155話 ミルラ・ティーナ・オレンジの備え
私は、レックス様の秘書になるものとして、彼を支えることが役目だと言えます。私を見出してくれた恩に報いるためにも、全力を尽くす。それは、誰に言われるまでもない、ただ当然に実行すべきことなのですから。
もちろん、私自身の望みでもあります。レックス様の役に立つということは。彼が喜んでくれるのなら、どれほどでも手を汚しましょう。
今のレックス様は、悩んでいるのでしょう。私に、わざわざ相談という形を取ったのですから。普段の彼は、決められた方針に向けて進むお方ですから。
私の役割は、彼が出した方針を現実のものにすること。とはいえ、彼に迷いがあるのなら、それを解決したいという想いもあるのです。
レックス様は、王家に父を殺せと言われた。つまり、自らの手で親殺しを実行する必要があるのです。
私から見れば、レックス様の父の命なんて、どうでもいい。ただ、レックス様にとっては、違うのでしょう。家族としての情があるのでしょう。
客観的に見れば、愚かとも言えるかもしれません。ですが、そんなレックス様だからこそ、支えたいと思うのです。私のことだって、きっと大切にしてくれると信じられますから。私が死んだ時には、絶対に涙を流してくださりますから。
今でも信頼されていると思いますし、期待もされているはずです。同時に、身内だと扱われているとも感じます。もし私が窮地に立ったとしても、レックス様は助けようとしてくれる。そんな気がするのです。だからこそ、尽くしたいと思えるのでしょうね。
「さて、レックス様の抱える問題には、どのように対処すべきでございましょうか」
私の手でできることは、多くはありません。王家まで関わっているとなると、個人で解決できる問題ではありませんから。
ただ、それでも、やれることはある。いかにすればレックス様が良い道を進めるかを、私は考えるべきなのです。
「レックス様がどの道を選ぼうとも、私は着いていくだけです。それは変わりません」
王家の味方をしようとも、ブラック家の側に付こうとも。どちらであれ、私の主はレックス様なのですから。進む先が地獄であるのなら、無理矢理にでも環境を変えるだけです。
レックス様の力があれば、取れる手段は無数にある。ですから、私は楽なものです。少し頭を使うだけで、十分なのですから。
彼に求められている役割は、単純なものです。私の知識と頭脳を活かすだけ。力など、必要とされていない。だからこそ、やりがいもある。
私の能力を、最大限に発揮する。それは、レックス様にとって良い未来につながるでしょう。もっともっと、精進するべきでしょうね。
「私のなすべきことは、レックス様が進む道を舗装する。それだけなのですから」
私の望みは、レックス様に必要とされること。ですから、今でもすでに叶っているのです。それなら、やるべきことは決まっていますよね。
レックス様が、少しでも楽をできるように支えるだけ。最も重要なことです。
「ブラック家がどうなるかなど、とても小さなこと。私には、関係のないことです」
ハッキリ言ってしまえば、私はレックス様以外はどうでもいいのです。魔法を使えない私を、それでも重用してくれる方以外は。だから、私の感情を差し挟む余地などない。
「もちろん、レックス様がカミラ様やメアリ様、ジャン様を心配しているのは知っていますが」
そうである以上、彼女達の安全が確保されるように、最大限の助力をするべきでしょうね。いざとなれば、匿うための隠れ家を用意する。それくらいしかできませんが。
レックス様は、親しい人が無事で居るのならば、それで十分だと思う人でしょう。だから、まずは命を救う。そこからでしょうね。
「私は、レックス様が気にすることだけを、解決すれば良いのです」
逆に、レックス様が望むのであれば、絶対に達成すべきでしょう。誰が犠牲になったとしても、関係なく。
「そう。レックス様がお喜びになるのなら、それが全てなのですから」
少なくとも、私にとっては。今の私は、間違いなく満たされている。必要とされて、信じられて、頼られる。それ以上の喜びなど、簡単に得られるものではありません。
むしろ、私にとっては求められることこそが最大の難関でした。ですから、それを叶えてくれた方を優先するのは、当然のこと。
「ただ、今の状況だと、レックス様は傷ついてしまうかもしれません」
父親を自らの手で殺して、何も感じない方ではない。見ているだけでも、分かります。それなら、心のケアを考えるべきなのでしょうね。間違いなく、レックス様は父に負けることはありませんから。
仮に王家と敵対するとしても、ミーア様やリーナ様と敵対すれば、それは苦しむでしょう。どちらにせよ、同じことです。
まあ、レックス様は、おそらくは父を敵に回す選択をするでしょうが。彼は、ブラック家を悪だと認識しているのですから。それに、彼と親しい人間は、多くがブラック家の敵なのですから。
ただ、その選択であっても、心に傷を残す可能性は、十分に高い。ですから、先回りして対策を打つべきなのです。
「そうですね。体で慰めるのも、ひとつの手ではありますが」
女を抱くことで、男の精神は落ち着くと聞きます。ですから、手段としては考慮するべきでしょう。レックス様が、私を望むかという問題もあるとはいえ。
いくらなんでも、ただの他人を抱ける人ではない。だからこそ、私で済むのなら、都合が良いのですが。
ただ、他の手段も考えるべきでしょうね。少し、分の悪い賭けですから。
「レックス様にも、存分に力をふるいたい時だって、あるはずでございます」
人間なら、誰しも持っている感情でしょう。全力で暴れたら、気持ちいい。単純な話です。
「ならば、悪役を用意するのも、良いかもしれませんね」
誰かを助けるという名目で、全力を振るえるような悪役を。そうすれば、心がスッキリするのではないでしょうか。検討する価値は、ありそうですね。
「レックス様が八つ当たりできるような、ちょうど良い敵を」
そうですね。適度に厄介で、自分が出る必要があると思える程度の敵。それくらいが、ちょうど良いバランスでしょう。
「別の何かを望むのであれば、転用すれば良いのです。備えておいて、損はありませんね」
人を用意したのなら、ある程度は使いまわせますからね。最悪、鉱山にでも送ればよいのです。ならば、レックス様のために動くべきでしょう。
「さて、どのような相手が良いでしょうか。レックス様から見て、悪人になる人ですよね」
レックス様は、おおよそ善良な心を持った人です。ですから、人を傷つけるおこないをする人は、許せないでしょうね。その感情を引きずり出せる相手。どんなものでしょうか。
「盗賊か、詐欺師か。あるいは、何らかの黒幕か。良いですね。案がいくつも浮かびます」
自分の能力を活用できているという実感。レックス様のために尽くせている喜び。それらが、私を幸福にしてくれるのです。
ですから、これからもずっと、あなたに仕え続けますからね。




