157話 固まった意志
いつも通りに授業を受けていても、どうにも気が乗らない。理由は明らかだから、対策を取るべきではあるのだろうが。ただ、結局は俺が心の整理をつけるしかない。
自分を納得させるために、何が必要なのだろうか。間違いなく、カミラ達が無事で済むように動くことは重要ではあるが。
父を殺すことですら、手が止まるんだ。カミラ達が死ぬようなことになれば、俺は終わりだろう。だから、どうあっても助ける必要はある。
とはいえ、ミーアに頼み込む以外の手段が思いつかない。俺の発想の狭さには、あきれる限りだ。何か、自分でも手を打つべきだろうに。
ただ、行動することを目的にして、余計なことをする訳にはいかない。人の命がかかっているときだからこそ、軽率な行動は避けるべきだ。
考えることが多いな。どうにも、難しい。そんな風に悩みながら授業を終え、放課後。セルフィが近くにやってきていた。会いに来たのか、偶然なのか。いずれにせよ、心配をかけそうで怖いな。
「レックス君、こんにちは。……ねえ、私の部屋に、来てくれるかな?」
最初は笑顔だったが、すぐに顔色が変わった。明らかに不安そうだ。つまり、俺の状態は気づかれているのだろう。
気持ちは嬉しいが、あまり巻き込みたくはないんだよな。いや、相談くらいはするべきか?
いくらなんでも、セルフィに話したからといって、彼女が参加するという事態にはならないだろう。
「何のつもりだ? 急に部屋に誘うとは、色気づきでもしたか?」
「レックス君。今の君は、自分で思っているより、ひどい顔をしているよ」
まあ、そうだろうな。自分でも、状態は悪いとは思っている。父を殺すための踏ん切りがつかないからな。どうしても、ためらってしまう。
分かっているんだ。未来のためを思えば、父を殺すのが正しいとは。それでも、一緒に過ごしてきた時間があるんだ。情けないのも、理解しているつもりだ。
だが、感情を隠しきれていないのなら、良くないよな。これから先、俺は貴族として生きていかなければならないのだから。
それに、セルフィに心配をかけてしまっている。やはり、良い人なんだよな。だからこそ、安心させてやりたい。そうなると、話すしかないか。
「知ったような口を利くものだな。まあ良い。そこまで言うのなら、好きにすればいいさ」
「もちろんだよ。とてもじゃないけど、放っておけないからね」
ということで、セルフィに着いていって、部屋に入る。どことなく殺風景で、趣味らしきものも感じ取れない。この人は、何を楽しみに生きているのだろうか。そんな疑問すら浮かぶくらいだ。
セルフィの方を見ると、少し恥ずかしそうにしているように見える。まあ、自室を見られるのは恥ずかしいよな。分かる気がする。
もしかしたら、飾りっ気のない部屋の様子を意識しているのかもしれないが。ただ、部屋がどうなっているかで、セルフィの評価は変わらないよな。ゴミ屋敷ならともかく。だから、気にする必要はないと思うが。
「あまり良い部屋でもないけど、ゆっくりしていってね」
「まったく。誘われたのだから来たというのに」
「ごめんね。でも、ちょっと見ていられなかったから」
そこまで言われるほどか。やはり、隠しきれていないどころか、顔色が悪くなっているレベルなのだろう。仕方ないとは思うのだが、もう少しくらい演じられないものだろうか。
「お前が心配するようなことではない。これは、俺の問題だ」
「ううん。きっと、吐き出すだけでも違うから。絶対に黙っているし、君が望むのなら何をしても良い。だから、話してくれないかな?」
固い決意が見えてくる。つまり、本気で俺を心配してくれているのだろう。だから、ここで話すのが正解だよな。
いくらなんでも、セルフィが情報を漏らす人とは思えない。そんな人なら、誰かに相談されることは難しいだろう。原作でも、慕われていた描写のある人だ。
それに何より、これまでずっと、俺を支えてくれようとしていた。だから、信じて良いはずだ。
