181話 ミーア・ブランドル・レプラコーンの策略
私には、王女としての立場があるわ。だから、自由に結婚相手を選ぶのは難しいと思うの。だけど、それでも、結ばれたら嬉しい相手はいる。そんな人と結婚するための計画を、私は動かしていた。
きっと、レックス君は苦しむのだと思う。自分のお父さんを殺すんだから。見る限りでは、彼は過ごした時間と共に好意が増えていく人。だから、長い間一緒に居た相手には、どうしても情が湧いてしまうはず。
だけど、レックス君のお父さんは、私の世界には必要ないの。レックス君と不幸な結婚をする未来を作ろうとする人なんて。だから、排除したい。
それと同時に、レックス君には、私の結婚相手に見合うだけの功績を立ててほしい。その両方を、一度に満たす計画が、思いついてしまったもの。なら、実行するしかないじゃない。
「この書簡を、ホワイト家とグリーン家に届けてくれる?」
「かしこまりました、ミーア様。では、行ってまいります」
まずは、私に近しい家から。レックス君を王家派閥に取り込むメリットを伝えて、その上で、彼を縛り付けるための計画を伝える。そうすることで、少しずつ味方を増やしていこうとしたの。
ルースちゃんとハンナちゃんの家である、ホワイト家とグリーン家。その両家と王家は、蜜月と言ってもいい。だから、すぐに乗ってくれた。
そこから、順番に根回しを進めていく。ある家は周囲から説得することで。ある家は周辺との力関係を利用することで。だんだん、賛同者が増えていったわ。
「うん、計画は順調ね。これなら、お父様も説得できるはずよ」
そう。とても順調に進んでいたわ。私とレックス君を、世界が祝福しているかのように。だから、もっと頑張らなくちゃって思ったの。
「できるだけ、多くの人を巻き込む。それでこそ、レックス君の活躍は広まるわ」
そう。私が多くの家を巻き込んだのは、お父様を説得するためでもある。けれど、レックス君の強さと活躍を、大勢に伝えるためでもあったの。そうすれば、望む未来は近づくはずだから。
英雄と姫が結婚するなんて、よくある話よね。もちろん、ただの平民なら、疎まれるだけなんだけど。ブラック家は、簡単には切り捨てられない家。そこも、都合が良かった。
レックス君の血筋は保証されているし、権力という面でも大きい。そして、周囲への影響力も。だから、うまくいくって思っているのよ。
「お父様、これが、私の計画よ」
「ミーア、良いのか? その計画では、レックスは……」
その気遣いを、リーナちゃんにも向けられれば、もっとお父様を尊敬できたのにね。今は、ちょっと足りないかなって気持ち。
ただ、お父様は国王だけあって、従わせられる人間の数は多い。だから、彼の協力は、絶対に必要だと思うの。そこは、割り切るべきよね。
「そうね。でも、私達の未来にとっては、必要なことよ。ふたりが祝福されるためには、ね」
「なるほど。そこまで、覚悟しているのか。ならば、何も言うまい」
お父様の承認も得たことで、私はさらに計画を進めていった。万が一にも、レックス君がブラック家を選んでしまわないように。
「レックス君は、私に判断を伝えるのなら、ブラック家を取るだなんて言えないわ。それは、分かりきったことよ」
私を窓口にしたのは、私の顔を見るたびに、思い描くたびに、裏切ることをためらうと思ったからよ。レックス君は優しいもの。その優しさを利用している私は、優しくないけれど。
でも、仕方ないの。私とレックス君の未来のためには、避けては通れない道だから。何もしないでいれば、レックス君と幸せに結ばれる道なんて、存在しないんだもの。
「でも、私の目も届かない場所はある。迷うことも、ある。だからこその、ジュリアちゃんよ」
ジュリアちゃんにとって、レックス君は恩人。だから、そんな人の報告を鵜呑みにする人はいないと思うわ。だけど、私にとっては大きな意味がある。
ブラック家にジュリアちゃんを連れて行ってもらえば、レックス君への枷になってくれるもの。いざという時に、レックス君の迷いを打ち消してくれるはず。だって、ジュリアちゃんを裏切るなんて考え、レックス君には無いはずだもの。
それこそが、私の狙い。自分でも、悪辣だなって思うわ。実は、悪い子だったのかもしれないわね。
「私って、策略が得意だったのかもしれないわ。やっぱり、王家の娘ってことかしら」
そして、計画は実行された。レックス君は、どう見ても沈んでいたわ。だから、当日は休んでもらっていたの。
だけど、後日。私は歓喜の絶頂に至ることになったわ。そのきっかけは、単純なこと。レックス君が、自分の心を私に告げてくれたこと。
「うふふ……! レックス君が、私達を選んでくれた! 私達のそばに居られるのなら幸せだって、言ってくれた! やっぱり、レックス君は素敵よ!」
レックス君の父を殺した苦しみを上回る喜びを、私達となら手に入れることができる。そう信じていてくれたんだもの。つまり、私と同じ気持ちってことよね。私とレックス君なら、幸せな未来にたどり着けるって。
私は、これまでの人生で一番高揚していたと思うわ。笑顔が抑えきれなくて、レックス君の前で顔が崩れそうになっちゃったくらい。はしたないから、我慢していたのだけれど。可愛くない顔は、レックス君には見られたくないもの。
「ごめんなさい、レックス君。そして、ありがとう。あなたのおかげで、今が最高だわ」
父親を殺させてごめんなさい。そして、私達を選んでくれてありがとう。その気持ちは、間違いなく本物よ。だけど、私の手で彼が苦しんでいると思うと、背中にゾクゾクとしたものが走るのも、事実ではあるの。
私は、レックス君の感情をコントロールできている。その実感は、どんな娯楽よりも素敵な感情を教えてくれたわ。だから、レックス君のことが、今までよりずっと、もっともっと大好きになっているって感じたの。
「ねえ、絶対にふたりで幸福になりましょうね。レックス君の苦しみも、洗い流すくらいに」
私の手でレックス君を幸せにする。そんな事ができれば、どれだけ気持ちいいんだろう。そんな疑問もあったし、期待もあったわ。
きっと、今よりずっと、胸の奥まで、指の先まで、多幸感で満たされるはずよ。だから、とっても楽しみ。
「ああ、楽しみだわ。私とレックス君が、幸せな結婚をする日が! もう、手の届く場所にあるのよ!」
私がレックス君の幸せを作り出してみせる。どんな手段を使っても。たとえ、手を汚したとしても。それだけの価値があるのは、絶対だもの。
ただ、みんなで幸せな未来を目指すことも、諦めた訳じゃないわ。少し、方向性が変わっただけ。私の手で、レックス君の感情を操りたい。そのために、周囲も利用したい。そんな気持ちがあるだけ。
まずは、レックス君にいろんな顔を見せてもらいたいわ。どんなきっかけで、どんな感情が生まれるのか。そのすべてを知り尽くしたいって気持ちは、止められないもの。
「私に、もっと本心を伝えてね。愛情も、優しさも、ぜんぶぜんぶ、私のものにしたいの」
私の手で喜んで、私の手で苦しんで、悲しんで、最後には笑顔になる。そうなれば、きっと私は、どんな物語のヒロインよりも幸せになれるはずよ。
「ふたりには、最高の未来が訪れるはずよ! 私だって、全力を尽くすもの!」
そう。私の持てる力を尽くして、ふたりは幸せになるの。それって、どんな奇跡よりも素晴らしいこと。
だから、レックス君。私の手から、離れちゃダメよ?




