167話 背中を押す心
ついに、俺の父を殺すための計画を実行する段階に入った。
まずは、俺の部屋に転移してから、父の居場所を探すという流れになる。一応、父はブラック家の外に行く予定はないとのことだ。ミーアから聞かされた。
つまるところ、ブラック家の中にも、王家のスパイが居るのだろうな。まあ、当然のことではある。ブラック家は、反王家と言って良い勢力なのだから。状況を探りたいと考えるのは、普通のことだ。
とはいえ、困った状況でもある。俺の家には、他の家のスパイも居るかもしれないということだ。というか、王家のスパイがどう動くのか、気になってしまう。
王女姉妹や国王は、俺に配慮してくれているとは思う。だが、どこまでだろうな。そう考えると、少し不安になる。
まあ、ブラック家を取り潰しにしようとか、根切りにしようとか、そういう計画は進んでいない様子だろうが。
というか、いま心配しても、対処ができない。メアリやジャンが無事であるのなら、それで十分だ。念の為、贈ったアクセサリーを通して、状況はこまめに確認するか。
それよりも、早く計画を実行しないといけない。ということで、ジュリアと共に、俺の部屋へと転移する。
すると、メアリが俺のベッドで横になっていた。こちらと目が合うと、嬉しそうに笑う。
「あれ、お兄様だ。メアリに会いに来てくれたの? うれしい!」
「久しぶりだな。メアリ。今日は、お前に会いに来た訳じゃないんだ」
ただ顔を見に来ただけなら、どれほど良かっただろうか。とはいえ、メアリの顔を見られるのは嬉しい。それは間違いない。
それでも、あまり話をしたいとは思えない。可愛い妹の前で、父を殺しに来たなどと言いたくないのだから。
「うん、久しぶりだね、メアリ様。僕も、会えて嬉しいよ」
メアリは声のした方を向いて、こちらをジトッとした目で見てきた。以前にも、経験がある。これは、嫉妬心だよな。俺を奪われそうだという。
少し笑ってしまいそうになる。非日常の中に、わずかに日常を感じられた。やはり、メアリは可愛らしい。
だからこそ、目をそらしたくなる。これから、メアリの父を殺すのだと思えば。
「ふーん、ジュリアさんも一緒。もしかして、デート?」
「違うよ。ちょっと、用事があってね」
「そうだな。今回は、あまり構ってやれない。悪いな、メアリ」
「ううん、大丈夫。お兄様が大事なことをしているのは、分かるもん」
何か、表に出してしまっただろうか。気遣いは嬉しいのだが、どうにも困ってしまう。何と言えば良いのか、言葉が出てこない。
「メアリ様は、良い子だよね。やっぱり、レックス様の妹だからかな」
「うん! メアリ、お兄様の妹で良かったの!」
「そうか。俺も、お前が妹で良かったと思っているよ」
「メアリ様、これからもずっと、レックス様の味方でいてあげてね」
「もちろん! メアリは、お兄様だけの味方だから!」
俺だけというセリフは、少し心配になるが。それでも、これからメアリの世界が広がっていく中で、大切な相手は増えていくだろう。だから、大丈夫なはずだ。
それよりも、俺が父を殺すということで、メアリの心に傷を残してしまわないかが怖い。最悪の場合は、嫌われたり、憎まれたりすることも考えられるのだから。
「ありがとう。これからも、よろしくな」
「うん! 何があっても、離れたりしないもん!」
「レックス様、そろそろ……」
「メアリ。しばらく、大きな音が鳴るかもしれない。だけど、じっとしていてくれ」
「分かったの。お兄様のやりたいようにすれば、それで良いと思うな」
メアリは、真剣な目でこちらを見てくる。これは、何かあると思われているのだろう。やはり、賢い子だ。
「ああ。これからもずっと、お前とは一緒にいる。それは約束する」
「なら、大丈夫! お兄様さえ居てくれるなら、メアリはずっと幸せだから!」
その言葉をウソにしないように、これからも頑張っていかないとな。父を失うメアリに対しての、せめてもの償いとしても。もちろん、俺自身がメアリに幸福になってほしいこともあるが。
「とりあえず、メアリ様は味方になってくれそうだね。まずは、一歩前進かな」
「ああ、そうだな。メアリと戦うのは、避けたかったところだ」
「お父様は、自分の部屋に居ると思うの」
これは、俺のやろうとしていることを理解されている反応だと思う。もはや、隠すことはできないか。
ただ、少し安心できる。メアリは、俺が父を殺したとしても、問題なく生きていける。そんな気がするから。
「分かった。ありがとう、メアリ。俺の味方でいてくれて」
「ううん、気にしないで。メアリ、お兄様が居れば、それだけで幸せだから」
「良かったね、レックス様」
「そうだな。少なくとも、最悪の事態は避けられそうだ」
「頑張ってね、お兄様。メアリ、お兄様を応援するから」
どう反応すれば良いのだろうな。応援してくれるのは、ありがたい。だが、メアリ自身の父を殺そうとする相手だぞ。それを肯定するのは、どんな心境なのだろうか。
カミラと同じように、メアリも家族に対する愛情なんて持っていないのだろうか。それは、良いことなのか悪いことなのか。今回に限っては、助かるのだが。それでも、親に愛情を持てないような環境で過ごしてきたことの証でもある。
やはり、ブラック家は良い家ではないのだろう。そして父も、俺以外の家族にとって、良い父ではなかったのだろう。悲しくなるな。ため息を吐きたい気分だ。メアリの前では、ダメだろうが。
「僕も、レックス様を助けるから。絶対に、無事に帰してみせるからね」
「ジュリアちゃん、お兄様をよろしくね。お兄様は強いけど、ちょっと心配だから」
「うん、もちろんだよ。レックス様の心も守ってこそだからね」
俺のもろさに、気づかれているのだろうか。それなら、今までの演技は失敗していたのだろうか。いまさらではあるが、不安にもなる。
今まで俺がやってきたことの意味が、疑われてしまう。もしかして、父にも気づかれていたのか。そんな疑問すら浮かび上がってきた。
「まったく、俺の心が弱いみたいに。ジュリアが心配すべきは、自分のことだ」
「それは違うかな。今回、一番大変なのはレックス様だから」
「お兄様、大変なの? メアリ、手伝うよ?」
メアリが俺を気づかってくれるのは、嬉しい。それでも、彼女の父を殺す手伝いなど、させたくない。いくら、家族に情がないのだとしても。
そもそも、嫌いな相手だとしても、人を殺すことは苦しいのだから。そんな気分を、メアリに味わわせたくない。やはり、俺がやらなくては。
「いや、ここに居てくれ。お前が傷つく姿は、見たくないんだ」
「ありがとう、お兄様。でも、へっちゃらだよ?」
「メアリ様、ここはレックス様にカッコつけさせてあげて」
「そうね。分かったの。お兄様、また後でね」
ジュリアの言葉には、助けられたな。さて、父は自分の部屋に居るのだったな。そこまでは、廊下を進んでいくだけ。
さあ、もうすぐだ。いいかげん、迷いは捨てなくては。メアリの優しさを、無駄にしないためにも。




