146話 ジュリアの後悔
僕は、レックス様に強く感謝している。それは間違いないと思うよ。飢えるばかりだった僕を拾ってくれて、生活と教育の面倒を見てくれた。それだけで、恩と思うには十分だったはずだよ。
他にも、レックス様が僕達を大切にしてくれているのは、誰が見ても分かると思う。普通ではありえない扱いだと思うよ。僕が平民ってことを考えれば。
無属性魔法を持っていれば、僕だけは別だったのかもしれないけれど。でも、シュテルやサラは違うからね。
僕達みんなで幸せになる未来は、きっとレックス様のところでしか存在しない。確実だと、言い切って良いはずだよ。
レックス様は、アストラ学園に僕達を入学させるために頑張っていた。きっと、単なる優しさだけではないんだろうね。
入学してからの短い時間で、何度か事件が起きているし。レックス様は、それを察していたような気がするんだ。
だからといって、恨みはないけれどね。レックス様がひとりで危険な目にあうなんて、嫌だからね。
それに、手に入れたものは、たくさんあるんだ。みんな、アストラ学園だからこそ、手に入れられたものだよね。
「アストラ学園に通えて、今はとても楽しいよ。それもこれも、レックス様のおかげだよね」
僕だけでアストラ学園に来れたとして、今ほど楽しくはなかったと思う。シュテルやサラは、居なかっただろうし。レックス様の知り合いが、僕と仲良くしてくれることもないだろうし。
みんなで協力して強くなるのは、ひとりで努力を続けるよりも、絶対に良い。ただ無属性を見出されただけなら、きっと違う道を歩んでいたはずだから。今の環境には、とても感謝しているんだ。
「友達も、いっぱいできたからね。たぶん、レックス様に拾われなかったら、シュテルだけだったから」
学校もどきに通えただけでも、サラやラナ様と仲良くできた。メアリ様やフェリシア様とも、知り合えた。
アストラ学園では、ミーア様やリーナ様、ミュスカとか、新しい関係も多い。レックス様が紹介してくれたから、その縁だよね。
それに、シュテルが今アストラ学園に居るのは、レックス様が魔法を授けてくれたから。大事な関係は、みんなレックス様にもらったって言っても、言い過ぎじゃないと思うよ。
「でも、恩ばかり増えちゃうのはダメだよね。しっかり、もらった分は返さないと」
ただ恩を受けてばかりで、感謝すらしない恥知らずになるつもりはないよ。というか、言葉で感謝を示すだけでは、絶対に足りないよ。
どれだけ時間をかけてもらったか。手間をかけてもらったか。お金をかけてもらったか。想像すらできない部分もある。
だから、絶対に強くなるんだ。レックス様が困った時に、力になれるように。無属性は、きっとレックス様に必要なものだから。
もちろん、レックス様が大好きって感情もあるけれど。相手の方から大切にしてもらうなら、好きになるのも当たり前だよね。
まあ、有象無象に好かれて、相手を好きになるかって聞かれたら、怪しいけれど。レックス様が偉大だからってのは、あるよね。仕方のないことではあるかな。
とはいえ、レックス様のために頑張るのは、僕自身のためでもあるよ。
「レックス様が喜んでくれたら、僕だって嬉しいはずだからね」
大切な人の笑顔は、元気と楽しさと喜びと、他にもいろんなものをくれる。だからなのかな。レックス様が僕達を大事にしてくれるのは。
その仮説だと、レックス様にとって僕達は大切な人。そんなの、疑う理由はないよね。僕達が傷つけば、怒ってくれる人なんだから。
クロノの事件が、証明だよ。僕達に毒が盛られた時、レックス様からは激しい怒りを感じたからね。不謹慎だけど、少し嬉しくなっちゃったのは内緒だよ。
「それに、もう僕はひとりじゃないんだ。いや、シュテルは居たけどね」
シュテルはレックス様がいなくちゃ売られていた可能性が高い。それを考えると、いま僕がひとりぼっちじゃないのは、レックス様のおかげ。
