160話 大切だからこそ
ミーアに、父を殺すと告げた。これで、もう後戻りはできない。今から態度を変えれば、俺はすべてを失うだろう。だから、突き進むしかないんだ。目の前の道が、正しいと信じて。
もはや、自分の行動が間違いか疑う意味なんてない。誤っていたと分かったところで、遅いのだから。
どっちつかずのままでは、誰からも信頼されない。俺は、ミーア達の味方になると決めた。後は、貫き通すだけだ。
「レックス君、計画を実行するまで、まだ時間はあるわ。だから、ゆっくり過ごしてもいいのよ」
ミーアからは、そう言われる。実際、実行する段階では、初手でとどめを刺すのが大事だろうからな。殺しそこねて長引いても、何も良いことはない。国は荒れるだろうし、ブラック家の領民も困るだろう。
そして何より、逃げられて、その間に闇の宝珠《ダークネスクレスト》の準備を整えられてしまえば、終わりだ。
だからこそ、俺は焦ってはいけない。手の打ち方を間違えれば、みんなが困るのだから。
「そうか。備えは必要だと思うのだがな」
「ううん。無理をお願いする方だもの。こっちで、必要な準備を済ませておくつもりよ」
それが、ミーアなりの責任の取り方なのだろうか。まあ、俺は謀略のたぐいは得意ではない。ミーアというより、王家に任せておいた方が良いだろうな。余計な手出しをしても、状況が悪化する未来しか見えない。
「分かった。なら、好きにさせてもらう」
「うん。できるだけ、楽しいことでもしておいてね」
そう言って、ミーアは去っていく。今の俺に必要なものは、きっと心の整理だ。正確には、何のために戦うのか、ハッキリさせること。
なら、初志を思い出すのが大事になるはずだ。そのためには、この世界に来たばかりの頃を振り返ることが必要だろう。
俺は転生して、まずアリアに出会った。そして、自分がレックスに生まれ変わったのだと理解したんだ。
それから、主人公の味方をしようとして、父が裏切り者を処刑している姿を見たんだよな。だから、悪人のふりをしつつ、それでも善行とされることを実行する。そんな計画を立てたんだ。
まずは、アリアに良い生活をさせるところから。そう考えるところから、すべてが始まったんだよな。
次に出会ったのは、ウェス。彼女は、右腕を失って、父に処分されそうになっていた。だから、見過ごせなくて助けたんだ。いろいろと、言い訳をしつつ。
うん。俺の根本にあるものは、変わっていない。目の前で苦しむ誰かを、見捨てたくない。それが、俺の大事な気持ちなんだ。
そして、今ある日常を守りたいんだ。アリアやウェスに始まって、みんなが笑っている今を。
だったら、その日常の価値を、しっかりと実感する。それが、今の俺のやるべきことだ。
ということで、アリアとウェスを探す。といっても、簡単に見つかった。いつものように、俺の部屋でメイドの仕事をしている。そばには、ミルラも居る。本当に、いつも通りだ。
「ウェス、アリア。今、時間はあるか?」
「もちろんですよっ、ご主人さま。いつでも、呼んでくださいっ」
「そうですね。レックス様が望むのならば、時間を作るのが仕事です」
「では、私は雑務を片付けさせていただきますね」
気を使わせてしまったな。だが、今回は、アリアとウェスの2人の方が良いだろう。大切な日常と、初心を思い描くために。
「ミルラ、また後でな。今回は、2人が必要なんだ」
「理解しております。レックス様に必要とされる時に備えるのが、私の役目でございますから」
ということで、俺達3人で席につく。メイド達に用意してもらったお菓子もあり、落ち着いた空気が流れているな。
追い詰められた心が癒やされるのを、実感できる。うん。2人を選んで良かったな。
「それで、ご主人さま。どんなご用なんですか?」
「いや、軽く話でもしようと思ってな。付き合え」
「分かりましたっ。ご主人さまとの話なら、楽しみですっ」
「例の件に、関係あるのでしょうか」
「無くはないという程度だな。あまり、気にしなくて良い」
ウェスには、まだ伝えていない。だから、アリアは例の件と濁したのだろう。気遣いには、感謝したい。今は、あまり暗い雰囲気になってほしくないからな。
「じゃあ、気にしないですっ。普段通りに、お話しましょうっ」
本当に、ウェスは良い子だよな。この子が、父に処分されかけた。父に対して情が湧いた今でも、許せない事実だ。やはり、父は悪人だ。そう思える。
だから、殺すのは正しいことのはずなんだ。そうじゃなきゃ、父殺しなんてしたくない。いや、今でも本音では嫌だが。
ただ、ウェスは父のもとでは幸せになれないだろう。おそらくは、アリアも。他人を道具として扱うのが、父なのだから。
「レックス様は、ご友人との関係はどうですか?」
「悪くないんじゃないか? 少なくとも、目に見えた問題は起きていない」
「そのうち、わたしがご主人さまのお友達を、おもてなしするかもしれませんねっ」
「レックス様のご友人であれば、私達の種族を問題にしないでしょうからね」
そうなんだよな。俺の友達は、みんな良い人だ。だから、ふたりの種族が原因で、雑に扱うことはしないだろう。
だが、父は違うだろう。そうだよな。いずれは、どちらかを選ぶ必要があった。俺が目をそらしていただけで。
「お前達なら、最低限の環境は整えられるだろうな」
「任せてくださいっ。お友達に、退屈はさせませんよっ」
「そうですね。来客の対応も、メイドの心得ですから」
ふたりの幸せを守るためには、ブラック家は変わる必要があるだろう。それは、きっと間違いのない事実だ。
俺だって、ふたりには幸福でいてほしい。大切な誰かの笑顔は、俺も明るい気持ちにしてくれるのだから。
「なら、任せる。それで、お前達は最近どうなんだ?」
「わたしは、黒曜を使いこなせていると思いますよっ」
「ウェスちゃんは、よく張り切っていますね。私は、仕事に力が入っています」
「何か、きっかけでもあったのか?」
「いえ、特には。レックス様はお仕えしがいのある方ですから」
「分かりますっ。ご主人さまのための仕事なら、頑張れますよねっ」
うん。いまさら、ふたりを切り捨てることなんて想像できない。俺の未来には、ふたりがいることが前提なんだ。
こうして、ふたりの笑顔を見ていると実感できる。俺にとって、父よりも大事なふたりだと。比べるのなら、答えは決まっていると。
「まったく、変わったやつらだ。俺にとっては、都合の良いことだが」
「それは、レックス様のお優しさが生んだものなんですよ。ボロ布を着ていた私に、しっかりとした装いと食事を与えてくださったことは、ずっと忘れません」
「わたしもですっ。右腕を治してくれたことも、黒曜をくれたことも、絶対に忘れませんからっ」
その感謝を、これからも大事にしてもらいたい。それなら、やるべきことは決まっているよな。
アリアにもウェスにも、俺のメイドになったことを後悔させない。そのために、未来を切り開くんだ。父を殺してでも。




