今は難しい。それでも、望む未来のために進む。その決意は、しっかり固めておこう。