本当に、もらってばかりだよね。僕だけじゃなくて、シュテルだって。サラは間違いないし、ラナ様だってレックス様に助けられたみたいな感じだし。
ラナ様に何があったのか、聞こうとは思わない。本人が言いたいなら、話し相手にはなるつもりだけどね。ただ、あの人だって苦しんでいたのは確かなんだ。
だからこそ、みんなで手を取り合って、その力を重ね合わせて、レックス様のお役に立つ。それが一番の道じゃないかと思うよ。
それに、僕達が仲良くするのは、レックス様の望みにも思えるから。なおさら、都合が良いよね。
「誰かと協力するのは、とっても楽しいよ。レックス様に見守ってもらうのも、ね」
もちろん、レックス様自身と協力することも。僕が今みたいな考えをできるようになったのも、レックス様がいたからだよね。
僕の成長を喜んでくれて、ずっと肯定してくれて、大切だと伝えてくれる。それが嬉しかったからこそ、努力を楽しめたんだから。
「だから、絶対にレックス様のお役に立つべきなんだよ」
義務としての感情もあるし、僕自身がやりたいことでもある。レックス様の力になれたら嬉しいのは、簡単に想像できるからね。
きっと、口では素直じゃない言葉を出しながら、それでも、うなづいて暖かい目を向けてくれる。そんな気がするんだ。
「もちろん、僕自身だって、レックス様の嬉しそうな顔は見たいからね」
顔には出るんだよね、レックス様。だから、僕達を大好きで居てくれると、強く信じられるんだ。もちろん、行動で示してくれていることが多いけれど。
だからこそ、本気で喜ぶ姿が見られたのなら、最高の瞬間になると思う。
「ただ、難しいよね。レックス様は、ちょっと強すぎるから。僕の魔法だって、役に立つ場面はあるんだろうけど」
それでも、諦めることはないけれど。僕の進むべき道が遠いとは、思い知らされるかな。
「無属性魔法は特別。そう言われたけれど。レックス様を見ていると、特別がどんなものかは分かるもんね」
僕なんて、珍しいだけだって。心の底から理解できるよ。レックス様は、間違いなく最強なんだから。それなのに、進化を続けているんだから。
特別というのは、レックス様のためにある言葉。だからこそ、僕は努力を欠かす訳にはいかない。あくまで凡人である僕が、少しでもレックス様に近づくために。
ただ、あまりにも力の差が大きいとは、刻み込まれてしまったかな。
「今の僕じゃ、まだ力が足りないよね。もちろん、努力は続けるけどね」
というか、努力を止めた時点で、僕はレックス様の傍に居る資格を失うと思う。
レックス様は、優しくて、強くて、努力を欠かさない人なんだから。そんな人の隣には、ただ珍しい属性を持っているだけの人間じゃ、ふさわしくないよ。
いつか、レックス様に頼ってもらえるまで。実際にお役に立つ時まで。進み続けるしかないよ。
「レックス様が幸せになれば、きっと僕にも幸せを分けてくれる。そんな人だから、力になりたいんだ」
というか、これまでにも、あまりにも多くの幸福をもらったよ。そんな素敵な人に、もっと喜んでもらいたい。当たり前の感情だよね。シュテルも、絶対に同意してくれると思う。
「ブラック家の評判だけを知っていたら、きっと信じないんだろうけど」
あらゆる存在を見下す集団。他者をゴミくらいに思っている人達。王家にすら警戒されている悪の家。
他にも、いろんな噂は流れていたけれど。レックス様を知って、同じ言葉は出てこないと思う。あの人は、どこまでも優しいから。
ただ、ラナ様は、ブラック家を疑っていたみたいだけど。
「でも、レックス様が生まれるくらいなんだから、評判ほど悪い家でもないよね、きっと」
そんな事を考えていた僕は、何も知らなかったんだ。
どんな思いで、レックス様が僕達を助けてくれたのか。ブラック家が、本当はどんな家なのか。どんな運命が、あの人に待ち受けているのか。どんな事情を、抱えていたのか。何一つとして。