というか、セルフィからブラック家に情報が流れることはないだろう。あの家は、多くの人が嫌っているのだから。
「そこまで言うのなら、仕方ないな。話してやるさ」
「ありがとう。さあ、どこからでも良いよ」
「お前が礼を言うことじゃないだろうに。変わったやつだ」
「ふふっ、そうかもね。でも、君の力になれるのなら、変わっていても良いよ」
気持ちは嬉しいが、なぜここまで心配というか、力になろうとされるのだろう。俺より困っている人も、探せば見つかると思うが。
まあ、困っている人なら誰でも良いわけではないのだろう。実際、悪人が危険な目に合っていたとして、俺は助けたいとは思わない。だから、セルフィにも好き嫌いがあるのだろうな。
その仮説だと、俺は好意的に見られているという話になってしまうのだが。自意識過剰か? ただ、これまでずっと手を差し伸べてくれていたのは事実。そこは、疑う理由はない。
「さて、どこから話したものか。結論からにするか。俺は、父を殺せと依頼されてな」
「そんなの、断っちゃえば……、いや、断れない相手なんだね?」
「ああ。王家からの依頼だ。正確には、国王からと言えば良いか」
「それで、悩んでいたんだね。確かに、ブラック家の当主は評判が悪いよね。でも、そんなに悪人なの?」
「少なくとも、王家の秘宝を盗んで、それに生贄を捧げているらしいな」
「本当なの? 嘘の情報で、君を騙そうとしていたりしない?」
確かに、あり得る話ではある。セルフィが疑う理由は、分かる。ただ、国王がミーアまで巻き込んだウソを付く気はしない。いくらなんでも、そこまでミーアを利用できないはずだ。親としての情も、あるはずなのだから。
それに、父が何かを企んでいたのは間違いのないこと。だから、正しいはずだ。いまさら、疑いたくない。
「状況を考えれば、辻褄は合う。それに、あの父のやりそうなことだ」
「それでも、自分のお父さんを殺すんだものね。嫌に決まっているよね」
「……」
「何も言わなくてもいいよ。それなら、私が代わりに戦おうか? それなら、少なくとも自分の手で殺さなくて済むよ」
目を見れば、本気だと分かる。だが、ダメだ。セルフィを危険に巻き込む訳にはいかない。そうか。俺がためらってしまえば、他の誰かが父と戦うんだよな。そして、それは俺の親しい人である可能性もある。
だったら、俺も嫌なことを、誰かに押し付けることになる。そんなの、自分で自分が許せない。
なら、俺がやるしかないじゃないか。仕方ない。俺の優先すべきことは、親しい人なのだから。セルフィでなくても、ミーアやリーナ、あるいはフィリスを巻き込む可能性はあるのだから。
「やめろ。これは、俺の問題なんだ」
「でも、大丈夫?」
「気にするな。どうせ、生き延びるためには必要なことだ」
「分かったよ。その目を見る限りは、決意は硬いみたいだから」
「そうだ。だから、余計な手出しをするな」
「ごめんね。私が余計なことを言っちゃったよね」
俺がセルフィの言葉で父を殺すと決めたこと、気づかれたのだろうか。いや、どうせ俺がやるべきことだったんだ。
つまり、セルフィのせいじゃない。悪いのは、ろくでもない計画を実行しようとしている父なのだから。
「お前が気にすることじゃない。どうせ、俺がやるべきことだった」
「なら、私は応援するよ。君が勝って、無事に帰ってくるように」
「好きにしろ。何をしようと、お前の勝手だ」
「もちろんだよ。ねえ、レックス君。私は、いつまでも君の味方だからね。それだけは、信じてほしいんだ」
もちろん、信じるつもりだ。俺の誓いを、偽物にするつもりはない。最後まで、親しい相手を信じ抜く。それは、貫き通してみせる。
だから、これからもよろしくな。父を殺しても、関係は変わらない。そう思いたいものだ。
まずは、ミーアに伝えないとな。俺の覚悟を。同時に、カミラ達を助ける手段も探していこう。




