189話 王家からの手
今後のために、人材を集めるための準備をしていた。とはいえ、成果がどの程度になるか、判断がつかない。それでも、やらないことには始まらないからな。
そのために、試験を用意したり、公布の手続きをしたり、会場を確保したりと、色々と動いている。
ただ、何かが起こったようだ。準備をしていたジャンとミルラが、定期報告でないタイミングでこちらに向かってきたからな。
いったい何だろうか。面倒事ではないと良いが。
「兄さん、王家からの使者というか、手先というか、そういう人が来たみたいです」
そういえば、そんな情報もあったな。ミーアに言われたのだったか、国王に言われたのだったか。人を送ると言われていた記憶がある。どちらにせよ、俺が対応しないとダメだろうな。
予定が崩れるのは、確かに困る。だが、相手次第では良い方向に進むだろう。今は手が足りない。だから、手伝ってもらえるのなら助かるんだ。
「それで、なんの用なんだ?」
「どうも、こちらに手を貸すように命じられているみたいで」
「まあ、状況を考えれば、必要なことか。王家だって、これ以上の混乱は望まないだろう。ただ、乗っ取りを狙うことも考えられるか?」
国王や王女姉妹は、俺に好意的に見える。だからといって、全面的に信用するのは難しい。王家に問題がというより、ブラック家に関する野望を抱える家もあるだろうからな。そのあたりによっては、使者が妙なことを企んでいる可能性は否定できない。
だからといって、追い返すのもありえないが。少なくとも、王家の使者だというのが本当ならば。
「とはいえ、背に腹は代えられない状況でございます。いま王家の手を払ってしまえば……」
「そうなるよな。なら、会わないとな」
「はい。そう言うと思って、案内の準備をしていました」
ということで、ミルラとジャンの立ち会いのもと、使者に会いに行く。楽しみなような、不安なような。できれば、期待したいところではあるが。
使者はふたりいる様子で、片方は不敵に笑っている。もう片方は、真面目そうな顔をしている。
「俺は、マリク・シンモラ・アイボリーと申します。王家の命により、ブラック家に参りました」
不敵そうな方は、マリクというらしい。王家の命令とは、どんなものだろうな。気になるところではあるが、あまり追求してもな。王家を信用しているという姿勢は、大事だろう。
「当方はジェルド・イルシア・ピンクと申します。ミーア様より、手紙を預かっております。こちら、どうぞ」
真面目そうな方は、ジェルドと名乗った。どうも、ミーアと関係があるらしい。それが本当なら、それだけで心象が上がりそうだ。とはいえ、気は抜けない。今は大事なところなんだからな。
ということで、受け取った手紙を読んでいく。そこには、ジェルドを便利に使えという内容が書かれていた。レックスは、非情な判断を下せないだろう。その時には、ジェルドに補ってもらえと。
時には、人を切り捨てる判断というか、誰かを犠牲にする判断も必要だ。その役目は、ジェルドに任せると良いとのことだった。
心配してくれる気持ちは嬉しいのだが、ミーアに言われると困ってしまうな。あの優しい人に、非情になれと言われる。いや、俺当人がという話ではないが。それでも、どれだけ甘いと思われているのか、心配になるぞ。
それに、ミーアの話だと思うと、どこか怖さも感じる。あの太陽みたいな笑顔の裏でも、暗いことを考えている部分もあるのだろう。まあ、人間だものな。
「ふむ。確かにミーアの字だな。……なんというか、ミーアらしさを感じないな。いや、言っていることは分かるのだが」
「内容を説明していただいても、よろしいですか? 当方は中身を見ていないので」
そんなこともあるのだな。いや、手紙だと思えば、当然なのか? どうだろうな。内容を知っていないと、手紙を無くしたら終わりな気もするが。
まあ、分かる部分もある。知るべき人間だけが、知るべき情報を知っていれば良い。そんな考えではあるのだろう。今回正しい判断なのかは、分からないが。
「ジェルドが非情さを担当して、俺は優しいままでいろとのことだ」
「そんな事を言われるなんて、ミーア様に信頼されているのですね。もともと任務は達成するつもりでしたが、当方にも気合が入りますね」
まあ、こちらとしても、ジェルドを信用したい気持ちはある。ミーアが紹介してくれた相手だからな。とはいえ、俺の方でもどんな人間かを確認する必要はある。これはミーアを信頼していないという意味ではなく、ミーアに責任を押し付けないためだ。
自分で考えることをやめてしまえば、判断を預けた相手に責任を被せるだけになるだろうからな。そんな人間になってしまえば、俺は終わりだ。
「レックス様は、その力を王家のために使っていただければと思います」
マリクはあけすけなのか、あるいは王家の命をそのまま言っているのか。どちらかによって、今後の俺の態度が変わるだろうな。こちらも、様子見が必要だ。
「ことさらに王家と敵対するつもりはないが、だからといって王家を何よりも優先するつもりもない。お互い、そんなところだろう」
「賢明な判断かと。当方としても、適切な距離感だと感じますね。ブラック家を取り巻く環境を考えれば、王家に近づきすぎるのも問題でしょう」
ジェルドの意見は、俺の考えと一致している。今のところは、信用に天秤が傾きそうではある。ただ、まだ判断するには早いな。
「ですが、陛下の望みは……」
「マリクさん。あなたの目的はどうあれ、拙速は事を仕損じますよ」
今のところは、マリクの心象は良くなくて、ジェルドは好意的に見ることができる。というのも、マリクからこちらへの配慮を感じないからだ。なぜ、王家はマリクを送ってきたのだろう。その理由を探るのも、大事になってくるかもしれない。
まあ、ふたりについて判断するのは、まだ時期尚早だ。ゆっくりと、確認していかなければ。
「ふたりとも、まずは能力を試させてもらおうか。課題は用意してあったよな、ミルラ?」
「はい、確かに用意してございます。今からでも、構いません」
人材集めのために用意していた試験を流用しろとの考えは、理解してもらえたようだ。今回の試験で、相手の能力を測ること、問題の完成度を確かめること、どちらも進むだろう。悪くない考えのはずだ。
「では、ミルラの指示に従え。ジャン、お前の目でも確認してくれ」
「分かりました、兄さん。任せてください。兄さんが喜ぶ結果になるようにしますよ」
「ということだ。俺が納得する成果を見せることだな。マリク、ジェルド」
「俺が優れているってところ、見せてあげますよ……!」
「期待に応えられるように、頑張らせていただきますね」
どちらも気合を入れている様子だ。さて、どんな結果が出るだろうな。
「その意気だ。せいぜい、俺を驚かせてみろ」
「では、案内いたしますね」
「着いてきてください。では、兄さん、しばらく離れますね」
ふたりは、これから先に大きな影響を与えるだろう。そんな予感がしていた。
だからこそ、より良い未来にたどり着けるように、気を抜かないようにしないとな。




