149話 苦難の選択
ミーアによると、国王から話があるらしい。いったい、どんな内容なのだろうか。ただの勘でしかないが、俺の今後を左右するものだと思える。
王女姉妹が、俺達の未来に関わると言っていたこと、リーナが、何か複雑そうな顔をしていたこと。それらがつながるような気がするんだ。
国王の私室に向かうまでの間、とても緊張していた。というか、部屋に入る今でも緊張は抜けていない。
扉が案内役の手によって開かれ、俺だけが部屋の中に行く。そこでは、神妙な顔の国王が待っていた。
「陛下。レックス・ダリア・ブラック、参上いたしました」
「うむ、楽にして良いぞ。お前は、ミーアとリーナの友。余にとっても、重要な存在なのだから」
そう言ってもらえるのは、助かるな。俺にとっても、王女姉妹は大切な友達なんだから。その親と悪い関係ではないのは、好都合だろう。
まあ、世辞のたぐいである可能性は、否定できないのだが。ただ、兄が事件を起こした時に、味方になってくれたからな。最低限の信用は得ていると思う。
原作でも善人だった記憶があるし、こちらから信用するのも、悪くないのではなかろうか。少なくとも、ことさらに敵対したい相手ではない。いろいろな意味で。
「ありがたき幸せでございます」
「本当に、普段通りの態度で構わない。見ているものも、限られているのだから」
一応、護衛は常に控えている様子だ。まあ、国王なんだから、当然か。死んでしまえば、影響が大きすぎる。
それにしても、どういう態度にするべきか。いくら相手から態度を気にしなくて良いと言われても、タメ口は論外だろう。
そうなると、普通の敬語くらいでいいか。それくらいなら、特別に気を使った態度というわけでもない。
「分かりました、陛下。それで、どんな御用なのでしょうか」
「まずは、謝らなければならないな。お前に、苦難を背負わせることになる」
国王は、そう言って頭を下げる。苦難。どういう意味だろうか。良い予感がしないことは、確かではある。まさか、処刑されることはないだろうが。無理難題でも押し付けられるのだろうか。そんな人には見えないが。
「それは、いったい……?」
「うむ、順番に説明しよう。お前は、王家の秘宝が盗まれたことを知っているか?」
王家の秘宝。まあ、ファンタジーの定番だよな。実際、物語の上で重要な役割を果たすアイテムも、いくつかあったと思う。
例えば、魔力をよく通す剣なんてあったはずだ。名前は忘れたが、原作では主人公が持っていた。今だと、俺の贈った剣の方を優先して使われかねないが。ジュリアは、俺との関係を大切にしてくれるだろうし。
というか、王家とジュリアには、今のところ関係ができあがっていないんだよな。一応、王女姉妹とは知り合いになっているとはいえ。
原作では、すでにいくつかの事件を解決しているタイミングだ。その縁で、ジュリアと国王が出会う展開もあったはず。それが消えたのは、あまり都合が良いとは言えないな。
そもそも、王家の秘宝が盗まれるなんて展開を、俺は知らない。つまり、また原作から外れた状況になっているわけだ。そのうち、俺の原作知識はゴミになりそうだな。もともと、頼りすぎないように気をつけていたつもりではあるが。
「王家の秘宝、ですか。いくつか思い当たるものがありますが」
「闇の宝珠と呼ばれるものがある。知っているか?」
知らないが、名前からある程度推測はできる。この世界での闇は、邪神か闇魔法に関係のある単語。つまり、そこに影響のある道具なのだろう。
原作に出てこない道具の名前を知れるのは、ファンとしては嬉しい。だが、状況から考えて、喜んでいる場合ではなさそうだ。本当に、困ったものだ。
「いえ。どんなものなのでしょうか」
「簡単に言えば、多くの生贄を捧げることで、闇の魔力が強化されるものだ」
「それが、盗まれた……? まさか……!」
闇魔法を持っている人を強化するための道具が、王家から奪われた。生贄を捧げることを許容できる人間によって。
嫌な形で、点と点が結びつく感覚があった。以前実家に訪れた際、父は何らかの計画がうまく進んでいると喜んでいた。俺にも関係があると。
