178話 途切れない関係
昨日は余裕がなくて気付けなかったが、カミラに今回の事件の顛末について語るのを忘れていた。当事者なんだから、いち早く知るべきだったろうに。
やはり、俺も追い詰められていたんだろうな。当たり前のことではあるが。ミスに気づいたことで、より実感できた。
カミラ本人は、父のことをどうでもいいと言っていた。だから、余計なお世話なのかもしれない。ただ、それでも知るべきことだと思う。これからどうするのかを考える上でも。
ブラック家から出ていくのか、あるいは籍を置き続けるのか。他の道もあるかもしれないが、とにかく、方針を考えるには必要だろう。
できれば、俺はカミラと一緒に生きていきたい。ただ、当人の意思を無視するのはダメだ。俺から離れたいというのなら、涙をのんで見送ろう。幸せになるようにと、祈りながら。
きっと、俺は絶望に近い感情を味わうのだろうと思う。それでも、カミラを俺に縛り付けるべきではないんだ。少なくとも、当人が嫌がるのなら。
ただ、まずは話してからだ。正負どちらの予想にしろ、相手の居ないところで勝手に考えることではない。
ということで、カミラの下へと向かう。こちらを見て、ちょっと不機嫌そうにしていた。いつも通りといえばそうなのだが、少し傷つく。
「姉さん、報告が遅くなって済まないな。全部、終わったよ」
「あっそ。別に、どうでもいいわ。それよりも、あんたはどうするつもりなの?」
表情には、何の変化もない。以前に言っていた通り、本当にどうでもいいのだろう。カミラが傷ついていないことには、安心できる。
だが、父が死んでも傷つかないということは、相応の愛情を与えられなかったってことだ。やはり、悲しくはある。父が大切に思っていたのは、俺だけだったのかもしれない。あるいは、闇魔法だけだったのかも。
父の最期の言葉は、気にかかるところではある。もしかして、愛情の示し方を知らなかっただけなのではないか。そんな疑いすらもある。
いずれにせよ、カミラにとっては、良い父親ではなかったのだろう。そこは、残念だ。
ただ、カミラが俺のことを気にかけてくれているのは、ありがたい。どうするつもりなのか聞くってことは、まったく興味がないってことではないのだから。
「どうって? 今のところは、ミーアに報告を終えたところだから、その様子を見るかな」
「そういうことじゃないわよ。ブラック家とか、王家とかとの付き合いよ」
正直なところ、流れに身を任せるくらいしかできないと思う。どう考えても、力で解決できる問題ではないからな。俺の長所は、あくまで闇魔法だ。その力があったからこそ、これまでやってこられた。
ただ、ブラック家と王家との関係を考える上で必要なのは、政治的能力というか、コミュニケーション能力というか、そのようなところ。
だから、今の俺の能力では、少しどころではなく足りない気がするんだ。明確な課題だよな。
「できることなら、メアリとジャン、ミーアとリーナとは今まで通りに接したいな」
「無理なのは、あんただって分かってるんでしょ? それで? どうするつもりなのよ?」
「できる限り、ブラック家と王家のというか、兄弟と王女たちの関係を取り持つつもりではあるかな」
「まあ、他に選択肢もないものね。少なくとも、誰かを切り捨てないのなら。ま、あんたには無理よね」
そうだろうな。明らかに悪人だった父を殺してすら、傷ついているんだ。今から親しい人間を切り捨てるなんて、無理だ。
父を殺した時の喪失感ですら、立ち止まってしまいそうなショックだった。なのに、カミラのような大事な相手を失えば。その先のことなんて、想像するまでもない。
「そうなんだよな……。姉さんにも、被害が出ないように気をつけたいところだ」
「あのね。あたしはあんたに守られなきゃいけないほど弱くはないの。余計なお世話よ」
「分かった。気をつける。でも、姉さんに何かあったら、俺は生きていけない。それだけは覚えておいてくれ」
「まったく、バカな弟なんだから。あたしは、あんた以外に負けたりしないわ。それに、あんたにだって」
ちょっと呆れたような顔をしつつも、優しい声で語りかけてくれる。やはり、カミラは俺を大切にしてくれていると信じられる。だから、今度こそ失いたくないんだ。
きっと、カミラとの戦いはとても楽しいだろう。おそらくは、これまで以上に。だから、いつまでも続いてほしい時間になるはずだ。
「ああ。何度でも挑んできてくれ。姉さんとなら、勝負事も楽しめそうだ」
「何度もって、ふざけるんじゃないわよ。何回なんて、ありえないわ」
声や顔に怒りが乗っているが、そこまで怖くはない。たとえ腹が立っていたとしても、それで関係が壊れないと信じられるからな。それに、カミラは理性的だ。怒りに身を任せるというのは、あまり想像できない。
本気で感情で生きているのなら、俺を殺そうとしても変ではなかったと思う。だからこそ、今でも笑って会話できるのが、証と言えるだろう。
「そうか。姉さんなら、本当にするかもな。他の誰かなら、ありえないだろうが」
「当然よ。あたしなのよ。他でもない、あんたの姉のね」
家族をどうでもいいと言っていながらも、俺の姉であることにはこだわってくれる。それがどれほど嬉しいか。
「ああ。最高の姉だよ。きっと、他の誰よりもな」
「そんなの、比べるまでもないでしょ。あたしが最高なのは、誰に聞くまでもない事実よ」
「今まで、ありがとう。姉さんと出会えて、本当に良かった」
「何よ、あんた? 変なものでも食べたの? なんてね。一度しか言わないから、よく聞きなさい。あたしも、あんたと出会えて良かったわ」
大切なものを見るような目で、俺を見てくれる。つい、舞い上がってしまいそうなくらいだ。だからこそ、今後も努力を続けなくては。カミラが、これから先も傷つかなくて済むように。
「姉さん、本当にありがとう。昔、姉さんを助けられて良かった。今でも会えるのは、奇跡なんだ」
「そう。だからあんたは過保護なのね。でも、心配しすぎよ。大丈夫。あたしは負けたりしない。今度こそ、ね」
実際、大抵の相手には勝てると思う。その程度には、信頼している。きっと、変な油断をする人じゃない。それは、何度も負けているからこそ。そう思うんだ。
だから、きっと頼りになるはずだ。これから先、力を借りることもあるだろう。
「ああ、信じるよ。姉さんは、強いからな」
「まったく、あんたが言っても軽いのよ。フィリスにまで勝ったんだから。嫌味?」
「そんな訳ない。姉さんのことを尊敬しているのは、事実なんだ」
「まあ、そうでしょうね。あんた、言葉がヘタだものね」
「それはショックだ……」
「でも、そんなあんたでも、ずっと一緒に居てあげる。約束よ」
そう微笑むカミラの姿は、いつまでも見ていたいと思えた。




