190話 信頼の心地
マリクとジェルドが王家から派遣されてきた。ということで、今は試験を受けてもらっている。能力を測れないことには、何を任せていいのかも分からないからな。
というか、あまりにも能力が低い場合は、どうすればいいのだろうか。その場合は、とても困ってしまう。王家の息がかかった人間だから、あまり雑には扱えないのだが。そうすると、叛意を疑われてしまう。
若干不安になりながらも、待機していた。俺が参加しないのは、俺の前でだけ猫を被ることを想定してだな。ミルラやジャンに良くない態度をとるのなら、そいつは信頼できないからな。
そうしていると、ミルラとジャンがこちらに向かってくる。どうやら、終わったようだな。
「兄さん、試験が終わりました。結果を報告しますね」
さて、どんなものだろうな。結果次第では、今後の方針を大きく考え直さないといけないだろう。緊張するな。それでも、堂々としているべきなのだろうが。俺はもう、ブラック家を背負っているのだから。
俺の後ろについてくる人に、不安にさせない。そんな姿勢を見せ続けないといけない。もう、俺の義務だよな。
さて、報告を確認しないと。どんな結果だろうと、まずは受け止める。そこからだよな。
「率直に言えば、ジェルド様は優秀でございますね。王家の紐付きである可能性を無視すれば、ですが」
優秀なのは、助かる。無能よりはマシだ。ある程度優秀であれば、動きを推測することも、交渉することもできるからな。本気で無能だと、予想のつかない行動をされるからな。それが一番怖い。
リスクもリターンも計算せず、感情だけで動く人間なんて、どう相手したら良いのか分からない。そうじゃないだけ、安心できる。
王家の紐付きだとしても、俺達に殺されるレベルの動きはしないだろう。そう思えるだけ、ありがたい。
「だからといって、追い返すのは無理だ。それに、雑務を任せるのも」
「そうですね。王家との関係を考えれば、それなりに重用する必要があるでしょう」
なら、方針は決まったようなものだよな。少なくともジェルドは、ちゃんと使う。そこからだろう。というか、ジェルドはということは、マリクは? あまりバカだと、困るのだが。
「マリクはどうなんだ? そっちも、ちゃんと使わないといけないだろう」
「可もなく不可もなく、でございましょうか。要職につけることは、難しい水準です」
そんな人間を、ブラック家の建て直しに使えと送ってきた。どういうつもりだろうな。単純に雑多な手足のつもりなら、もっと大勢を送るはずだ。ブラック家に行きたがる人間が少ないとか? あり得るのが、大きな問題だよな。
「いまいち、王家の意図が読めないな。こっちの情報を報告させたいにしても」
「少なくとも、ジェルド様に関しては本気で役立ててほしいようだと存じます」
「その根拠は?」
「僕から説明しますね。どうも、ミーア様に厳命されているようで。裏を取る準備を進めていますが、今のところ矛盾がないんです」
なら、ミーアは俺の味方で居てくれる。もちろん信じていたが、本気度合いが伝わってくるようだ。ミルラとジャンから見てすら優秀な人間を、こっちに送ってくれるのだから。そんな人材なら、王家でも必要だろうに。
「ああ、それは裏切れば大変だな」
「そうなんですよ。信念のために命をかける人間には見えませんから、確度は高いかと」
「同感でございます。とにかく、自身の平穏を望んでいる様子ですから」
「なら、俺を敵に回すのも、平穏から遠ざかる行為と言えるよな」
俺の力は、ある程度は知られているだろう。というか、闇魔法を持っているだけで、ただの魔法使いからは隔絶しているからな。優秀だというのであれば、俺がどれほどの脅威かなんて、容易に想像がつくだろう。
なら、ある程度は動きが制御できるはずだ。それは、現状ではかなり都合が良い。助かるよ、ミーア。
「はい。ということで、極端に疑う必要はないでしょう」
「なら、ジェルドには段階を踏んで仕事を任せるということになるのか?」
「兄さんが許可してくれるなら、そうなります」
「構わない。お前達の判断を、信じるよ」
というか、俺が判断するより、よほど良い結論を出してくれると思う。自分にできないことは、他の人にやってもらう。それは、大事な姿勢だよな。
その代わりに、ミルラやジャンが俺の力を必要とする場面では、全力で手助けする。それが、仲間というものだろう。
「ありがたき幸せでございます。それで、マリク様に関しては……」
「正直に言って、あまり信用していません。手柄に固執している様子が見受けられますので」
手柄というのも、ブラック家でのものではないだろうな。それはそれで、警戒が必要だろうが。手柄のために独断専行する類の人間は、どう考えても邪魔だからな。
だが、いま気をつけるべきことは、王家に良い格好をするために、こちらの妨害をしてくることだ。そうなると、邪魔されないように立ち回る必要があるだろうな。
「そのために、こちらの情報を流しかねないか?」
「はい、その通りでございます。こちらにとっては、気をつけるべき相手でしょうね」
「とはいえ、雑に扱うのもな。そのあたりのバランスは、どうするつもりなんだ?」
「こちらの側で、流させる情報をコントロールするのはどうでしょうか」
「そのために、見かけだけ重要な仕事を任せる方針でございます」
そんなこと、俺にはできない。やはり、ふたりは優秀だな。試験をしたばかりだというのに、もう方針を固めているのだから。ただ、もう少し詳細が知りたい。
「可もなく不可もなくな実力なら、見抜けないと?」
「はい。あくまで、情報の精査に時間を使わせる程度の効果しかありませんが」
「王家ともなれば、複数の経路で情報を得ているはずでございますから」
ああ、本気で騙す気はないのか。それなら、実現は不可能ではないだろう。本当の情報に偽情報を混ぜるだけでいい。それくらいなら、俺でも可能な気がしてきた。まあ、試す勇気はないが。
「まあ、父の起こした事件だって見抜かれていたわけだからな」
「そういうことですね。それで、兄さん。許可してもらえますか?」
「ああ。思うようにやってくれ。その責任は、俺が取る。最悪の場合は、力でどうにかする」
俺が当主から退いたところで、ブラック家の状況は改善しない。なら、俺が力で盤面をひっくり返してしまうのが責任の取り方というものだよな。そんな状況にならないことを祈るばかりではあるが。
「ありがとうございます、兄さん。信じてもらえるということは、心地いいんですね。これも、兄さんのおかげですよ」
ジャンがそう思ってくれるのならば、これからも続くようにするだけだ。
さて、まずは王家の使者達と接していこう。そこから、人材集めに向けて進んでいきたいところだ。




