192話 隠せない態度
ジェルドには治安維持のための仕事についてもらう予定ではあるが、そのためにはブラック家の実情を知ってもらう必要がある。
同時に、人材募集のための動きまで時間があるからな。その間の時間を有効活用したいところでもある。いずれは、学校もどきから人を採用することも考えたい。だが、生徒はみんな子供だからな。時期尚早ではあるだろう。
とりあえずは、マリクとジェルドが学校もどきについてどう思うかを見ていこう。学校もどきの存在くらいなら、マリクに見せても構わないだろう。
今のところは、重大な秘密なんて隠れていないからな。仮に王家に報告されたところで、何の問題もない。
「マリク、ジェルド、着いてこい。今回は、学校もどきの視察をおこなう」
「かしこまりました。当方としても、気になっていましたから」
「俺にとっても、必要な仕事なんでしょうね」
「ああ、そういうことだ。さっそく、向かうぞ」
ということで、学校もどきに向かう。割と近くにあるので、魔法を使えば転移しなくてもすぐに到着できる。転移には、俺の魔力を侵食させることが必要だからな。今の段階では、そこまでの信頼は得ていないはず。
たどり着くと、ジュリア達がこっちを見る。生徒達と授業をしている様子だった。それを切り上げてこちらに来てしまった。失敗だったな。事前に、予定を確認しておけば良かった。それはそれで、実情が見られないという問題もあるにしろ。
前世でも、授業参観とかでは、事前に通達するのが基本だったからな。それを忘れるのは、ちょっと情けない。
こういうところが雑だと、今後の活動に支障が出るだろう。ジュリア達が気軽に接してくれるから、つい距離感を忘れてしまった。本来、俺と生徒達の立ち位置は、相手が気を使うだけの関係なんだよな。
「レックス様、来てくれたんだ!」
「調子はどうだ? 順調か?」
「問題ありません。今のところは、今年もアストラ学園に生徒を送り込めそうですね」
「レックス様、撫で撫で」
とりあえず、ジュリア達は迷惑そうにはしていない。それは救いだ。演技の可能性も、否定はできないにしろ。まあ、今後を考えれば、学校もどきの様子を見るのも、ジェルド達を紹介するのも、絶対に必要なことだ。だから、仕方のない部分はある。
それでも、好意に甘えすぎるのは良くない。相手だって人間なんだから、嫌な思いをすることだってある。それが限界を超えることも。いま好かれていることが、今後も好かれることを保証するものじゃない。ちゃんと、理解しておかないとな。そして、配慮も。
「それは後だ、サラ。今は、こいつらの紹介をしないとな」
「当方はジェルドと申します。レックス様に使えることになりましたので、今後は皆様とも関わる機会があるかと」
「俺はマリクです。よろしくお願いします」
「僕はジュリア。アストラ学園に通っているんだ」
「私はシュテルです。レックス様のしもべです」
「サラ。魔法使い」
ジュリアとサラに関しては、言葉づかいを教える必要もあるかもな。俺のように、友達のように接した方が喜ぶ相手ばかりではない。それは大事なことだよな。
「はい。皆様、今後ともよろしくお願いします」
「俺は王家の命を受けているんですよ。その言葉遣いで良いのですか?」
ほら、こうなった。とはいえ、王家の命を笠に着るのはいかがなものか。虎の威を借る狐は、あまり好ましくない。
それに、マリクが高圧的に出る理由次第では、好感度は下がるだろうな。平民だからという理由だけなら、好きになるのは難しい。いくら理由があろうと。大事な相手に妙な態度を取られては、な。
「それで、お前自身は何ができるんだ?」
「俺は三属性です。後は、分かりますよね」
一般的にはエリートなのだろうが。俺から見たら、その程度としか思えないラインなんだよな。おそらくは、ジュリア達から見ても。
後は、態度が良くない。後は分かりますよねって、要は自分を上に見ろという言い回しだ。学校もどきは俺が大事にしている事業だと、理解しているのだろうか。
「そんな事を言ったら、僕は無属性だけど」
「というか、ただの三属性と強い三属性は違いますよね」
「同感。ただの三属性なら、勝つのは簡単」
3人の言っていることは、完全な事実だ。とはいえ、マリクが逆上する可能性を考えたら、もう少し言葉を選んだ方が良いのではないかと思う。
正直に言って、今までの態度からは、マリクの人格を信じるのは難しい。だから、警戒しておいて損はないはずだ。
「そうだな。マリクがどの程度かは知らないが、ただの三属性では、俺達のクラスには入れないだろうな」
「まさか、ここに居る3人とも、最上位クラスだとでも……?」
その態度からするに、マリクは違ったのだろうな。なら、ただの三属性ということか。それでうぬぼれているのなら、井の中の蛙と言うしかないのだが。本当に大丈夫か?
「当たり前だよ。レックス様のお役に立つために、それくらいはできないとね」
「そうですね。レックス様にいただいた力ですから。研鑽するのは義務です」
「撫で撫でと抱っこがあるのなら、頑張るだけ」
「素晴らしいことです。当方も、遊んではいられませんね」
「くっ……こんなところにも、天才が……」
ジェルドは、内心はどうあれ、表向きの態度は取りつくろえている。それが普通だと思うのだがな。貴族としての振る舞いをするのなら、相手が嫌な相手でも笑顔でいるのは、当然のことじゃないか?
人格の問題を抜きにしても、マリクを評価することは難しい。簡単に感情を表に出す人間だと、使いすら任せられる気がしないのだが。ましてや、交渉やら指示出しやらは余計に。
まあ、俺も感情が分かりやすいと言われる人間ではあるのだが。人の振り見て我が振り直せだ。ちゃんと、気をつけないとな。
「それで、レックス様。今回は、ふたりの紹介だけ?」
「ああ、そんなところだ。お前達が順調なら、ことさらに口出しはしない」
「信頼してくださって、ありがとうございます。今後も良い成果をお見せしたいと思います」
「ご褒美のために、頑張るだけ」
「レックス様は、慕われているのですね。当方としても、気を配るべきでしょうね」
「どうして、俺よりも優秀な人ばかりなんですか……」
マリクの言葉は、ついこぼれたものなのだろう。そこがコンプレックスなのだろうか。いずれにせよ、今のところ信用することは難しいのは確かだ。
ジェルドは柔和な態度を崩さないから、余計に落差が気になるのかもな。さて、どうしたものか。個人的には、あまり大事な仕事を任せたくないのだが。まあ、ミルラとジャンに相談するべきではあろうが。
「レックス様、また見に来てよ! その時には、歓迎の準備をしておくね!」
「大したものもお出しできずに、申し訳ありません」
「いや、気にするな。お前達にも、自分の仕事があるだろう」
というか、こちらの方が悪いからな。今後は気をつけたいところだ。
それにしても、マリクとジェルドには、かなりの差がある様子だ。これは、どんな原因があってのことなのだろうな。人材選定の過程が、気になってきた。




