158話 セルフィ・クリシュナ・レッドの誓い
私から見て、今のレックス君はとても苦しんでいるように思える。理由を聞けば、当たり前のことではあるんだけどね。
そして、私が後悔しているのが、私の言葉でレックスくんに覚悟を決めさせちゃったこと。心配だったから相談に乗るつもりだったのに、余計に追い詰めてしまったかもしれない。
いや、状況から考えて、レックス君自身が実行するしか無かったのかな。それなら、仕方のないことではあるんだけど。
いずれにせよ、私は力を貸せない。レックス君は、私が戦うことが、自分で父を殺すより嫌みたいだから。やっぱり、優しい人だよね。私を危険な目に合わせたくなかったんだろう。
その優しさが、多くの人に伝わっていないことは、とても悲しい。その上、彼の優しさに甘えている人も居るみたいだから。
どうしても、レックス君を支えたくなってしまうんだ。私より、苦しんでいるように見えるから。私と同じように、誰かに頼られることで。
「レックス君は、どうしてわざわざ父親殺しを依頼されたんだろうね」
そこが、最大の疑問だよ。父の罪を子が償う理由なんて、法律としても感情としても、無い。それなのに、どうしてレックス君自身の手で?
「単純にブラック家の当主を排除したいだけなら、いくらでも手段があったはずだよ」
うん。暗殺しても良いし、他の誰かに依頼しても良い。なんなら、王家が兵を動かすのも手段のひとつだろう。流石に、王家が直接動けば、大ごとになりはするだろうけれど。
ただ、個人として優秀な戦力も、それなりに抱えている。近衛騎士の誰かなら、実力的には問題なかったんじゃないだろうか。
他にも、フィリス先生に依頼するって手段もあったと思う。彼女なら、大抵の魔法使いは殺せるだろうし。
だから、レックス君でなくてはならない理由なんて、無いはずなんだよ。
「つまり、何らかの思惑があるってことなんだけど……。何が狙いだろうね?」
思いつくのは、レックス君が父を殺すことで、後戻りできなくするとか。あるいは、忠誠心を試しているとか。
何かしら、ろくでもない打算があるように思えるよ。レックス君は、想像していないみたいだけれど。
「そもそも、どうしてカミラさんならダメだったんだろう。実力なら、足りているよね?」
ブラック家の人間どうしを対立させたいなら、カミラさんでも良かったはず。というか、レックス君ひとりじゃなくて、カミラさんにも依頼したって良かったはずだ。
どうして、カミラさんに声がかからないのか。そこに疑問を持つのは、当たり前のことだと思う。だけど、レックス君は意識している様子はなかった。
「やっぱり、レックス君は冷静じゃないよね。簡単なことにも、気付けないんだから」
うん。やっぱり、心配だな。絶対に、精神的に追い詰められているんだよ。だからこそ、レックス君のことを見ていたい。
そして、どんな計画のもとに、レックス君を苦しめるような依頼がおこなわれたのか、知りたいんだ。
「王家は、カミラさんはどうでもいいんだろうか。あるいは、レックス君をなにかの陰謀に巻き込むつもりなんだろうか」
どう考えても、状況に違和感があるよ。レックス君が悪事を実行するとは思えない。それに、父親の計画を見過ごすとも。
だから、レックス君が巻き込まれている何かがあるはずなんだ。それは、いま私が言葉にした計画なのかもしれない。
「他の可能性もあり得るけど、とにかく、レックス君を傷つけようとしているとしか思えない」
わざとレックス君を苦境に追い込もうとしている。そんな誰かが居るはずだよ。それが誰なのかは、想像できないけれど。
怪しいのは、国王の周辺の人物だよね。でも、そこから絞ることは、私が持っている情報では無理だろうね。
だから、レックス君を救うことは、できそうにない。歯がギリギリと鳴る音が、確かに聞こえたよ。
「ちょっと、許せそうにないよ。レックス君の優しさを利用するようなマネは」
レックス君は、誰かが傷つこうとしていると、立ち上がってしまう人。そう思うよ。私にも、気を遣っている様子が見えるから。
なにせ、私が代わりに戦おうと言葉にしたことで、覚悟を決めちゃったみたいだからね。そんなの、ちょっと優しすぎるかな。一番苦しいのは、間違いなくレックス君なのに。
「だからこそ、私だけはレックス君の味方でいないと。そうじゃなきゃ、残酷すぎるよ」
レックス君を利用しようとする人、傷つけようとする人、依存していそうな人。色々といる。だから、私が支えてあげないと、きっと潰れてしまうんだ。
だからといって、レックス君の周囲の人を排除するのは、問題外だろうけどね。悪人だと認識している彼の父ですら、殺すことにためらう人なんだから。
親しい人が傷ついてしまえば、誰よりもレックス君が苦しむだろう。だから、他の手段を考えないといけない。
「うん。私は、何があったとしてもレックス君を抱きしめてあげる。せめて、私だけは」
どんな道を進むとしても、私だけは笑顔で支える。それが、レックス君にとって必要なことだと思う。私は、まだ弱いから。力では、頼りにされそうにないから。
何よりも、レックス君は、他の人が戦うことを嫌いそうだから。つまり、戦いを苦しいことだと感じているんだろうね。それなのに、いや、だからこそ、彼以外には戦いを背負わせたくないんだ。
つまり、レックス君は、苦しいことほど自分で抱え込んでしまう人。そんな人、放っておける訳が無いじゃないか。
「だから、私にはいくらでも頼ってくれて良いからね。大切な人に頼られるのは、嬉しいから」
うん。私に頼りきりになる人は嫌いだけど。でも、レックス君は私に重荷を背負わせたくない人だから。そんな人の力になることは、とても嬉しいよ。
何よりも、私自身が、レックス君のことを好きになれそうなんだ。いや、もう好きなのかな。どっちにしろ、彼を支えるのは、今でも楽しいよ。
頼られることを好ましいと思えるのは、レックス君だけなんだ。だから、今の関係は大事にしたいんだよ。
「きっと、レックス君には敵が多い。そんな人達にも、対処しないと」
ブラック家に生まれたから。それだけで、彼を嫌う人も居る。圧倒的に強いから、つまらない嫉妬をする人も居る。そしてきっと、彼が慕われている事実そのものが許せない人も。
でも、そんな人達を許しておくつもりはない。レックス君は、有象無象とは比べる気にもなれないから。
「私と同じ、誰かに信頼を押し付けられる人だから。ずっと、一緒にいようね」
きっと、同じじゃないんだろう。そうも思う。私より、苦境に立っている気がするんだ。
だからこそ、絶対に離さないよ。遠くに行ってしまえば、どこかで不幸になってしまいそうだから。
うん。レックス君がどこに行こうと、私が彼の帰る場所になるんだ。そうすれば、お互いにとって良い未来が待っているよね。
だから、いつでも甘えてくれて良いんだよ? あなたの止まり木に、なってみせるから。




