164話 幸せの価値
カミラとフェリシアとの関係は、再確認できた。ということで、次はラナと話をしたいと考えている。
ラナとの関係は、俺が計画した学校もどきに人を集める行動の一環として、ブラック家がインディゴ家に資金提供するところから始まった。
つまり、ラナがブラック家に人質として送られたのは、俺のせいなんだよな。だから、余計に気になる。
ラナにとっては、ブラック家は憎い存在だと思う。そこを考慮すると、彼女の心境は複雑だろうな。
ということで、ラナを探して話をすることにした。もしかしたら、何もしないことが正解なのかもしれない。ただ、不安に勝てなかったと言うべきか。
俺の部屋に呼び出して、話を始める。
「ラナ、お前はブラック家を恨んでいないのか?」
「レックス様には、感謝していますよ」
俺には。つまり、他の人間には感謝していないということ。おそらくは、恨みがあるのだろうな。まあ、当然のことだ。俺が同じ立場なら、恨んでいた気がするし。
むしろ、俺に感謝しているだけでも、とんでもないことだ。いま思えば、質問するべきではなかったな。焦りすぎていた。
「なるほどな。お前の考えは、よく分かった」
「そうですね。知られたみたいなので言いますけど、恨んでいないと言ったら、ウソになります」
それはそうだ。むしろ、恨みはないと言われた方が怖い。
「まあ、当然だな。俺を恨んでいないだけでも、奇特な部類だろうさ」
「否定はしません。ですが、レックス様は、あたしにたくさんのものをくれましたから」
ラナは、自分の胸に両手を当てて、うなずいている。彼女なりに、感謝の気持ちを伝えてくれているのだろう。とはいえ、俺の与えられたものは少ない。せいぜい、彼女の病気を治したことくらいだ。
それで、たくさんのものをくれたと言われる。感謝としては、もらいすぎなくらいだ。
「そうか。感謝されるのなら、都合が良い」
「あたしなんて、ただの小娘でしかないんですから。雑に扱ったとしても、問題はなかったはずです」
立場的には、ラナを傷つけたらインディゴ家を敵に回すと思うのだが。まあ、立場には完全に上下がついているか。人質も、金銭も、ブラック家が握っているのだから。
なにせ、インディゴ家は没落寸前の貧乏貴族。資金援助をしている家を攻撃するのは、難しいだろう。
それでも、恨みは買うのだろうから。余計なことをしないのは、当然の判断だと思うのだが。
「敵をむやみに増やしても、面倒なだけだろうに」
「そう考えられる人は、少ないと思いますけどね。あたしの見てきた人は、もっと欲望に忠実でしたよ」
「愚かなやつだというだけだろうさ。目先の利益に追われて、大局を見失う程度の」
「そうかもしれませんね。でも、レックス様は違うと思います」
俺の手を握って、伝えてくる。信頼されているのだろうな。状況的には、ストックホルム症候群の仲間でもおかしくはないが。
ただ、いまさらラナを敵に回したくない。もう、俺にとっては大切な相手なのだから。
「好きに考えていればいいさ。お前がどう思おうと、俺の行動は変わらない」
「そうですね。好きにさせてもらいます。レックス様には、今後も感謝しますよ」
これで、レックス様を恨みますとか言われていたら、ショックどころでは済まなかっただろうな。演技を続けるのも、大変だ。
そういえば、父を殺せば、俺が演技をする大きな理由が消えるんだよな。本音を言葉にできるのは、確かに嬉しい。その前に、手を汚すことが待っていると思えば、あまり喜べないが。
ただ、今回の件が終わったら、みんなに礼を言うくらいはしたい。ひねくれた言葉ではなく、俺の本当の言葉で。
うん、少しくらいは、楽しみが待っている。だからといって、ワクワクはしないが。今でも、気が重いままなのだから。それでも、ほんのわずかな救いではあるな。
「変わったやつだ。まあ良い。好きにしろと言ったのは、俺だからな」
「はい。あたしは、どこまでもレックス様に着いていきます」
その言葉が本当であるなら、とても嬉しい。ラナとこれからも仲良くできるのなら、最高だよな。間違いなく、素晴らしい人なのだから。
まあ、素晴らしくなくても人を好きになることはある。というか、能力が高いから好きな訳じゃないと思いたい。積み重ねた時間こそが、一番大事なはずなんだから。
「そうか。なら、最大限に利用してやる」
「はい。あなたの望むままに、あたしを使ってください。それが、あたしの喜びなんです」
それで大丈夫なのだろうか。いや、無理を強いるつもりはないが。なんというか、自分を大事にできていないのではないか。そんな気がしてしまう。気のせいなら良いのだが。
「自分の意志というものがないのか? とんだ小娘だな」
「いいえ。レックス様のお役に立つこと。それが、あたしの望み。あたしの選択。それだけなんです」
ラナの瞳からは、諦めのようなものは見えない。むしろ、強い意志を感じさせる。だったら、問題ないか。俺のためにというか、ラナ自身の環境のせいで、自分を押し込めている様子ではない。
それなら、俺のことを尊敬してくれている証だと、素直に受け取っておこう。
「それは、インディゴ家を敵に回してもか?」
「もちろんです。ですから、レックス様は何も心配しないでください」
余計なことを聞いたと思ったのだが、とんでもない答えが帰ってきた。まあ、借金のカタみたいに扱われていたのだから、インディゴ家にも恨みくらいはあるか。
家族との関係は大事にしてほしい気がするが、押し付けることではないからな。俺の感傷を、相手の行動を縛る言い訳にはできない。
「生まれた家より男を優先するなど、とんだお転婆だな。面白い」
「ふふっ、そうですね。あたしは、レックス様に染められちゃいました」
「おい、待て。俺が悪い男だと言いたいのか?」
「どうでしょうか。レックス様は、どう思いますか?」
少し楽しそうに、問いかけてくる。半分くらいは冗談だったんだけどな。まあ、そんな反応もできるくらい、打ち解けてくれている。そう思えば、悪いことではない。ラナは、出会ってからの間で大きく変わった気がするな。
「まったく、したたかになりやがって。だが、悪くない」
「弱いだけの小娘では、レックス様のお傍にはいられませんからね」
「そうか。それがお前の選択なら、好きにしろ」
「もちろんです。あたし、今が一番幸せなんです。だから、この幸せを失いたくないですから」
本当に嬉しそうな顔をしている。それなら、ラナの幸福が続くように、俺も努力を重ねないとな。やはり、大切な人の笑顔が、俺の原動力なのだから。
「せいぜい、お前の幸福を俺に奪われないようにすることだな」
「ふふっ、レックス様なら、あたしの人生を奪ってくれて良いんですよ?」
そう言いながら笑うラナを見ていると、人生を奪うということも、とても魅力的なものだと思えた。




