191話 任せるべき仕事
ジェルドを信用することに決めたので、どう使うかを考えていく必要がある。とはいえ、こっちで勝手に決めるのも問題だろう。
どう行動するにしても、本人の意志は重要だ。ということで、俺達が考えていることを説明しないとな。
ブラック家は、今後どういう形で活動していくのか。その方向性だけでも、伝えておきたい。とはいえ、俺は大枠を決めて指示をしただけで、形にするのはジャンとミルラなのだが。
まあ、集団における頭の役割というのは、何をするかを決めることだ。そして、適切な相手に任せることだ。最後に、ちゃんと評価して報酬を渡すことだ。
ジャンにしろミルラにしろ、あまり多くを求めない人であるからな。報酬をどうするのかは、難しいところだ。極端な話、褒め言葉だけで満足しかねない雰囲気を感じる。そして、あまり物欲を感じないんだよな。だから、本当に難しい。
ジェルドは、そのあたり分かりやすい。金を積みさえすれば、納得しそうな雰囲気がある。まあ、ミルラとジャンの見立てから判断しただけなのだが。ただ、正しいのなら楽だよな。
適切な報酬は、ミルラとジャンなら簡単に分かるだろうし。俺は、その言葉に従っているだけでいい。
まあ、まずはジェルドにどんな仕事を任せるかを、先に決めてしまわないとな。すべてはそこからだ。
「ジェルド、お前に、今後のブラック家における基本的な方針を伝えたい」
「かしこまりました。当方がお力になれるように、粉骨砕身いたします」
そう言って、頭を下げる。なんというか、新鮮だよな。いや、雇い主に頭を下げるだけのことなのだが。それでも、これまでは見てこなかった気がする。なぜだろうな。
いや、どう考えても簡単な理由じゃないか。俺が当主じゃなかったからだ。これまでの知り合いは、大体が友達みたいな関係だからな。メイド達の上役ではあるものの、家族みたいに接してきたつもりだし。
雇われといえば、フィリスとエリナは俺というかブラック家に雇われていたのだが。それでも、師匠としての立場があったからな。結局、俺が上である関係というのは、あまりなかった。
これは、少し怖いな。自分の意志で相手の運命を左右できるという感覚は。おぼれないように、気をつけないと。
「ああ。ミルラ、ジャン、頼む」
「まずは、レックス様が動かしている計画である、学校もどきでございますね」
これを取りやめることは、考えていない。止めるのがもったいないからというより、今後のブラック家の方針を示す上で、絶対に必要なことだからな。
これからのブラック家は、できるだけ人材を大事にする。それを、学校もどきを通して伝える。それが、大きな目的だ。
「ああ、聞いております。なんでも、今年にアストラ学園への入学者を、3名も出せたのだとか」
「そうだな。ジュリア、シュテル、サラの3人だ。お前も、近いうちに顔を合わせることになるだろう」
「当然のことですが、いま計画を止めてしまえば、すべては水泡に帰します。僕としても、続けたいですね」
「集めた生徒を解放するにも、金がかかりますからね。当方としても、納得できます」
「そうだな。捨て子同然の生徒も居る。故郷に帰すのだって難しいだろう」
ジェルドは何度もうなづいている。これがゴマすりの類でないのならば、あまり心配しなくてもよいのだが。実際のところ、どうなのだろうな。今はまだ、何も分からない。まあ、今後知っていくべきことだ。急ぎすぎても、失敗するだけだよな。
「納得いただけたようなので、次の話へ移らせていただきます。周囲との関係でございますね」
「基本的には、お互いの利になる取引を、という方針ですね。これまでのように、上から押さえつける方向性ではありません」
「それは、鉱石を輸入し、加工して売り出すような……?」
「似たようなものです。こちらも相手も欲しいものを手に入れる。それを旨としたいですね」
「相手の欲しいものと自分の欲しいものを、しっかりとすり合わせる。そこが基準となるはずでございます」
いわゆるwin-winを目指すということだ。目指したからといって、すぐに形になるものではないだろう。だが、ブラック家は変わったと伝える上で、良い方向性だと思う。
とにかく、これまでのブラック家は、力で問題を解決するばかりだった。これからは、できるだけ融和を基本にしたいところだ。
だからといって、相手が俺の大切な人を傷つけようとするのなら、その時は力を示すだけではあるが。話し合いで解決するのは、確かに理想だ。だが、現実はそうはいかない。だから、力だって大切な要素なんだよな。
「それでしたら、お互いの領地が発展することが見込めると。なるほど」
「ああ、そういうことだ。これまでのブラック家は、敵を増やしてきた。だから、すぐに結果は出ないだろうがな」
「続いての方針ですが、領内の治安維持ですね。これには、相応の武力が必要になります」
「レックス様やジャン様、メアリ様やカミラ様がいらっしゃいますので、求めるのは個人ではありません。主に、手数となります」
まあ、俺クラスの人間が複数いるのなら、複数個所で大きな問題が同時に起こっても解決できる。その利点は、確かにある。
だが、あまり力を持った人間は、裏切られた時のダメージが大きい。俺の贈ったアクセサリーの防御魔法を突破できる人間は、少なくとも今は雇わないだろうな。
もちろん、カミラやメアリなら、簡単に破れはするのだろうが。とはいえ、その2人は上澄みも上澄みだ。そのレベルの人間は、そもそも探したところで見つからないんだよな。それに、2人は信頼できる相手だ。だから、なんの問題もない。
「ただの兵卒から、一般的な魔法使いあたりが、求めるラインになるだろう」
「個人の力が必要な場面でしたら、いま挙げた方々が動けば事足りますので」
「なるほど。そうなると、指揮官も必要になるでしょうね。当方が力を発揮できる部分かもしれません」
本人は乗り気のようだし、任せてみても良いかもな。まあ、しばらくは監視が必要だろうが。できれば、気づかれない形で。
まあ、闇魔法を込めた道具を、どこかに仕込んでおけば良いか。それで解決する問題だ。
「そうかもな。人をうまく動かす技術が、求められるだろう」
「僕が兵を直接指揮するのは、問題が多いですからね。ミルラさんは、軽く見られるでしょう」
「同感でございます。力に生きる人間は、力を持たぬものを軽視する傾向にありますから」
ジャンには、もっと大きな仕事を任せたい。いや、治安維持は大きな仕事なのだが。ただ、家を傾かせるかどうかを左右するレベルの問題に、優先的に当たらせたい。
そう考えると、優先順位は低くなってしまう。盗賊が何度も現れるのなら問題だが、今はそういう状況ではないからな。最低限のラインは保たれている。それなら、ジャンは別のところに当たらせたい。
「少し強い程度の魔法使いでも、十分な運用ができると。でしたら、当方には合っているでしょうね」
「なら、一度試してみるか。失敗するにしろ、緊急時でない時に問題を表面化させておきたい」
ということで、まずはジェルドに任せることに決めた。今後どうなるか次第で、また方針を変えることもあるだろう。とはいえ、まずは始めてみないとな。すべては、そこからだ。




