166話 覚悟を決めるために
今日は、父を殺す計画の当日だ。国王に計画を説明されてから、しばらく経った。その期間は、心の整理をつけるために使っていた。
どうせ、真正面からぶつかれば絶対に勝てる相手だからな。実力面では、あまり心配していない。ちゃんと戦えば、まず負けないだろう。
つまり、俺のやるべきことは、実力を向上させることではなく、実力を発揮できるようにすること。その方針で、計画までの時間を過ごしていた。
俺とジュリアは、王女姉妹に呼び出されて、計画前の最後の話をしていた。今回は、王宮には呼ばれていない。アストラ学園の中だ。理由は、簡単に分かる。俺が襲撃する日だと、気づかれないためのものだろう。
とはいえ、お互い、状況の確認は必要だ。送り出されることも、迎えられることも、どちらも大事になるだろうな。
計画がいつ始まって、いつ終わったのか。それを王女姉妹が知って、国王に伝わるという流れ。そのための中継点になるのだろう。
つまり、王女姉妹と話をするのも、計画の一部だということだ。
「レックス君、いよいよ今日ね。最後に聞くけど、大丈夫かしら?」
「私達のせいなんですよ。もう少し、言い方ってものが……」
ミーアは普通に心配してくれているだけだと思うが。まあ、王家からの依頼なのだから、王女姉妹のせいというのも、間違いではないのだろうが。
ただ、ふたりが責任を感じるべきことではないだろう。ろくでもないことを企んだ父が悪い。それだけだ。
「ミーアらしい物言いだと思うがな。俺は、何も問題ない」
「帰っちゃったフェリシアちゃんとラナちゃんも、レックス君を気にしていたわよ」
そうなんだよな。俺が心を整理している間に、フェリシアとラナは実家へと向かっていた。ふたりにも、何か用事があるのだろう。まあ、今後のための話だと思うが。
ブラック家に大きく動きがあるのだから、フェリシアのヴァイオレット家にも、ラナのインディゴ家にも影響がある。つまり、ふたりのこれからにも関わってくるんだ。
願わくば、これからも仲良くできるようにと。それだけではある。もし、それぞれの家の当主の方針
がブラック家に敵対するものなら、俺達の関係は大きく変化するだろうからな。何もなければ、それが一番ではあるが。
「レックスさん、無理はしないでくださいね。あなたが無事に帰ってくるのが、一番なんです」
「まあ、レックス様なら勝つとは思うけどね。ただ、心配だよ」
実際、普通に戦えば俺が勝つだろう。それは、まず確実だ。人質を取られてすら勝てそうだと思える。ただ、油断は禁物だよな。ジュリアも同行するのだし。それに、メアリやジャンを巻き込みたくもない。
「いまさらだな。お前は、俺の強さを確かめておけば良い」
「私が言うのもなんですけど、悩みならいつでも聞きますからね」
「そうね。私も同じ気持ちよ。レックス君が苦しい時は、そばに居るわ」
王女姉妹は、俺に気づかってくれている。その気持ちが嬉しいから、十分だ。今回の計画が終わったら、ふたりに本音を言うのも良いかもな。いつもありがとうと。
まあ、まずは計画を確実に実行するところからだ。ためらってしまえば、すべてが終わるのだから。俺は王家に悪感情を抱かれるし、下手をすればジュリアにも危険が及ぶ。間違いなく、良い未来にはならない。
だからこそ、苦しくても突き進むしかないんだ。今の俺に必要なのは、覚悟だけだ。
「余計なことを気にするな。お前達は、お前達の仕事をしろ」
「もちろんよ。後始末は、私達に任せてね!」
「こちらでできるサポートは、全力でこなしますよ。責任の一端は、私達にあるんですから」
「それで、何をするというんだ?」
「事が起こった後の混乱は、こっちでどうにかするわ。レックス君は、勝敗だけ気にすればいいの」
まあ、王女姉妹にできることには、限界があるだろうが。それでも、支えようとしてくれるだけで感謝したい。
やはり、俺を大切な友達として扱ってくれている。だから、その想いに応えなきゃな。
「ハンナさんやルースさんにも、手伝ってもらいますよ。使える手は、何でも使います」
「そうか。変なことはするなよ」
「もちろんよ。レックス君が困ったら、私も困るもの」
「どの口が言うんですか……。でも、レックスさんが一番大事なのは、事実なんです」
「現場では、頑張ってレックス様を支えるよ」
ジュリアの様子を見る限り、かなり気合いが入っているな。空回りしないように、気を配っておかないと。危険な目に合わせてしまえば、後悔では済まないのだから。
「大きな声では言えないけど、よろしくね、ジュリアちゃん」
「見届けろと言われたでしょうけど、ジュリアさんが手伝っても、目こぼしはされます。そういうことになっていますから」
王家の方でも、色々と配慮をしてくれているのだな。難しいことを言ったとは思われているのだろう。
「余計なことを……。これは、俺がやるべきことだ」
「なら、頑張ってね。どんな未来になっても、私はレックス君の味方よ」
「そうですね。姉さんはともかく、私は、王位継承からは遠いですから。好き勝手できるんですよ」
「僕なんて、ただの平民だからね。どこでも生きていけると思うよ」
俺が失敗したとしても、味方で居てくれる。そう言ってくれる相手だからこそ、大切にしたいんだ。そのための苦痛にだって、耐えようと思うほどに。
本音を言えば、今でも少しは迷いがある。それでも、覚悟を決めようと思える。それは、俺を尊重してくれる相手のため。
やはり、俺はひとりでは生きられない人間なのだろうな。いや、考えるまでもないことだ。そんな人間だから、悪人である父を殺すことに悩んでいるのだから。
「まったく、気ままなやつらだ。だが、らしいのかもな」
「そうね。私達が協力すれば、何だってできるはずよ。だから、安心してね」
「姉さんって人は……。でも、私達が手を組めば、きっと無敵ですよ」
そうだな。だから、必ず理想の未来をつかみ取ってみせる。俺の本当の理想は、すでに終わっているのだとしても。少しでも、みんなが幸せに近づくように。
「気楽なものだ。まあ、そのくらいの方が生きやすいのかもな」
「レックス君、準備はいい? 言いたいことがあれば、聞くわ」
いま言いたいことを言ってしまえば、決意が弱まる気がする。だから、後の楽しみにしておこう。今から始まる嫌なことを、少しでもごまかすために。
それに、王女姉妹に悪感情をぶつけたくない。何かを言葉にすれば、つい恨み言が口から出てしまうかもしれない。それは、絶対に嫌だからな。俺は、親しい人を傷つけたくないのだから。
「問題ない。ジュリア、お前の準備はできているのか?」
「レックス様が大丈夫なら、僕も大丈夫だよ」
「なら、行くぞ」
さあ、いよいよ始まりだ。覚悟を決めろ。みんなとの、素晴らしい未来のために。




