195話 パートナーとの未来
本当に、問題というのは起きてほしくない時に起こるものだ。最近、とみに実感している。父が王家に敵対する計画を実行してからというもの、問題が重なってばかりだ。
だからといって、折れるつもりはない。それでも、周囲の負担は気になるところだ。俺が努力すれば解決する問題なら、簡単だったのだがな。
いや、これは良くない考えだ。俺は、周囲に頼る大切さを実感したはずだ。俺を支えたいと思う人達の気持ちだって、知っているはずだ。それなら、俺だけが頑張ればいいという考えなど、捨てなくては。
アストラ学園での日々で、理解できたつもりだったんだがな。やはり、人というものは、そう簡単には変われないのだろう。とはいえ、諦めるのは論外だ。
それもこれも、今の俺にできることが少ないのが問題なんだよな。やはり、もっと人の使い方を覚えなくては。前世で心理学でも勉強していれば、いま苦しまなくて済んだのかもな。なんて、過去を変えられるはずがないのだが。
まあ、急いだからと言って解決する問題ではない。だからこそ、悩み続けているとはいえ。
そんな状況の中でも、良いことと言えそうなことが起きた。フェリシアが、ブラック家にやってきたのだ。歓迎の意を込めて、出迎えに行く。
「こんにちは、ブラック家当主さん。ヴァイオレット家の当主が、会いに来て差し上げましたわよ」
そう名乗るということは、フェリシアも当主になったということ。そんなこと、知らなかったぞ。
いたずらっぽく笑うフェリシアの顔を見ていると、納得する部分もあるが。俺を驚かせるために、黙っていた部分もあるな? もちろん、それだけのために黙っていたはずもないが。他にも、何らかの目的はあるのだろう。あるいは、忙しくて報告する暇もなかったか。
どちらにせよ、俺達の関係にも影響してくるだろう。お互い、自分の家の利益のために行動しなければならないのだから。
「フェリシア、お前……いつの間に?」
「レックスさんが当主になった時には。驚きまして?」
本当に楽しそうな顔をしている。俺に報告するのが、よほど待ち遠しかったのだろう。今の状況でなければ、可愛らしかったのだが。今だと、少し困ってしまう。
さて、どうしたものか。まさか敵対するということはあるまい。だが、交渉のたぐいは必要になってくるはずだ。
「まったく、お前というやつは。メチャクチャなことをするな」
「それが、わたくしですから。それに、レックスさんの隣に並べないのも、腹立たしいことですもの」
「本当に、お前らしいよ。これからも、よろしくな」
「ええ、もちろん。わたくしは、あなたのパートナーなのですから」
優しく微笑みかけてくれる姿は、まさに淑女と言った風情だ。やはり、フェリシアは貴族の娘なのだと感じる。察するに、俺よりも貴族としての立ち回りはうまそうだ。
「あまり、もてなしはできそうにないが。とりあえず、上がってくれ」
「はい。ふふっ、今日はいい日になりそうですわね」
ということで、家に迎え入れる。もてなすために部屋を用意しようとしていたら、ストリガが声をかけてきた。
「おい、そこの女。この俺の女になる権利をくれてやろう。どうだ? 嬉しいだろう」
どこから自信が出てくるのだろうな。ある意味では、羨ましいくらいだ。不安など感じていなさそうで。だが、見習うなんてことはありえない。どう考えても、フェリシアを不快にしているからな。
「レックスさん、こんなものを飼っていますの? 趣味としては、オススメできませんわよ」
ゴミを見るような目で、ストリガのことを見ている。刺すような冷たさを感じさせて、やはり怖さもある人だと実感させられるな。
ただ、優しいだけでない人だからこそ、より信頼できるというものだ。俺が間違えたら、止めてくれるだろうから。
「どうにも、親戚筋らしくてな。扱いに困っているんだ」
「なら、わたくしが処分して差し上げましょうか?」
中々に過激なことを言う。だが、フェリシアも分かっているはずだ。そうしてしまえば、ブラック家が親戚を殺したことになると。
「俺を無視するんじゃない!」
「その程度の魔力で、よく吠えたものですわね。……さあ、わたくしの炎を、味わわせて差し上げましょうか?」
フェリシアは魔力を周囲に広げていく。かなりの圧力を感じさせて、つまり相当な魔力量だということだ。それはストリガにも伝わった様子で、明らかに怯えている。震えすら見えて、ちょっとかわいそうになったくらいだ。
言ってしまえば、口説いただけで銃を突きつけられたようなものだろうからな。ストリガの心象は良くないし、単に愚かな行動の報いでしかない。それでも、同情する部分はある。
「ば、化け物……!」
「この程度で化け物なら、レックスさんは神でしょうかね。まあ、そうなっても面白いでしょうが」
「俺は全く面白くないんだが……」
フェリシアに信仰対象として扱われるとか、嫌すぎる。というか、知り合いなら誰でも嫌だが。俺の求める関係は、支え合える仲間のようなものなのだから。
「小市民なレックスさんには、神として崇められる立場は重いですか?」
「お前が俺を崇めだしたら、どうすれば良いんだよ……」
というか、神扱いをされると、絶対に対等な関係は築けないからな。そこが最大の問題だ。俺は、親しい人との間に上下関係を作りたくない。メイド達や学校もどきの生徒達とも。あくまで、理想でしかないのだろうが。
雇用主と雇われ者の間に、上下の関係が存在しないなど、ありえないのだから。きっと、俺のわがままなのだろうな。
「レックス、お前は狂っている! そんな女と付き合うなど! だから、お前は当主にふさわしくないんだ!」
そう言って、ストリガは足音を立てながら去っていく。口説くのに失敗したから相手を悪しざまに言うのは、なんとも無様なものではあるな。
「支離滅裂ですわね。聞いて呆れますわ。どうして、処分しないのです?」
平気で人を殺す提案をしてくるあたり、原作での悪役だと感じさせる。ただ、フェリシアは無軌道に人を殺すような存在ではない。そこだけは、信じている。
仮に殺すとしても、相応の事情があるはずだ。だから、フェリシアが殺さなくて済むような状況を作ることが、俺の役割のはず。そうだよな。
「こんなのでも、仮にも貴族の息子だからな。雑に殺せば、困るのはこちらだ」
「文句をつける人達など、力で黙らせればよいのではなくて?」
「それは最後の手段だ。力で支配するものは、さらなる力で打ち砕かれる。それは自然の摂理なんだからな」
「では、わたくしはレックスさんに打ち砕かれるのでしょうか?」
そんな日が来ないことを、願うばかりだ。親しい人を敵に回す未来など、絶対に嫌なのだから。
「それは、お前の行動次第だろうさ。まあ、俺の敵になる姿は、あまり想像できないが」
「わたくしだって、レックスさんを敵に回す気はありませんわよ」
本当に、敵になられたら困る。いや、その程度ではないか。きっと俺は、絶望するのだろうな。
「そうか。お前が敵に回れば、厄介な相手になるだろうからな。安心したよ」
「評価してくださって、嬉しいですわ。……でも、それだけですの?」
上目使いで見つめてきて、負けそうになる。いや、負けて良いんだ。今の俺は、大切な人に大切だと伝えて良い。そうだよな。
「お前は俺のパートナーだ。それに、大事な仲間だからな」
「異性という意味ではないんですのね。まあ、今は納得しておきますわ。でも、覚悟しておいてくださいまし」
そう言いながら微笑むフェリシアからは、どこか飲み込まれそうな雰囲気を感じた。




