194話 大事な人達
シモンとストリガを殺してしまえば、面倒な状況になる。そう判断したとはいえ、野放しはありえない。どうするのかを検討した結果、魔法を使えないようにすればいいという話になった。
どうやって実現するのかだが、俺が魔力を込めた首輪を作り、それを通してシモン達の魔力操作を阻害する。闇の魔力をシモン達の魔力に侵食させることによって。
少しばかり手間がかかったが、なんとか実行できた。フィリスが居れば、もっと楽だったのだがな。
ということで、シモンとストリガは、それなりに自由に過ごさせている。今のふたりには、誰かを傷つけるだけの力はないからな。
そうして今後のための活動に移っていると、シモンの姿を見かけた。母と一緒にいる様子だ。
「モニカ、お前は、当主の妻としてふさわしい女だ」
「……」
これは、どういう反応だろうな。母は、ちゃんと立ち直っているのだろうか。無理矢理にでも、シモンを引き剥がしたほうが良いだろうか。悩みどころだ。
「何を黙っている? この私が、話しかけているのだぞ」
「シモンさん、無様ですわね、その首輪。自分の立場をわきまえてはいかが?」
さて、これは母の強がりなのだろうか。それとも、以前の性格を取り戻したのだろうか。いや、完全に前に戻られても、それはそれで困るのだが。なにせ、美のためにならどんな犠牲も払う人間だったのだから。
とはいえ、元気を取り戻してくれているのなら、それは嬉しい。いろいろあったが、大切な家族であることは間違いないからな。
「こんなもの、簡単に……! なぜ外れない!」
シモンは首輪に手をかけ、外そうとしている。だが、無理だろうな。魔法も使えない人間が壊せる強度じゃない。最低でも、四属性以上の魔法使いの協力が必要だろう。あるいは、フェリシアやカミラのような存在か。
どちらにせよ、今のシモンには外せないというのが事実。この乱暴さなら、首輪をつけたのは正解だったかもな。正直、倫理的には問題がある気がしていたのだが。
まあ、大切な人を傷つけられるよりはマシだ。完全に善行と言えずとも、周囲を守るのが優先事項だよな。
「所詮は、あの人に負ける程度の存在。自分の弱さを認められないと、大変ですわね?」
「お前まで、そう言うのか……! おのれ、ジェームズ……!」
状況から察するに、シモンは母に気があるのだろうか。あるいは、父を恨んでいるのだろうか。その両方かもな。いずれにせよ、信用することは無いだろうな。
「では、私には用がありますので」
「モニカ……! 待て……!」
「あなたに構うほど、わたくしは暇ではありませんのよ」
ということで、母はシモンのもとから去っていく。その様子を見て、こっそりと着いていった。シモンに見られると、面倒なことになりそうだったからな。
「母さん、大丈夫だったか?」
「問題ありませんわよ、レックスちゃん。あなたに迷惑をかけてばかりでは、いられませんもの」
そう言って、母は穏やかに微笑んでいる。顔を見る限りでは、陰は見当たらない。少なくとも、以前より悪化しているということはなさそうだ。そこは安心できる。
「そうか。無理はしないでくれよ。相手が相手だ。どんな暴走をするか、分かったものじゃない」
「レックスちゃんにもらった、これがありますもの。ね?」
そう言って、腕につけたブレスレットを見せてくる。闇の魔法を込めているから、大抵の攻撃からは身を守ってくれるだろう。とはいえ、万が一だってあり得る。全く無防備に攻撃を受け続けるとかは、避けてほしいところだな。
「まあ、それを超えるだけの攻撃は、シモンには難しいだろうけど。でも、気をつけてくれよ」
「心配してくれて、ありがとう。でも、わたくしは、大丈夫ですわ。可愛い息子を、支えたいの」
ここで断っても、母を傷つけるだけだろう。そう考えると、断る理由はない。だが、どこまで任せて良いのだろうか。今でも、母の精神は十分には回復していないはずだ。そこが心配なんだよな。
「なら、無理のない範囲で、手伝ってくれないか? ちょっと、手が足りなくてな」
「もちろんですわ。これでも、元とはいえ当主の妻ですもの」
「ありがとう、母さん。じゃあ、もう行くな」
「ええ。レックスちゃんこそ、無理をしないでね」
母に任せる仕事も、考えないといけないな。そんな事を考えながら歩いていると、ストリガがメイド達と話している姿が見えた。だが、どうにも和やかな雰囲気ではない。
「エルフに、獣人ねえ。レックスは、薄汚いメイドを抱えているようだな」
そう聞いた瞬間、つい魔法を放つか悩んでしまった。いや、本音のところでは殺したいのだが。ただ、殺したいから殺すのでは、単なる殺人鬼だ。今は、抑えないと。
とはいえ、力づくでも黙らせるのは、選択肢のひとつだ。アリアやウェスを傷つけさせないために、どうするべきか。
「ご主人さまを悪く言うのなら……!」
「ウェスさん、抑えて。ストリガ様。レックス様は、私達のようなものにまで、慈悲を与えてくださる素晴らしい方ですから」
ウェスは激怒している様子だが、アリアはにこやかに話している。見た感じ、かなり手慣れているな。似たような相手の対応は、何度も経験しているのかもしれない。なら、ここはアリアに任せてみるか。
「レックスはどんな媚を売ったんだ? せっかくだから、聞かせてみろよ」
「あの方は、私達に、闇の加護を下さったのです。三属性程度なら、軽く葬れるくらいの」
ウェスの黒曜なら、確かに魔法の防御も貫ける。そういう意味では、ウソではない。さて、アリアは何を狙っているのだろうな。
「そうですねっ。わたしの腕も、作ってくださいましたしっ」
「……は? 三属性を? 冗談のつもりなら、笑えないな」
ストリガの表情には、どこか怯えが見える。つまり、脅しの類か? それでウェス達が絡まれなくなるのなら良いのだが。もう少し、様子を見ておくか。
「冗談だと、思いますか? なら、その身で確かめてみますか?」
「……ちっ、うるさいやつらめ。お前達は、尻尾を振るのがお似合いだよ」
ストリガは、捨て台詞を吐いて去っていく。実際、アリアの実力で三属性を倒せるのだろうか。アリアが風の一属性使いであるとは、知っているが。
メチャクチャな長距離から弓で狙撃できる技を持っていたはずだ。そう考えれば、ストリガを殺す手段はあるのだろうな。とはいえ、あまり危険なことをしてほしくはないが。
それよりも、ふたりをフォローしておかないとな。ストリガの言葉で傷ついていたら、大変なのだから。
「アリア、ウェス。つまらない言葉なんて、気にするなよ」
「はい。レックス様は、私達を大切にしてくださっています。それだけで、十分です」
「そうですよっ。ご主人さまが居てくれるのなら、それで良いんですっ」
「お前達は、俺の大事なメイドなんだからな。いや、大事な人なんだ」
あらためて、ちゃんと宣言する。アリアもウェスも、俺にとっては欠けてはいけない存在なのだと。言葉にすることは、とても大事だからな。ある程度は伝わっているとしても。
「はい。ありがとうございます。その言葉に恥じないように、努力しますね」
「ご主人さまだって、わたし達の大事な人ですよっ」
そう言って、ふたりは微笑んでくれる。そんな笑顔が続くように、いま抱えている問題を、しっかり解決しないとな。




