187話 どんな長い道でも
ブラック家に帰ってきたのは良いが、今の俺に何ができるだろうな。とりあえず、現状を整理するところから始める必要があるだろうが。
ということで、適任はひとりしかいない。ブラック家の今を知っていて、説明できる能力もある人間。そんなの、ジャンしかいないよな。
能力だけなら、ミルラだって十分ではあるだろう。ただ、ミルラは俺のそばに居たからな。ブラック家の内情について調査するだけの余裕はなかったはずだ。
だから、ジャンに会いに行く。まあ、もともとの予定通りだ。とりあえず家族に今回のメンバーを紹介して、後は手伝えるところを手伝ってもらう。それしかない。
ということで、軽く紹介を済ませる。もうお互いに顔は知っている関係だったので、話は早かった。それからは、本来の目的である現状確認だ。
「ジャン、父さんが進めていた事業は、どうなっているんだ?」
「そうですね。こちらを見てください」
ジャンには資料を渡される。それを見ていくと、項目別に現状と今後の予定がまとめられている様子だ。それなりの数の事業に手をかけていたのが、パッと見ただけで分かる。
これら全てに手を出そうとすれば、絶対にパンクするだろうな。ということは、事業の整理も必要になるだろう。
というか、この資料に書かれている内容をちゃんと理解するだけでも、最低でも数時間はかかりそうだ。大変だな。そこから、対処まで考えなくてはならない。本当に大丈夫だろうか。不安になってきたな。
「僕は力になれそうにないね。ちょっと休んでいるよ」
「申し訳ないですが、私も……。こういう時ばかりは、生まれが憎いですね……」
「同感。撫で撫でが遠ざかる。でも、邪魔するよりマシ」
そういう時に無理に手を出そうとしないだけ、学校もどきの生徒達は優秀だよな。自分にできることとできないことを理解している。
これで自信満々に手を上げた挙げ句、致命的な事態になってから報告するやつがどれだけ居ることか。それを思えば、とてもありがたい判断だ。
自分には無理と言うことの心苦しさは、よく知っているつもりだ。だからこそ、時間のある時に撫で撫ででもしたい。それくらいで礼になるのなら、安いものだ。
「ミルラ、アリア、お前達は何か知っているか?」
「では、共に確認させていただければと。こちらで整理いたします」
「知っていることはありますが、知っているだけですからね。お役に立てるかは怪しいです」
まあ、そうなるよな。アリアはあくまでメイドであって、ブラック家の運営には関わっていない。なにか噂が流れることはあるだろうが、だからといって対処を考えたりはしないだろう。
とはいえ、できれば知っている内容も確認しておきたい。優先順位をどのあたりに置くかが問題ではあるが。とりあえず、急を要する問題を解決しておきたいんだよな。
「ふーん。なんか、大体は終わっているか、他の家に任せているわね」
流し読みしていたらしいカミラは、現状を伝えてくる。興味がないと言いながら、能力はあるんだな。まあ、当然か。ブラック家としての教育は、俺よりも理解できているかもしれない。
俺は10歳の段階で転生したせいで、幼少期の教育を丸ごと捨てたようなものだからな。貴族としての立ち回りは、よく分からない。
ただ、引っかかるところはある。なぜ、終わっていたり他の家に任されていたりするのだろう。
「それって、困ったりしないんですかっ?」
「長期的には、困るでしょうね。でも、今の僕達には必要なことです」
そうだよな。利権を相手の家に乗っ取られたり、今後の収益が落ちたりする可能性は高い。それでも、今すぐに大きな問題が発生する可能性は潰せる。まあ、妥協点といったところか。
「ああ、そうだな。今の俺達では、ちゃんとできるか怪しい。その状況で当然のように破綻するよりはマシだ」
「お兄様でも、できないの?」
「ああ。俺は単に強い魔法を持っているだけだからな。事業の進め方なんかは、実力が足りないだろう」
「そういうところは、僕やミルラさんで支えると言えれば良かったんですけどね。今の状況では、僕でも足りないです」
ジャンだって、優秀とはいえまだ子供だからな。仕方のない部分はある。それに何より、父に協力していた人間がどうなっているのかが問題だ。ジャンだって、全てを1人でこなせるはずがないのだから。
というか、父の部下はどうなっているのだろうか。俺は本当に何も知らないな。とはいえ、本人にやる気があるのなら、もうジャンあたりに協力しているはずではある。だから、望み薄ではあるな。
「ふむ。事業を任せている家には、ツテがあります。ですから、交渉を有利に進める手段もあるかと」
まあ、知り合いがいれば交渉は楽になる。つながりを作るところから始めなくていいからな。有利に進めるためには、相手の都合を知る必要がある。言い方は悪いが、弱みを知るみたいな。
とにかく、情報が役に立つのは間違いない。アリアに協力してもらう場面は、きっとある。
「助かるよ、アリア。今の俺達には、足りないものが多すぎる。支えてくれるのは、ありがたい」
「それにしても、ずいぶんとまとめられた資料でございますね。まるで、何も知らない者が見ることを前提にしたかのような」
「ああ、そういうことか……。自分が死ぬことも、計画に組み込んでいたと言っていたものな……」
俺に後を任せるために、準備していたのだろう。父は極悪人ではあるが、確かに俺の父だった。そう思い知らされる。
もっと話していれば、道が分かたれずに済んだのだろうか。今更ではあるのだが、つい考えてしまう。
だが、もっと大事なのは、いま生きている大切な人だ。そこを間違える訳にはいかない。
「父さんは愚かだと思っていましたが、それだけではなかったみたいですね」
「そんなの、どうでもいいわ。いま大事なのは、これからどうするかでしょ」
「これらの事業に手を出すのは、足元を固めてからの方が良いでしょうね。とにかく、手が足りません」
それが問題だよな。確実に味方だと言いきれるのは、今ここにいるメンバーだけだ。まずは、味方と敵を切り分けるところから始めないといけない。
「とりあえず、俺とジャン、ミルラが集中できる環境を作りたいな。ジュリア、シュテル、サラ。学校もどきを任せても良いか?」
「もちろんだよ! といっても、経営はできないけどね。生徒達の面倒を見るくらいかな」
「そうですね。教師役の代わりも、こなせるでしょうか。食事の準備なども」
「撫で撫でと抱っこがあるのなら、頑張る」
ありがたい。俺のために努力してくれる気持ちだけでも。それだけでなく、ちゃんと自分にできることで力を尽くそうとしてくれる。俺は、本当に良い仲間を得た。
「俺達が面倒を見る部分が減れば、それだけで助かるんだ。今は、任せた」
「そうですね。僕達は、今のうちに足元を固めなくてはいけません」
「では、状況を整理させていただきますね。その後に、方針を固めさせていただければと」
結局は、ジャンとミルラが中心になってしまうか。自分が情けなくはあるが、立ち止まってはいられない。形だけになるかもしれないが、俺は当主なのだから。
まずは、できる事を一つずつ。そこから進んでいくしかない。さあ、気合を入れていくぞ。




