162話 ずっと未来でも
父を殺す計画では、俺はアストラ学園から直接転移すればいいらしい。ということで、俺達はみんな、学園に戻ってきていた。
今のところは、いつも通りの日々を送ればいいとのことだ。とはいえ、いつ決行するかは決まっている。そう遠くないと言える時期だな。
だから、心の準備が必要ではある。まあ、それは俺の問題だ。他の人の様子も、気になるよな。王宮に呼ばれた人達が。
カミラにフェリシア、ラナとジュリア。誰もが、ブラック家と関係ある。だからこそ、様々な感情を抱えているはずだ。
その中でも特に気になるのが、カミラだ。足元を固める意味でも、様子を確認しておきたい。
ということで、カミラと話をすることにする。探せばすぐに見つかったので、話しかけていく。
「姉さん、俺が父さんを殺すことについて、どう思っているんだ?」
「バカ弟、そんな事を気にしていたのね。前にも言ったでしょ。どうでもいいわ」
やはり、心底興味がなさそうだ。俺の言葉に極端に反発することもないし、感情も乗っていない。
少なくとも、父に対する情は感じられない。やはり、カミラにとっては、ブラック家は良い居場所ではなかったのだろう。
まあ、仕方のないことだ。父も母も、カミラに対して愛情を注いでいたかと言われれば、怪しいものな。
ただ、俺はどこか寂しさを感じる。俺にとっては、父は情のある相手だからな。カミラにとっては違うという事実が、悲しい。
いや、状況的には助かるんだけどな。俺の手で父を殺すんだから、カミラが家族を大切にしていたら、恨まれていただろう。
流石に、カミラと父ならば、カミラの方を優先したい。それは、確かなことだ。
「他の家族についても、どうでもいいのか? 例えば、メアリとか」
「あたしを殺せって命令が出ていないのなら、答えはひとつでしょ。心配するようなことはないわ」
「そうか。なら、安心したよ」
一応、メアリが死なないだろうと判断して、放っておいているのだろう。いくらなんでも、死んで嬉しいとか、そのレベルではないみたいだ。助かる。
とはいえ、大事に思っているかどうかは明らかではない。少し、気になるところだ。やはり、ふたりの仲を取り持つ行動がしたいな。
ただ、先の話だ。まずは、父を殺した上で、メアリには被害が出ないように気をつけるところからだ。
もしメアリに何か起こってしまったら、カミラとメアリの関係がどうとか、言っていられないのだから。
「まったく、くだらないことを考えているものね。あたしは、あの父に愛情なんてないわ」
「そう、なんだな。まあ、傷つかないというのなら、そっちの方が良いか」
「メアリのやつは、あんたに懐いていたものね。だから、気にしているんでしょ?」
カミラだって、家族の様子を見ていない訳ではない。少なくとも、メアリが俺に懐いていることは、認識しているのだから。
それなら、姉妹で仲良くなる可能性は、十分にあるはずだ。そう思いたい。
「まあ、そうなるか。メアリは可愛い妹だからな」
「はいはい。あたしは可愛くない姉よね。このバカ弟は」
なんてことを言うのだろうか。カミラのことが大事でないはずがない。まあ、ツンケンする姿が可愛いかと聞かれたら、少し困るが。
ただ、生き様自体はカッコいいと思っている。才能なんてないのに、俺を追い詰めるくらいには強くなった人なのだから。努力の鬼だよな。
俺が同じ立場で、カミラくらい強くなれたとは思わない。だから、尊敬しているんだ。
「そんなことはない。姉さんは、大切な家族だ。ずっと、幸せでいてほしい」
「なら、あんたのやることは簡単よ。いつか、あたしにギッタンギッタンにされればいいわ」
「無抵抗でいじめられれば良いのか?」
言葉にしたが、違うだろうな。カミラは、本人なりに俺を大切に思ってくれているはずだ。俺の贈った剣を大事にしてくれているし、言葉は悪いなりに、傍にいてくれるし。
「そんな訳ないでしょ。本気のあんたを倒すから、意味があるのよ。分からないなんて、やっぱりバカ弟ね」
「なるほどな。だが、簡単には負けはしない。俺は、最強になるんだからな」
「そうね。フィリスに勝つほどの人間だもの。簡単とは思っていないわ」
カミラのプライドは、とても尊いものだ。自分が納得できる勝利を得るために、まっすぐ突き進む。そんな姿勢は、なかなかマネできないだろう。俺には、難しいかもな。
俺が努力できているのは、才能があるからだ。成長が実感できるからだ。行き詰まった時には、立ち止まってしまいかねない。それが、俺自身の評価になる。
だからこそ、今後もカミラとの関係は大事にしたい。その姿を見ていれば、俺だって気合が入るのだから。
「俺の強さが分かっていて、勝つつもりなんだな。やっぱり、姉さんはすごいよ」
「バカにされたものね。あんたが強いからって、追いつくことを諦めるのが当然ですって?」
ちょっと、にらまれてしまった。まあ、言葉を間違えた感覚はある。上から目線での褒め言葉だと言われても、否定はできないからな。
やはり、コミュニケーション能力については、もっと磨くべきだろうな。俺の感情を察してくれる人達に、甘え続けていてはいけない。
「普通の人は、というか、多くの生徒は俺を恐れるだけだからな」
「そんなやつらと、一緒にするんじゃないわよ。あたしは、あんたの姉なのよ」
家族をどうでもいいと言っているカミラだからこそ、言葉の価値が分かる。やはり、俺のことを大切にしてくれている。そう信じられるんだ。
なにせ、俺の姉だということを、意識してくれているのだから。嬉しいよな。
「嬉しいよ。姉さんも、俺のことを大事にしてくれているんだな」
「うるさいわね。勝手な想像をするんじゃないわよ。あんたは、あたしが倒すべき敵。それだけよ」
「ああ。楽しみにしているよ」
「余裕ぶっちゃって。可愛くないやつ。でも、忘れるんじゃないわよ。あたしに負けるまで、ずっと強いままでいなさい」
「分かったよ、姉さん。俺は、誰にも負けたりしない」
「それでいいのよ。あんたに勝つのは、あたしだけ。それでね」
出会ったばかりの頃から、変わらない関係だな。正確には、剣を贈った頃からか。いずれにせよ、カミラとの奇妙なライバル関係は、俺だって大事にしたい。
「姉さんなら、本当にするかもな」
「かもじゃなくて、絶対よ。弟はね、姉の下であるべきなのよ」
「大変だな、弟ってのは」
「他人事みたいに。あんたは、あたしの弟なのよ。それは、ずっと変わらないんだからね」
父を殺しても、ということだろう。だから、これからもカミラとは一緒に居られる。とても心が満たされていくのが実感できる。人前でなければ、ニヤけてしまいそうなくらいだ。
カミラとの関係が壊れないことは、父を殺す上での、確かな救いになってくれる。そう思う。
「ありがとう、姉さん。これからも、よろしくな」
「そうね。少しくらいは、あんたを可愛がってやってもいいわ」
薄く微笑むカミラを見て、やはり、最高の姉だと感じた。これから先もずっと、仲良くしていたいものだ。それが、俺の本心なんだ。
どんな未来が訪れたとしても、カミラは絶対に守ってみせる。いつかのように、助けてみせる。
なんて、カミラは自分でどうにかすることを望むだろうけれどな。救ったとしても、どこか素直じゃない言葉が返ってくる様子を想像して、そうでなくちゃと思う俺が居た。




