148話 それぞれの姿
王女姉妹に誘われたパーティに参加するため、俺は王宮までやってきていた。最後に訪れたのが、兄が事件を起こした時だったな。そう考えると、かなり久しぶりだ。
懐かしくはあるが、あまり過去に浸っている余裕もない。正直に言って、王宮で開かれるレベルのパーティでの態度は、いまいち分からない。
本来のレックスならば、そのあたりの教育も受けていたのだろうが。今の俺は、もとはただの一般人だからな。どうごまかすかが、課題になる。
良くも悪くも、ブラック家の評判が生きてくる場面に思える。多少の失礼を働いても、どうせろくでもない家だからと納得されそうなんだよな。
いくらなんでも、子供だからとごまかされる歳ではないだろう。もう、12あたりなのだから。
とはいえ、参加しないのはもっと問題だろうからな。わざわざ王族から誘われるということの意味は、王女姉妹が思っているより重いはずだ。
気軽な感じで誘われたとはいえ、気軽に断れるものではない。俺達の今後に関わるとまで言われたのだから、余計に。
だから、気は重くはあるが、行くしかないという判断になった。ということで、王宮にたどり着くと、顔を見られた段階で案内役がついた。
そのまま着いていくと、部屋の扉を開けて、入るように促される。それに従うと、案内役は去っていった。
同時に、王女姉妹が出迎えてくれる。ふたりともドレスを着ていて、いつもとは違う雰囲気だ。大人っぽいというか、ませた感じというか。
とにかく、普段の親しみやすい感じとは別の印象を受ける。いつもは軽く話しかけてくれる相手だが、やはり王族なのだと思い知らされるな。
「よく来てくれたわね、レックス君! 今日は大勢来ているけど、あまり話しかけなくていいわよ!」
「今回の参加者の目的は、姉さんでしょうからね。普通にしていれば大丈夫ですよ。忌々しくはありますが」
ミーアとつなぎを作りたくて来ている人間が、わざわざ俺には注目しないということだろうか。どうせ遠出をするのなら、複数の目的を達成したいと考えるのも普通だと思うが。
まあ、王家に誘われるような相手が、ブラック家と繋がりたいかというと、怪しい。今回は、それなりに誘う相手を選んでいるようだからな。
なにせ、フェリシアやラナ、ミュスカは来ていないのだから。大きな家という基準なら、3人は来ている方が普通だろう。
そうなると、リーナの言葉を信じても良さそうだな。ありがたいことだ。
「なら、好きにさせてもらう。いずれはツテも必要だろうが、今は面倒なだけだからな」
「それで良いと思いますよ。社交に関わるのは、大変ですからね。関わらなくて済むのなら、その方が」
「レックス君も、いずれは友達として紹介したいわ! でも、急ぎじゃないものね」
まあ、急げるのなら急いだ方が良いのかもしれないが。ミルラなら、俺が社交の技術を持っていないと知っても、あまり気にしないだろうし。というか、もっと早く頼んでおけば良かったかもしれない。
とはいえ、後悔先に立たずだ。これから先、余裕のある時に手伝ってもらうとするか。今からできるのは、それしかない。
「とりあえず、俺は隅の方で退屈を潰しているさ」
「じゃあ、途中で会いに行くわね! また後でね、レックス君」
「では、また。レックスさんがいれば、少しは楽しめそうですね」
ということで、王女姉妹は部屋から出ていく。それから、案内役がやってきて、再びついていく。控室のような場所で待って、それから会場へと向かう。
そこでは、多くの人が集まっており、部屋の奥には王女姉妹と国王が居た。そこからミーアが立ち上がって、皆の前に立って、話し始める。
「皆さん、よくいらっしゃいました。私のために集まってくれて、ありがとうございます」
いつもの口調とは全然違って、驚かされる。まあ、当たり前ではあるのだが。俺だって、似たようなことがあれば、似たような態度をとるはずだ。
それからもしばらく話は続き、一通り話が終わった段階で、ミーアはいったん席につく。そこに、ひとりづつ参加者たちが話しかけていく。おそらくは、事前に順番が決まっていたのだろう。段取りに乱れがないからな。
俺は遠くから眺めながら、近寄ってきたルースとハンナと会話をすることになった。2人もドレスを着ていて、いつもとは違う。
2人とも、普段より穏やかに見えるな。やはり貴族の娘なのだなと、実感させられる。
「ミーアにも、王女としての顔もあるのだな。当たり前のことではあるが、知らなかったな」
「レックス殿は、学生としてのミーア様ばかりご覧になっていますからね」
「光魔法使いである以上、ミーア様は次代の王になる可能性が高くてよ」
「それを知らないと思われているのは、バカにしすぎじゃないか?」
そう口にすると、ルースはちょっと悪そうに笑った。少しくらいは、バカにされているのかもしれない。まあ、親愛表現のたぐいだとは思うが。
「レックスさんは、世間知らずのようですから? あたくしとしては、嫌いではないですけれど」
「わたくしめも、ときどき驚く時はありますね」
「まったく、俺を何だと思っているんだ。失礼な奴らだな」
言葉に出てくる内容とは裏腹に、よく見ているのだと思わざるを得なかった。正直、貴族の常識には詳しくない。それどころか、この世界の一般的な常識にも。行動に出ているのだと思うと、恥ずかしくもあるが。
そんなこんなで話を続けていると、王女姉妹がこちらにやってきていた。
「レックス君、楽しんでそうね! 誘って良かったわ!」
「あまり退屈されると、誘った側としては複雑ですからね。良かったですよ」
「ミーア様も、リーナ様も、お加減よろしそうで。何よりですわ」
「わたくしめも、安心できますね。近衛を目指すものとしては、お二方を支えるべきなのでしょうが」
「ううん、今回はレックス君の方を気にしてほしかったわ。せっかく誘ったのだもの!」
「同感ですね。レックスさんには、しっかりと楽しんでほしいですから」
とりあえず、ルースとハンナのおかげで、割と楽しい時間だったと思う。少なくとも、退屈はしなかった。状況的には、2人が俺をもてなすように仕向けられていたのだろう。言葉にされていない配慮には、痛み入るばかりだ。
王女姉妹は軽く話した後に去っていき、それからもルースやハンナと話す。しばらくして、再びミーアが皆の前に立った。
「これで、今回のパーティはお開きとします。皆さん、ありがとうございました」
ということで、解散となる。帰る準備を進めていると、いつもの格好に着替えた王女姉妹が駆け寄ってきた。
「あっ、レックス君! まだ帰らないで! お父様が呼んでるの!」
「どうにも、ふたりで話したいとのことです。大変でしょうが、頑張ってくださいね」
「まったく、仕方のない奴らだ。事前に伝えておけよ」
「ごめんね。でも、緊張しちゃうと思ったの。パーティが楽しめなかったら、もったいないもの!」
「そうか。余計な気づかいではあるが、受け取っておくか。さて、案内してもらおうか」
いったい、何の要件だろうか。まさか、急に決まった訳ではあるまい。王の呼び出しが本命である可能性も思い浮かんで、少し緊張している俺が居た。