つまり、俺の魔力を強化するために、闇の宝珠を奪ったのではないか。それが答えだと思えてしまう。
感情では拒絶したいが、王が俺を呼び出したことといい、何もかもがつながってしまう。つまり、そういうことだろうな。
「お前が想像した通りであろう。下手人は、ジェームズ・ブライトン・ブラック。お前の父だ」
ああ、やはりか。こういう感覚ばかり当たる気がするのは、気のせいだろうか。国王の言う苦難とは、父が死ぬことなのだろうか。仕方のないことだと、理性では理解できる。だが、心では否定したいと思ってしまう。分かっているんだ。父は罪人でしかないなんて。
「父は、生贄の準備をしていると?」
「ブラック家を探らせているが、兆候は感じ取れる。目的は、容易に想像できる」
答えなど、どう考えても決まっている。だからこそ、苦しい。俺の存在が、結果的には大勢へ被害を出すかもしれない道を作ってしまったのだから。
「俺の魔力を、強化するためでしょうね……」
「そうだ。だが、お前を疑ってはいない。それは確かだ」
優しそうな顔で、穏やかな声で、そう言われる。国王が、表情や声を作れないはずがない。そう分かっていても、すがりたくなる。
少なくとも、いま目の前にいる相手は俺の味方なのだと、そう思いたいんだ。
「ありがとうございます。それだけで、救われる思いです」
「お前は、ブラック家に生まれたとは思えない、善良な人間だ。だからこそ、心苦しい」
「陛下の言う、苦難のことですか? いったいどんな……まさか……」
国王の苦々しい顔を見て、苦難という言葉を思い描いて、とても嫌な可能性が思い浮かんでしまう。俺自身が、父と敵対するしかないのではないかと。
目の前の国王に、否定してほしい。だが、そうはならないのだろうな。諦めが、俺の中にはある。
「理解できたようだな。お前に、お前の父を討たせることになる」
「なぜ……? 他の誰かに依頼しても、良かったのでは……?」
例えば、騎士団とか。他の貴族とか。誰でも良かったじゃないか。そう思えてしまう。せめて、どこか知らないところで父が死んでくれたのなら、まだ諦めもついたのに。
「ブラック家の計画では、お前を強化することは明らか。だからこそ、お前に罪はないと証明するためだ」
「それは、確かに……。ですが……」
理屈としては、納得できる。俺にかかる疑いを、俺自身の手で晴らせということなのだろう。だが、あまりにも残酷じゃないか。目の前の相手に、呪詛の言葉を吐きかけたいくらいだ。そんな事をしても、何も解決はしない。むしろ、事態は悪化するだけだ。だから、我慢しているだけで。
「もう一度言うが、済まないと思っている。だが、これしかないのだ」
「分かっています。それでも……」
「お前の気持ちは、分かるとは言わん。だが、想像はできる。自らの手で父を殺すのだ。苦しいだろう」
分かっているのなら、別の道を探してくれよ。そう言いたい。だが、俺には他の手段は思いつかない。おそらくは、国王も同じなのだろう。だから、仕方のないことなんだ。そのはずなんだ。
「……はい」
「それを押して、頼む。お前は、ミーアとリーナの大切な友達。失わせる訳にはいかんのだ」
やはり、国王も人の親なのだろうな。王女姉妹の友達を、死なせたくないのだろう。そうなれば、ふたりは悲しむから。だから、俺が苦しむ道だとしても、選んだのだろう。
いや、分かっている。俺自身にだって、配慮してくれていると。そうでなければ、王が頭を下げるものか。だからこそ、余計に苦しいのだが。少なくとも、誰かを選ばなければならないのだから。父か、王女姉妹達か。その2択を、最低でも。
「2人の友達と認めてもらえるのは、嬉しいです。ブラック家に生まれて、それでも」
「ああ。お前は、ブラック家の人間からは遠い人間性を持っている。それは事実だ」
「そうですね。確かに、価値観の違いは感じていました……」
「お前には、今後も2人と仲良くしてほしい。だからこそ、頼むのだ」
三度、国王は頭を下げる。それを見ている中で、俺は叫び出したいような気分だった。




