176話 フェリシア・ルヴィン・ヴァイオレットの楽しみ
わたくしは、レックスさんが自分の父を殺す計画に合わせて、実家であるヴァイオレット家に帰ってきました。
そこで父と顔を合わせると、いぶかしげな顔をされます。理由は、想像がつきますが。どうしてわたくしが実家に居るのかでしょう。
なにせ、父には連絡もしておりませんでしたから。もはや、わたくしには伺いを立てる心など無いのです。ただ力によって、わたくしの意思を押し通す。そう決めたのですから。
「フェリシアよ、何をしに帰ってきた?」
「もちろん、ヴァイオレット家の動きを確認するためですわ」
回答次第では、父を見逃すのもひとつの手でしょう。あるいは、殺すことも。どちらであったとしても、わたくしの望みに沿わないものの末路はひとつ。
そう。わたくしは、レックスさんと生きるために、ヴァイオレット家を切り捨てても良いのです。それだけの力が、わたくしにはあるのですから。
もはや、ただの魔法使いが何人集まったところで、関係ないのですから。わたくしの敵になり得るのは、五属性の中の、ほんの一握り。それは、フィリスさんとリーナさんの実力を見て、確信できましたもの。
「そんなもの、決まっているであろう。この機を逃せば、勢力拡大はできん」
「わたくしは、許すつもりなどありませんわよ」
これが、最後通牒でしょうか。わたくしに逆らうのならば、ただ力で支配するだけ。それが、ヴァイオレット家の流儀なのですから。そう教えたのは、お父様でしたわよね。
力を持たぬものに価値など無く、だからこそ、ヴァイオレット家は民衆を支配しているのだと。それなら、わたくしより弱い人がどうすべきか。そんなこと、明らかですわよね?
「ただの小娘に、何ができる? お前は、所詮は一属性に過ぎんのだぞ」
「自らの娘に、ずいぶんな言い草ですわね。まあ、構いませんわ。わたくしの行動は、変わらないのですから」
「何をするというのだ? この私に対して」
「決まっていますわ。こうするのです! 獄炎!」
かつて、レックスさんに見せたときよりも、遥かに強く、激しくなった炎。今なら、竜だろうと焼き焦がせますわよね。
なにせ、ただの火柱が、鉄も大地も空も、何もかもを焼き尽くすのですから。今は、威力を見せつけるだけではありますが。とはいえ、お父様にも分かるでしょう。お父様には当てていないとはいえ、地上から立ち上がった火柱が、天高くにいる鳥を燃やして、ただの灰に変えた姿を見ているのでしょうから。
「な、なんだ、その力は……。ただの一属性が、なぜ……」
「わたくしは、レックスさんのパートナー。それがただの三属性にも勝てないとあっては、お笑い草ですもの」
そう。レックスさんは、闇魔法という特別な力を持つものの、さらに上澄み。あるいは、全人類で最強の存在なのかもしれません。
だからこそ、わたくしは強くなくてはならない。ただ彼に置いていかれるようでは、パートナーの名折れですもの。
「分かっているのか? ブラック家は、お前を捨てて、ミーア姫との結婚を狙った家なんだぞ!」
「そんなこと、小さな問題ですわ。レックスさんが望んだことでは、ないのですから」
お父様は、お父様なりにわたくしを想っていたのかもしれません。ですが、もう関係のないこと。わたくしとレックスさんの関係を阻むのであれば、敵でしかないのですから。
それに、レックスさんが誰と結ばれようが、最後にわたくしを一番に思っていれば良いのです。どんな過程を経たとしてもね。ミーアさんでは、レックスさんの一番になれない。今回の事件が、そのきっかけになるでしょう。
おそらくは、ミーアさんの顔を見るたびに、心のどこかに影を落とすのです。そうなってしまった以上、決着は着いたも同然ですわ。
「お前は、それほどまでにレックスを……。そうか。もう、好きにすれば良い……」
「最初から、そのつもりですわ。わたくしは、レックスさんと共に生きる。それだけのこと」
「何が、お前にそこまでさせるのだ……」
「単純なこと。レックスさんで遊ぶことは、わたくしの生きがい。それを邪魔するのであれば、神であろうと許さないだけですわよ」
そう。レックスさんをからかって、困らせて、悩ませて、驚かせて、戸惑わせる。そのためだけに生きているのですから。
「私の行動は、すべて間違いだったとでもいうのか……? 私は、お前を……」
「余計なお世話ですわよ。わたくしは、自分の足で立って生きる。そうでなければ、レックスさんには、ふさわしくありませんもの」
「お前も、ヴァイオレット家の人間ということか。自らの欲のために、それ以外を捨てるのは」
いつか、聞いたことがあるような気がしますわね。ただ、知ったことではありません。わたくしの望みは、決まりきっている。そこに向かって、全力で突き進むだけなのですから。
「どうでもいいことですわ。わたくしは、生きたいように生きるだけ」
「もはや、私すらどうでもいいのだろうな。もう、疲れた……。ヴァイオレット家は、お前のものだ。私は、手を引く」
「では、馬車馬のように働いてもらいませんとね。わたくしの手駒は、いくつあっても足りませんもの」
そう。レックスさんと遊ぶためには、わたくしの手足となってくれる存在が必要なのです。力での支配は効率が悪いのだと、レックスさんを見ていればわかるつもりです。ただ、わたくしのやり方は変えられない。
だって、わたくしという人間は、今も昔も変わっていないのですから。やりたいことを、やりたいようにやる。欲しいものは、絶対に手に入れる。そのために、すべてを利用するだけなのです。
レックスさんは、わたくしを善人だと思っているのかもしれません。わたくしは、ヴァイオレット家で生きていける人間ですのに。
「そうさせてもらうさ。今でも、お前は大事な娘なのだからな……」
「まあ。ずいぶんといびつな愛ですこと。わたくしが言えたことではないのでしょうが」
「ヴァイオレット家の宿命だろう。私の姉も、そうだった」
「レックス様の、お母様ですか。それは、面白いことを聞きましたわ」
どんな愛を抱えていたのでしょう。その内容次第では、仲良くやっていけるかもしれませんわね。わたくしにとっては、レックスさんで遊ぶきっかけになれば十分ではあるのですが。
「面白いと言うのか。呪われた我が血を」
「そんなことよりも、レックスさんの反応が楽しみですわね。ヴァイオレット家をわたくしが支配したと聞いたら、どんな顔をするのでしょう」
目を見開くでしょうか。演技が崩れるでしょうか。それとも、わたくしを止めようとするでしょうか。
レックスさんの反応を思い描くたびに、わたくしは興奮を高めていく自覚がありました。やはり、レックスさんがいない人生には、何の意味もない。
ですから、これからもわたくしの傍に居てくださいね。それだけで、満足できるのですから。




