152話 決断までの猶予
ミーアやリーナとの会話をして、その晩は王城で休んで。そして俺は、再び国王に呼び出されていた。
おそらくは、今回で答えを出せということなのだろうと思う。当たり前のことだ。いつまでも待たせるわけには行かないし、国王としても、俺が敵なのか味方なのかはハッキリさせたいだろう。
憂鬱な気分を隠しきれないまま、国王の私室へと案内される。正直に言って、覚悟が決まった訳ではない。本当は、選ぶべき道など分かりきっているのだが。
そして、俺は国王と顔を合わせる。優しげな視線を向けられているのに、どうも受け入れられない。俺の中に、まだためらいが残っているのだろう。
「レックスよ、考えは定まったか?」
「それは……」
つい、答えに詰まってしまった。正しい選択は、ここで父を殺すと宣言することのはずだ。だが、分かっていて言葉にできなかった。情けないことだ。
俺が父の味方をすれば、ミーアやリーナはもちろん、他の友達も、多くを敵に回してしまうだろう。そして、悲しませてしまうだろう。
あるいは、カミラやメアリ、ジャンや母は、父を選んだ方が喜ぶのかもしれないが。ただ、少なくともカミラとメアリは、ブラック家と敵対しても、味方で居てくれるはず。そう思いたいだけかもしれないが。
いずれにせよ、誰かを敵に回す選択をしなければならない。その中で、多くの人が喜ぶ道なんて、最初から決まっているのにな。
「急がずとも良いと言ったことだ。しばらくは、悩むと良い」
「ありがとうございます」
国王の言葉は、確かにありがたい。だが、これで良いのかという気持ちも浮かび上がってくる。問題を先送りしたところで、何も変わりはしないだろうに。
「いったん、アストラ学園に戻ると良い。その中で、答えは定まるだろう」
「でしたら、誰かに相談しても構わないでしょうか」
つい、言葉として出てきた。そうだよな。誰かに背中を押してもらえれば、決断できるかもしれない。だが、それで良いのだろうか。選択の責任を、誰かに押し付けているだけではないのだろうか。
ただ、答えなど分かり切っている。だったら、必要なのは後押しなのかもしれないな。いずれにせよ、誰に相談するかは、よく考えるべきだろうが。
「問題ない。だが、ブラック家に情報が流れれば、事実はどうあれ、お前を疑わねばならん」
「当然のことでしょうね。理解しています」
実際、俺を疑うのは自然なことだ。他者から見れば、俺がこっそりブラック家の味方をする人間だと思っても、おかしくはないだろう。
「確かに、貴族としては当たり前の行動ではある。だが、お前にまで押し付けることになるな」
「いえ、お気になさらず。敵に情報が回らないように配慮するのは、常道ですから」
「お前は聡いな。ミーアやリーナも、とても賢いと思っているのだが。それに匹敵するかもしれん」
褒められているのは分かるのだが、情けない気分にもなる。なにせ、俺には前世があるのだから。本当の意味で同じ年齢ではない。なのに、他者から見て、並んでいるという評価なのだから。
本来、俺は突出しているべきなのだろうに。まあ、貴族としての立ち回りがヘタな自覚はあるから、仕方ないとも思うのだが。
「ありがとうございます。光栄です」
「だからこそ、お前にはミーアやリーナの友で居てほしい。そう思うのだ」
「私としても、2人の友達で居たいと思います」
そうだ。俺の望みは、親しい人達と穏やかな日常を過ごすこと。ブラック家に居ては、難しいだろう。だから、決断するべきなんだ。
「ああ、期待しているぞ。お前には、輝く未来があるだろうからな」
「そうですね……」
国王の立場なら、わざわざ俺に気をかける理由はないだろう。ブラック家ごと俺を葬ってしまえば、それで済む話なのだから。
だからこそ、俺に期待しているという言葉は、本心のはずだ。その気持ちは嬉しい。間違いなく。
「おっと、急かさないと言ったばかりだったな。あまり、急がないことだ。限界はあるにしろ、時間はあるのだから」
「助かります。待たせてしまって、申し訳ないですが」
「気にする必要はない。むしろ、済まないな。お前のような子供に、つらい役目を背負わせる大人で」
そう言って、国王は頭を下げる。護衛しか居ないとはいえ、一国の王が頭を下げる意味は、理解できているつもりだ。それほど、俺を気遣ってくれているのだろう。
なにせ、王とは国を背負うものなのだから。軽々に謝ってしまえば、国の立場にも影響する。それが分からない相手ではないだろう。
「いえ。国を治めるとあれば、苦渋の決断を迫られる局面もあるのでしょう」
「ああ、その通りだな。理解してくれて、助かる。やはり、優秀な子だ」
「いえ。魔法の才能があるのは事実ですが、知性の面では、あまり……」
転生しているのに、原作知識もあるのに、後手に回ってばかりだからな。その状況で自分を認められるほど、楽観的になれない。
「そう謙遜するな。十分、評価に値する。確かに、魔法は圧倒的だが。お前の人格も、素晴らしいものだ」
「ありがとうございます。評価されるのは、嬉しいです」
「そんなお前だからこそ、味方にしたいのだ。急かさないと言ったが、どうしても期待してしまうな」
まあ、俺が死んでしまえば、ミーアやリーナは友達を失うのだからな。それに、悲しむだろう。目の前にいる国王は、娘を思う父親でもある。ただ、国を背負うものとして、軽率な判断ができないだけで。原作では、そういう描写があった。
「いえ、普通の判断でしょう」
「答えが決まったら、ミーアに伝えると良い。そこから、余に伝わるだろう」
「かしこまりました。ミーアにですね」
少し、気が重いな。ミーアに、俺の決断を伝えるのは。彼女のために父を殺す決断をしたのだとは、思わせたくない。
というか、ミーアには敵対するだなんて言えやしない。もし父の味方をするのならば、黙って去るだけになるだろうな。
「まずは、信頼できる人間に相談すると良い。お前ひとりで抱え込むのは、苦しいだろう」
「そうですね……」
「ミーアとて、お前の相談なら、快く受けるだろう。リーナもだろうな」
「分かりました。前向きに考えてみます」
というか、理性では分かっているんだ。どの選択が正しいかなんて。感情が、追いついてこないだけで。どうすれば、この悩みは解決するのだろうな。
まったく、バカバカしいことだ。何が正解か分かっていて、すぐに選べないのだから。
「無論、強制はしない。お前自身の判断が、大事なのだからな」
「それでは、失礼します。できるだけ早く、決断いたします」
「ああ。お前が決断するのならば、多くの問題はこちらで排除しよう。それは約束する」
せめて、少しでも犠牲者が減ってくれるのならば。そう願うばかりだ。父を殺して、その先の未来が暗いのなら。俺は嘆くだけでは済まないだろうから。




